田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第3章 蒸し風呂事件

06 夕暮れ時の後悔

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 帰り道。寄っていいものか考えあぐねた結果、やっぱり気になって寄ってみようと決める。渡辺の話では、澤井が贔屓ひいきにしている病院は近くだという。

 六時過ぎに退勤して、それから足を向けた。

「ここかな?」

 古ぼけた病院は小さい。街の医者と言うところか。総合病院ばかり見慣れていると、こんな小さな病院で入院設備があるのだろうかと疑問になった。

 正面入り口には、「本日の診察は終了しました」と札がぶら下がっていた。その下に小さく「入院患者への面会は西口よりどうぞ。面会時間14時~20時まで」と書かれていた。

「やっぱりここかな?」

 そう呟いてから、西口と矢印で指し示されている方に足を向けた。

 緋色のぼんやりした丸い電灯が灯る入り口は小さい。建物自体が石造りなので、市役所と代わり映えしない時代の建造物だと言うことは伺えるが、扉の枠は木製で、白いペンキが剥がれている。相当古いようだ。

 こんな古い病院が信頼できるのだろうか。総合病院の方がいいのではないか——。

 そんなこと思いながら、扉に手をかけると、施錠されているようだった。戸惑って辺りを見渡す。扉の横に「呼び出しベルを押してください」と記載されていた。

 指示通りにボタンを押すと、すぐに落ち着いた低めの女性の声がインタホンから聞こえた。

『はい』

「あの、面会は可能でしょうか?」

『患者様のお名前は?』

「えっと、保住さんです」

『現在、面会に制限をかけさせていただいておりますが、ご親族ですか?』

 ——面会できないのだろうか?

 田口は口ごもってしまった。

「いえ。すみません。職場の部下です」

『少々お待ちください。確認いたします』

 ジリジリとした機械的な音が途切れた。

 ——入院はしている。ここで間違いない。しかし、悪いのだろうか?

 しばらくして、かちゃんと何か繋がる音がしてから、先程の女性の声が聞こえた。

『申し訳ありません。本日の面会は難しいです』

「え? やっぱり悪いんですか?」

『病状についてもお答えしかねます。明日以降においでください』

「……わかりました」

 ダメなものはダメなのだろう。田口は肩を落として帰途に着いた。

「保住さん……」

 ——心配だ。不安だ。

『田口』

 保住の顔が脳裏に浮かぶ。

 ——もう会えなくなったらどうしよう。まだ、なにも始まっていない。

 話したいこともある。
 聞いてみたいことだらけ。
 教えてもらいたいことだらけ。

 ——知りたい、知りたい。

 あなたのことが知りたいと思った矢先なのに、こんなことになるなんて。

 ——なぜ、気が付いてあげられなかったのだろう? 悔しい。

 田口はふらふらと暑い夕日の中を歩く。心の中は、後悔ばかりだった。





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