42 / 231
第3章 蒸し風呂事件
08 閻魔大王の頼み
しおりを挟む「なかなかいい選択だ。あいつは全く体の管理には無頓着で知識もない。教えてやれ。おれは部屋が別だし、四六時中見張ってるわけにも行かん」
「局長」
「それから、保住がいない間、お前が資料の説明に来い」
「え!?」
——嘘でしょう?
田口は背中に嫌な汗が流れていくのを感じる。
「どうやら、お前たちとおれの言語はかけ離れているらしい。今まで気が付かなかったたが、保住の通訳があって初めて理解できる。あいつほどではないが、お前の説明もなかなか理解できそうだ。文章の意味が理解できないとなんて、業務に支障を来す」
——そう言う事か。
保住フィルターを通ることで、簡潔に端的に整理された書類が澤井の所に上がる。
そのお陰で、澤井の仕事は滞りなく進んでいたようだ。それが一週間がたち、綻びが出ているのだ。その保住の役割を代行しろと言うのだから、無理すぎる。
「わかりました。しかし、金曜日は夏休み休暇をいただいております」
「こんな忙しい時に」
「すみません。迷ったのですが、実家で色々とあるものですから」
澤井は、ふんと鼻を鳴らす。
「休みの理由など問うつもりはない。タイミングの話だ」
田口は「すみません」と頭を下げる。
「仕事に戻れ」
「失礼いたします」
いらぬ仕事は増えたが、保住の状況はわかった。目的は果たしたから、少しでも早くこの部屋を出たい。そう思ってドアノブに手をかけると、澤井から声がかかった。
「お前の故郷はどこだ?」
唐突な質問に田口は振り返った。
「えっと。雪割町です」
「高速で一時間か。米どころだな。——農家か?」
「はい。昔ながらの農家です」
自分のプライベートに興味があるようには見えない。澤井の真意がわからず、戸惑いながら答えた。
「お前に頼みがある」
「はい?」
澤井は真面目な顔で田口を見ていた。
***
澤井との邂逅を終え、田口は事務所に戻った。みんなは田口を心配していたようで、彼の姿を認めると安堵の表情を浮かべた。田口は澤井から聞いた保住の様子を伝えた。
「係長。明日、退院だそうです」
田口の声に、一同は喜びの声を上げた。
「うおおお」
「それはよかった!」
水を差すようで悪いな……と思いつつ、田口は付け加えた。
「一週間は自宅療養予定だそうですが、」
「だけど、係長のことだから」
「きっと」
「来ますよね?!」
みんなは、同じことを考えていたらしい。
「それじゃ、必死に仕事しないとやばい!」
「間に合わないぞ」
「あの、後」
「え?」
言いにくそうに、田口は付け加えた。
「書類の説明におれが来いと言われました」
三人は気の毒そうに田口を見る。
「お前」
「きっと閻魔大王の逆鱗に触れたんだ」
「係長がいないから、いじる相手いないからな」
「生贄だな」
「……すみません」
盛り上がった部署は一気に寂しげな雰囲気に盛り下がった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる
すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。
かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。
2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる