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第9章 代替えとしての役割
04 見惚れる
しおりを挟む教育長研修会は、市内のホテルの一室で行われることになっていた。田口たちは予定通り会場入りをした。そして、事前に用意していた名簿や受付の表示を掲示し、受付に待機する。
二階会場前の受付は、渡辺と矢部。谷口と田口は一階の入り口部分で待機し、誘導係を行う。七時開始で、受付は六時半から。
田口は腕時計をちらちら見ていた。そんな彼のそばにいた谷口は、にやにやとした表情を浮かべて田口を見ていた。
「おいおい、係長来ないなって気にしてんだろう?」
「ち、違いますよ」
「赤くなっちゃって」
図星以外のなにものでもない。田口は言い返す言葉も見つからずに、素直に黙り込んだ。
「いいか。県の教育長大友には注意だぞ。ディフェンダー係」
「そう言われても。おれは大友さんを知りませんよ」
そうかと谷口は説明を始める。
「恰幅がよくてだな。お腹が出てて」
「それは、よくいるパターンじゃないですか」
「まあなあ」
結局谷口の説明では、よくわからない。内心、落胆しているとドス黒オーラを纏った澤井が入ってきた。
「お疲れ様です」
谷口の声にはっとして、田口も姿勢を正した。
「誰か来たか」
「まだです」
澤井は珍しく二人に一瞥をくれた。いつもだったら無視するところだが、ふと二人を眺めて声色を落とした。
「今日はすまなかったな。残業させて」
「いえ、仕事です」
谷口の返答に澤井は口元を緩める。
「素直な反応だ。全く。お前の教育の賜物だな」
——ここにいない第三者への言葉?
谷口と田口は、顔を上げる。澤井で気がつかなかったが、彼の後ろには保住が立っていのだ。
「当然ですよ」
彼は二人に頭を下げた。
「遅くなりました。お疲れ様です」
「係長こそ、今日は一日大変ですね」
谷口の言葉になにやら返答している保住だが、田口にはそんな細かい事は耳に入らない。
なにせ、今日の保住は『格別』だったからだ。
普段は寝癖もあるし、ネクタイもきちんと締めないし、ヨレヨレな感じなのに。濃紺色の細身のスーツに、瑠璃色のネクタイがきちんと収まっている。髪も整えられていた。こうして身だしなみを整えてしまうと、どこから見ても目を惹く容姿だ。老若男女問わずに、好まれるのではないか。
田口はすっかり、彼の気品ある出で立ちに釘付けだった。
「田口?」
「おい」
谷口と保住に呼ばれてはっとした。
「申し訳ありません」
「疲れているのだろう」
保住は田口の肩をポンポンと叩く。
「今日は長丁場だ。気張らないで程々にな」
「はい」
「保住、さっさとこい! お前は受付だ」
澤井の怒声に保住はため息を吐いた。それから二人に手を振って階段を登っていった。それを見送ってもなお、ぼんやりしていると谷口が肘で突いてきた。
「ヤキモチかよ」
「え!」
「本当に田口は、係長が好きだもんな」
「な! 谷口さん、やめてください。からかうの」
田口は顔が熱くなるのを自覚した。それを見て谷口は、ますますからかうかのように笑った。
「単純!」
「谷口さん!」
「怒るなよ。わかる、わかる。気持ち。今日の係長、可愛いもんな。あの人、いつもああしていればいいのにっても思うけど、いつもとのギャップがあるから、妙に際立つ」
——同感。
田口は黙り込む。反論の余地もないということだ。それに、谷口を話しをするよりもなによりも。さっきまで目の前にいた保住の出で立ちを脳内再生をし、そのなんとも言えない感情に浸りたいと思ったのだった。
——可愛いすぎる。
じわじわと実感すると、頬が熱くなった。頭から湯気でも出てきそうな勢いである。
「わー、田口、結構本気?!」
「ち、違います! なにを血迷ったことを言っているんですか」
田口が言い訳を始めたところ、入り口の自動ドアが開く。教育委員長たちのお出ましだ。
「来たぞ」
表情を引き締めて、頭を下げる谷口に習って慌てて頭を下げた。
——始まる。
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