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第2章 仕事の仕方
17 都会猫の苦悩
しおりを挟む保住の父は、彼同様に優秀な男だった。市役所に入り、人当たりのいい人格が功を奏したようで、早々と上層部に気に入られてどんどん出世した。人望もあり、後輩たちにも好かれて、自宅で気の合う人たちで集まって、今後の市政について語り合うような機会も多かった。
それに引き換え、澤井は能力が秀でていたが、あの性格だ。人の弱みに付け込んでのし上がっていくタイプ。保住の父親とは逆パターンだ。
澤井は恐怖政治的なことをしていくため、彼の取り巻きは、彼に弱みをつつかれたくない奴ばかり。本当に澤井を思って着いてきている人間は一握だ。
そんな正反対の二人は、事あるごとに比べられていた。当の本人たちがどこまでお互いを憎み合っていたのかはわからないが、取り巻き達がそれらを助長していことには違いない。
「保住。どう? 調子」
二日酔いが抜けない。水分を摂りながら昼休みを中庭で過ごしていると、初老の男に声をかけられた。
上品な長身の男性。白髪交じりで人好きのする顔だ。
「吉岡部長」
「具合悪そうだな」
「二日酔いです」
「珍しい」
彼はそう言うと保住の隣に座る。
父親の取り巻きの中心人物。それがこの吉岡だった。彼は、保住の自宅にもよく遊びに来ていた。父親も彼をとても信頼しており、よく行き来していたようだ。
母親も吉岡の妻とは交流があり、今でも家族ぐるみの付き合いをしている。大学などで家を離れていた保住にしたら、あまり馴染みはないが、妹のみのりは吉岡に懐いているようだった。
父親が死んでから、彼が父親代わりのような立ち位置にいたせいかもしれない。それだけ彼は、父親亡き後に自分たちに尽力してくれているからだ。かく言う自分も、こうして好き勝手させてもらっているのは彼の後ろ盾があるからとも言える。
「澤井さんにちょっかい出されているみたいだね」
昨日の今日だ。さすがに保住も動揺した。吉岡が昨日の一件を知るはずもないことなのに。動揺している保住を見て、吉岡は心配そうな顔をした。
「なにかあったらおれに相談して」
「すみません。でも大したことではないです。仕事上のことです」
「仕事上から逸脱していることが多いだろう。澤井さんの要望は」
「……ありがとうございます」
「今度、ゆっくりね」
吉岡はそう言うと手を振って立ち去った。
——疲れた。
なにをするにも父親の影響は大きい。吉岡はいい人だ。わかっている。だが、それは父親がいたからこその関係性だ。素直に一人の人間として見てもらえているのか疑問。自分の力ではない。
——期待の新星だなんて笑わせる。結局は、親の七光りだ。
そんなこと気にしなければいいのに。そんなことを乗り越えるために同じ職種に就いたわけではないのに。嫌になる。
「田口……」
まっすぐに向けられる彼の視線は、保住には痛いくらい突き刺さった。田口の視線を見ていればわかる。自分への期待。そんな素晴らしい人間ではないのだ。薄汚れたちっぽけな男。父親の存在を乗り越えられないような、ダメな奴。そして、そんな事に拘っているようなクズだ。
「きついな」
否応なしに色々なことに向き合わされていく。精神的にきつい立場だ。
「昇進なんてするもんじゃないな」
保住は自嘲するように笑い、ミネラルウォーターをあおった。
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