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第3章 蒸し風呂事件
10 託されたもの
しおりを挟むしかし彼は、大して気にもしないようで田口を見た。
「あれは妹だ」
「え?!」
確かに、以前話した時に、妹という人が出て来た気がする。
「似ていないだろう」
「いえ……似ていますよ」
「そうかな?」
保住は首を傾げた。
「それより。澤井の話って?」
仕事? と保住はワクワクしているのか、目を輝かせた。
——仕事好きめ。
田口は苦笑するしかない。保住は保住。変わりがない。一週間会わなくて、戸惑うかな? なんて思ったが、違和感なくこうしてまた、話せるのは嬉しかった。
「明日退院じゃないですか」
「そうだ」
「一週間の休養は、聞いていますか?」
「休めと言われたが、そうも行くまい。明日、退院したら、金曜日から出る」
——きた。
澤井の読み通りの回答だ。
「そう言うと思いました。局長の読み通りです」
「なんだ田口は、随分と澤井と仲良くなったものだな」
「仲良くはありません。多分、あなたがそう言うだろうから、しばらく自分が面倒をみるようにと言われました」
「面倒なんて、みてもらわなくても平気だ」
「いえ。百歩譲って来週月曜からの出勤は認めるそうです」
田口は続ける。
「その代わり、おれ金曜日から夏休み休暇なので、その間は仕事に触れないように、しっかり休ませろと言われました」
「澤井の奴め。余計なことを……」
保住はめんどくさそうに顔をしかめるが、田口はどちらかといえば、今回は澤井の意見に賛成だった。
「月曜から出られるんですから、そのくらいは言うことを聞いてください」
「言うこと聞けと言われても」
「係長」
田口は真面目な顔をして保住を見る。
「おれの実家にいきませんか?」
「へ?」
瞬きをしている保住だが、田口は真面目な顔だった。冗談ではないということ。
「局長からの提案です」
『雪割は米どころで平野。雪国だから夏は梅沢より快適に過ごせるのだろう? 農家で家が広く余裕があるなら、この週末は保住を連れて行け。そこで休ませろ。実家で面倒をみると親御さんが話していたが、あいつのことだ。梅沢にいる限り、仕事をし始めるに決まっている』
澤井はそう言った。
『月曜からの出勤は目を瞑《つむ》ってやるから、週末は必ず休ませろ。梅沢から離せ』
昼間の邂逅を思い出す。内心、自分も賛成だ。だから、こうして提案できるのだろうが。保住からしたら寝耳に水だろう。
「しかし……」
「気を使うようなところではありません。農家だし。家は広いんです。部屋から出ることはありませんし、体を休められると思います」
「面白い提案じゃない」
珍しく戸惑っている保住より先に、廊下から顔を出した妹が口を挟む。
「みのり」
「いいじゃない、お兄ちゃん。家に来たって仕事仕事じゃ休まらないし。雪割って空気も綺麗そうだし。リフレッシュ大事よね」
「そう簡単な話じゃ……弱ったな」
「決まりです。明日、退院したら。そのまま行きましょう」
「田口」
「たまにはいいじゃないですか」
決め兼ねている保住。仕事のことだと判断が早いのに。自分のことは、からきし決められないようだ。
「澤井のおじさまが、そう言うなら従ってみたらいいじゃない。私も行きたいくらい」
みのりが口を挟む。兄の性格は心得ていると言うことか。
「しかし」
迷惑はかけられない、と保住の目は言っている。
「いいえ。逆に来ていただかないと。局長にどやされて困ります」
田口の言葉に、保住はため息を吐いた。
「わかった。今回ばかりは澤井にも田口にも世話になりっぱなしだな」
「良かった。よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
「兄をよろしくお願いします」
三人はお互いに頭を下げて、なんだか妙におかしくて笑ってしまった。
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