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第11章 同期

02 ボス戦 三回戦

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「ここは、話にならん。どういう意図があるのか?」

 澤井の問いに、田口は答える。

「今回の企画は、星野一郎のドラマ化を目指したものです。ドラマ化はかなり難易度が高い事業です。なにせ相手のあることですから。ですから単年度計画ではなく、三カ年計画としております」

 田口の返答に、澤井は馬鹿にしたような顔をした。

「気の長いことばかり言うな。市民から『まだ取り組んでいるのか』『やる気なんてハナからないのだろう』と苦情が出る」

「しかし実現可能なものにするのであれば、それ相当の時間と準備とPRが必要かと思われます」

 田口は真っ直ぐに澤井を見つめる。彼は椅子にもたれたまま、それを見返した。

「それがこの計画か? 生温なまぬるいな。やるなら全力でやれ。やる気が見て取れない」

「生温い……ですか」

「そうだ。推しが足りん」

 澤井は詰まらなそうに、企画書を投げ捨てて寄越す。田口はバラバラに床に落ちた書類を拾い上げ、それから頭を下げた。

「申し訳ありません。再度、提出させていただきます」

「期限は?」

「今週中に」

「遅い。明日だ」

 田口は少し間を置いてから答える。

 ——また無茶を言ってくれる。

「承知しました」

 再び頭を下げて部屋を退室しようとすると、澤井が視線を向けてきた。

「保住とはどうだ」

 一瞬、言葉の意味を理解しようと動きを止める。そして澤井を見た。

「なにもありませんが。どのような答えを期待しておられるのでしょうか?」

「そうだな。玉砕したとか、そんなところか」

「おれは気持ちを打ち明けるつもりはありませんので、そのご期待には添えかねます」

 田口の回答に澤井は笑い出した。

「臆病者め」

「臆病で結構です」

「つまらん男だ。話すだけ無駄」

「失礼します」

 田口は澤井の部屋を後にした。


***


 ハンドルを握りながら、隣に座って書類を眺めている保住の横顔を盗み見る。最初の頃は、運転させてもらえなかったが、ここのところハンドルを握らせてもらえている。田口からしたら、上司に運転をさせるなんてありえないことなので、しっくりくるこの構図が心地いい。そんな気持ちでいると、ふと保住が顔を上げた。

「澤井は、なんだって?」

 こっそり見ていたことがばれたのかと、一瞬焦るが、彼はそういうつもりはないらしい。

「星野一郎ドラマ化の企画書の件です。時間をかけすぎだと怒られました。悠長にやっていると、市民からノロノロしていると苦情が出ると言われました」

「そうすぐに成就じょうじゅする内容でもないのだが」

「局長からすると、おれの進め方はスローペースみたいです」

「そうか。早められるものか?」

「厳しいでしょうね。早められない理由を企画書に盛り込んで理解してもらいます」

「いつまで?」

「明日です」

「無茶言ってくれる」

 保住は苦笑する。

「すまないな」

「はい?」

「おれといるから、とばっちりだろう」

「いえ。そうは思っていません。むしろ直接指示をしてくれているので、少しは信頼されているのではないかと自負していますが」

「お前は前向きだ」

「そうでしょうか?」

 そうだろうか。周囲は田口に対する嫌がらせと思ってるようだが。本当にパワハラまがいの嫌がらせをするなら、急所を突くようなネタがあるではないか。田口が一番怖いこと。

 それは——保住に、田口の思いを告げ口することだ。

 「田口はお前を好いているぞ」と一言、言われたら自分はアウトだ。多分、退職するしかなくなる。彼の側にはいられないからだ。この気持ち。絶対に知られてはいけないことなのだから。

 しかし澤井はそれを重々理解しているのにやらない。それは、田口を追い詰めるようなことをしようという気はないと言うことだ。むしろ、「どうなっている」と聞いてくるのは、どういう了見なのか。田口には理解できない。

 保住との関係は、純粋に父親の代替えだったのだろうか。保住本人に対しての思いがないのだろうか。ライバル的な関係の自分を心配するのだろうか。それとも、性根までは腐っていないということなのだろうか。

 ——わからない。

「切羽詰まった仕事があったのに午後、付き合わせてしまったな」

「いえ。平気です。内容は決まっているのです。ただ、局長が納得するような見せ方を悩んでいます。係長、時間がある時でいいので相談に乗ってくれませんか?」

 田口の申し出に保住は頷く。

「差し迫ったものはない。夜付き合える」

「それは良かった。すみません、助かります」

 こうして二人の関係は代わり映えなく続く。田口にとったら、それは嬉しいことでもあるのだった。



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