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第4章 犬の故郷へ
03 柵
しおりを挟む夢を見ていた。父親の夢だ。いつも居間の窓辺の椅子に座って、本を読みながら、庭を眺めている彼の後ろ姿。声をかけていいものかどうか、いつも迷っていたことを思い出す。
——お父さん。
どんなに小さい声で呟いても、彼はいつでも振り向いてくれる。そして、両手を広げて自分を迎え入れてくれるのだ。
『おいで』
『お父さん』
手を伸ばすとすぐに抱きしめてもらえるのに……どうして、躊躇してしまうのだろう。澤井の手の感触が未だに残っている。
『お前は父親に似すぎている。ふとあいつがそこにいるような気持ちにさせられる』
澤井の口元が視界に入る。
——違う。父ではない。父のことは知らない。
田口とそっくりの田口の父親が脳裏をかすめる。
——父親とは、そういうものか? なんなのだ。どうしてこうも、父親から逃れられないのだ。
半分、覚醒しているのだ。目を開けたくないだけ。途中からは、夢ではない。自分の思考の産物だ。
目を開くと、見慣れない木の天井が見えた。辺りは薄暗い。大きく取ってある障子から青白い光が洩れていた。障子だと、こんなにも明るいのだな。顔だけを動かし、そっと障子を眺めた。部屋の一角に灯っている行灯の光が、温かい橙色で馴染んでいた。
「ここは」
田口の実家だ。寝ている間に一瞬現実を見失ったが。何時なのだろうか。自分は寝ていたのだな。クーラーもないのに涼しい。こんなにも違うものなのだろうか。
遠くから賑やかな声が聞こえてくる。体を動かすことも面倒だ。じっとそのままの姿勢でいると、障子戸が開く音がして「入ります。係長」と田口の声が聞こえた。
「あ、起こしちゃいましたね」
「起きていた。すまない。寝てばっかりで」
「そうしてもらうために、来てもらったんじゃないですか」
田口は笑顔を見せて、手に持っていたお盆をそばのちゃぶ台に置いた。
「食べられますか。母さんが具合の悪いときこそ、味噌汁とおにぎりって」
「それは美味しそうだ——が、全部食べられる自信がない。口をつけたら悪い」
「そう言うと思いました。大丈夫です。後片付けはおれがやるので。遠慮しないで残してください。少しでも腹に入れないと。身体が日常に戻れませんよ」
田口はそう言うと、お盆を差し出した。
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