田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第8章 保住家のこと

04 ともにある幸せ

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「田口くんは、鋭い洞察力があるな」

 ——田口の言っていることが正解だというのか?

「見られなかった。あの子の死に顔を見に行く勇気がなかった。なにもしてやれなかった。私の力の及ばないところで一人で戦っていた尚征なおまさを救ってやれないもどかしさ。背中を押すことすらしなかった不甲斐なさ。なにもかもが情けなくて、とてもあの子に顔向けができなかった」

 ——そうだったのか。勘当してダメな息子だと、許すこともできずに顔を出さないのかと、自分たちは思っていた。

 聞き入っていた叔父は頷いていた。

「わかるなあ、親のその気持ち」

 保住は首を横に振った。

「全ては理解できません。おれはまだ親になっていませんから。でも、自分の認識が誤りだったことは理解しました。あなたには父に対する愛情があふれていた。そして、きっと。父もそれは理解していたのではないでしょうか」

「親の心子知らずだ。尚征なおまさが理解していたかどうかは……」

「兄さんは、わかっていたようだよ。父さんの思い。だから敢えて自分からも会いに行かなかったんじゃないだろうか。あなたのところに行ったら甘えてしまうからだ。父さんの元を飛び出して頑張ると決めたから。そう言う覚悟もあったようだ」

「あの人は一人ではありませんでしたよ。たくさんの仲間に支えられていた。おれなんて、未だに父の力を借りて仕事をしているのではないかと錯覚するくらい、死んでもなお影響力のある人だ。家族が妬けるくらい、同僚との時間を持っている人でした」

「そうか……私の元から去った後の尚征なおまさのことはわからない」

「おれは、むしろ父親になる前の父を知りません」

 一人の人間を理解することは難しい。だからこそ、語り合いが必要なのではないか。そう理解した。

 田口家に世話になって家族の良さを理解した。田口には、祖父や祖母がいる。祖父母から聞くことで、田口が生まれる以前の父親を知ることができるのだ。
 
 さまざまな人から聞いているエピソードと、今現在、自分が知る父親を繋げることで、見えてくる事がたくさんあるのだろう。

 ——なるほど、こうして人は様々な視点から理解を深めるのか。そして、時間の流れを理解する。

「我々は生きている。これから対話を持つ事がおれは大切だと思うんだけどね」

 征貴まさたかの言葉は、この場を締めくくるのには適していた。保住はそっと祖父のそばに歩み寄り、そして彼の手を取った。

「まだまだ、お元気でいていただかないと」

「そうだな。その通りだ。今度は自宅に遊びに来なさい。見せたいものがたくさんある」

 ——父親の思い出を辿る作業もいいのかもしれない。

保住はそんな感覚に陥っていた。



***



尚貴なおたか

 ふと、柔らかい声色に視線を巡らせると、父親がいた。逆光で表情がわからないが、彼はいつもの場所リビングの窓際の椅子に座っていた。

「生きていると社会的規範や、道徳に反しても叶えたい思いが出てくる事があるものだ」

 ——どういう意味?

「誰の目も構わずに自分の心の赴くままに生きていくことも一つの選択肢だ。人生は短い。一度しかない、この大切な時をどう使うかは、自分しか決められない」

 彼の声色は真面目だった。

「お前には後悔はしてもらいたくない。守りたいもの、プライド、しがみつきたいものは多々あるが、それらを捨て去って、心に従うこともまた人生。悔いなきよう、自問自答しながら歩みなさい」

 ——なぜそのようなことを言う?

「父さん」

 そう呟いた瞬間、意識が一気に醒める。目を見開いた。

 ——ここはどこだ?

 顔を上げると、そこは車の中だった。自分の車ではない。見慣れない車内にはったとして、視線を上げる。隣で運転をしているのは……。

「田口」

「お目覚めですか。よく寝ていました。お疲れでしたからね」

 眠り込んでしまったようだ。休日の朝から引っ張り回している田口に運転をさせて、自分は眠り込んでいただなんて——。なんだか申し訳ない気持ちになった。

「すまない」

 姿勢を正して座り直す。

「自宅にお送りしようと思っていましたが、着いても眠り込んでいたようでしたので、すみません。適当にドライブしていました」

「それはまた。すまない」

  ——本当に甘え過ぎだな。笑ってしまうくらいだ。

「すまない」

 保住はまた謝ったが、田口は笑う。

「何度も言わないでください。こちらが恐縮してしまいます」

「そうか……」

 田口は余計なことを言わない。保住にとったら都合がいい人間だが、それ以上に助けられている。

「今日は助かった。当事者同士の話は埒が明かない。お前の投げかけが、あの場にいたみんなの心を和らげてくれた」

「いえ。出過ぎた真似でした。反省しています」

「いや。おれたちは、バラバラだ。たくさんの家族の中で上手く調整しているお前の方が長けている。さすがだ」

 保住に褒められるなんて、思ってもみなかったという顔をしてから、笑った田口を見ると心が穏やかになった。

「素直に受け取ります。ありがとうございます」

 保住はそっと青い空を仰ぐ。

「田口」

「はい」

「海が見たいな」

「承知しました」

 田口はそっと微笑んで方向転換をする。

 ——無駄なことはいらない。気兼ねもいらない。

 ただこうして時を共にできる喜びがあるのだから。
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