地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

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乾杯の歌

第1話 新メンバー登場の巻

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「カチョさんたち、いらっしゃい」 

 美人おかみさんの艶やかな笑顔に迎えられて、星音堂せいおんどうおやじ三人組は目の前にある中華料理店『ドラゴン・ファイヤー』に足を運んでいた。 

 しかし、今日はいつもとは違う。三人が顔を出すと、男が一人座っていた。 

「待たせたね~」 

 水野谷は片手をあげて男に挨拶をする。紺藍こんあい色のネクタイをきっちりと締めて、微動だにしない。中国の雪洞ぼんぼりの仄暗い光に浮かぶ無表情な男は、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 氏家と高田はぎょっとした様子だが、彼は水野谷を見ると礼儀正しく立ち上がって頭を下げた。 

「お誘いいただきまして。ありがとうございます」 

「氏家さん、高田さん。この前言っていた教育委員会文化課長の野原です」 

「野原と申します」 

 いつもは適当雰囲気の飲み会なはずなのに、急にお堅い男の出現に氏家と高田はおどおどと緊張したような面持ちだ。 

「いやいや。あの。氏家です」 

「高田です」 

「まあまあ、緊張しないで飲みましょうよ」 

 水野谷は「あはは~」と嬉しそうに笑うと一同を座らせた。 

「どうします?」 

 いつものように嫣然えんぜんとした笑みを浮かべたおかみさんの登場に空気が和らぐ。 

「いやいや。どうもね。おかみさん。いつものね」 

「おれも」 

「おれは冷」 

「野原はどうする?」 

 彼は眉一つ動かさずに「日本酒の冷をください」と言った。 

 いつもの調子が出ない氏家や高田は顔を見合わせて苦笑いだ。 

「それにしても、この前の幽霊騒動はなんだったんでしょうねえ」 

 高田はいつものごとくおしぼりを開けると手を拭いてから顔を拭く。それを見ながら、氏家も動作を真似た。そうすると、なぜか自分もやってみたくなるものである。水野谷は「ああ、こうしておじさんの技は継承されていくのだな」と思った。 

 自分の隣に座っている野原はじっとおしぼりを見下ろしていたが、それを手に取って広げた。 

「ああ、野原はやらなくでいいんだよ」 

「?」 

「これはマナーじゃないから。あのね。この人たちは好きでやっているだけだから」 

 水野谷の制止に野原はじっとおしぼりを眺めていた。 

「やだな。課長。やりたいって言うんだからやらせてあげたらいいじゃないですか」 

「そうそう。おしぼりで顔を拭いちゃう課長だなんて

 氏家のいつもの親父ギャグがさく裂してしまう。野原といういつもとは違う人間の登場でペースが乱されているのかと思いきや……親父たちはそんな小さいことは気にしない。 

「またまた~」 

 高田と水野谷は笑うが、野原はじっと氏家を凝視していた。 

「あれ? 面白くないですか?」 

「面白い……笑うところ? 課長はかっちょええ?」 

 真面目な顔で問いかけてくる彼に氏家は「ですから」と説明をした。 

「だからね。課長のカチョーと、かっこいいのかっちょええをかけているんですよ。わかります?」 

「課長とかっちょええ。——なるほど。それは興味深い」 

「あのねえ。真面目な顔で感想述べるのはやめてもらえませんか? 親父ギャグがしらけるでしょう? もう牛が怒ってだぞ!」 

「あはは」 

「やだ。今日、いつもよりペース早くないですか? 氏家さん」 

 三人は顔を見合わせるが、更に野原は不可解な顔をする。 

「牛? すみません。意味がよくわかりません」 

「もう、いいのいいの。本当に真面目なんだから」 

 何事もアバウトな親父たちのペースに巻き込まれた哀れな野原はじっと黙って座っていた。 





 
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