田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
80 / 231
第9章 代替えとしての役割

06 当てにならない男

しおりを挟む



「あいつ……」

 田口が太った佐々木に絡まれているところを確認して、保住は壁から背を離す。あんな調子だ。うまく言いくるめて抜け出すことなんて、できないタイプだろう。

 弱っている顔をしている田口だが、佐々木は彼の腕に絡まり、そしてギュッと引き寄せたかと思うと、頬に口付けをしている。なんだか心が痛んだ。嫌だと意思表示をしつつも頬を赤くしている田口に腹が立ったのだ。

「た……」

 彼の名を呼ぼうと口を開いた瞬間。人の心配をしている場合ではないと自覚する。
大友がやってきたからだ。

「保住。今年はこの会が終わったら、付き合ってくれるでしょう?」

「大友教育長……」

 保住は頭を下げた。

「申し訳ありません。片付け等々の業務が残っております」

「そんな堅いこと言わないで。勤務外みたいなものでしょう? それとも今日はダメなら、別な日でもいいのだけれど」

 自分には断る権利はないということらしい。大友はそっと保住の手を握った。

「つれない態度ばかりだね。僕の気持ちわかっているくせに」

「おれは男ですよ。ご冗談を」

「僕は男でも女でもどちらでもいいんだよね。美しいものは大好きだ」

「私ではご期待には添え兼ねます」

「いやいや。君は美しい」

 本気で言ってくる大友の気が知れない。県の教育長だし、酔っているとはいえ無碍むげには出来ない。そのジレンマで、保住は苛立ちを覚えた。

 ——どうしたものか。

 そんなことを考えていると、隙が出来たのだろう。ふいに大友に腕を取られた。宴もたけなわだ。会場は大盛り上がり。大友に腕を引かれて会場から連れ出される瞬間、田口が視界に入る。

 彼は佐々木に抱きつかれたまま。おばさんとは言え、女性の佐々木に顔を寄せられると、恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 さっきからイライラが止まらない。自分の気持ちを持て余した。大友に腕を引かれているのに、田口の事ばかりが気になって上の空だ。

 なんだかムカムカしてきた。女性に抱きつかれて、嬉しそうにしているなんて。

「なんだよ。あいつ」

 そんな言葉が出た瞬間、はっと我に返ると自分の方がが悪いことに気がついたからだ。乱暴に肩を押されたかと思うと、体勢を崩しソファに尻餅をついた。
躰を起こそうとしても大友が上から伸し掛かってきて、椅子に押さえつけられた。

 ——ここは。控え室。

 いつの間に、大友はこの部屋を把握していたのだろうか。薄暗い部屋。鏡の前のライトだけが橙色だいだいいろに灯っている。大友の酒の匂いが鼻に付いた。

「今年こそは逃さないからね。次はないと思っているし」

「大友さん」

 保住は抵抗しようと試みるが、全く大友は動じることがない。

「一度でいい。君を味わってみたい——」

「気味が悪いことを言わないでくださいよ」

「悪いようにはしない。しかし、断ると澤井さんが困ることになるのは、よくわかるはずだけど」

 澤井の話が出て、ふと彼を思い出した。

 ——あの人の事だ。「そんなもの、グダグダ言わずやって退けろ」と言われそうだ。仕事だと思えという事か。

 日々の疲れ、そして今日一日の疲労。体もだるい。面倒なことは嫌いだという性格。人に触れられるのは好かない。大友は特に嫌だ。だが仕事だと思えば——ほんのひと時の我慢か。大騒ぎを起こすのも面倒だ。

 ——田口だって佐々木と楽しくしているではないか。もう知らない。どうでもいい。「守ります!」なんて言っていたくせに、当てにもならない。どうでもいい。

 こうなると、彼の悪いクセが出てくる。どうでもいい。投げやり。不本意な人とも一夜を過ごせる。

 そんなことで片付けられることではないということも理解しているくせに、思考が停止する。面倒だった。全てが面倒。保住の腕から、抵抗する力が抜けた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

甘えんぼウサちゃんの一生のお願い

天埜鳩愛
BL
あらすじ🐰 卯乃は愛くるしい兎獣人の大学生。気になる相手は亡き愛猫の面影を宿すクールな猫獣人深森だ。 卯乃にだけ甘い顔を見せる彼に「猫の姿を見せて」とお願いする。 獣人にとって本性の姿を見せるのは恋人や番の前だけ! 友人からのとんでもない願いを前に、深森は……。 (ねこうさアンソロジー 掲載作品) イラスト:わかめちゃん https://twitter.com/fuesugiruwakame

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...