地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

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オルガンのための10の小品 "Dix Pieces"  第四曲 トッカータ hmoll

第7話 星音堂の厳戒態勢

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 静まり返っていた。誰も話さない。時計の針がチクチクと音を立てているだけだ。ものすごく長い時間に感じられたのだ。 

 あおは水野谷の顔をじっと見つめていた。 

「お前たちは、揃いも揃って幽霊騒ぎを大きくしたいようだな」 

 水野谷は不機嫌この上ない顔をしていた。昨晩、高田まで目撃したということを報告した途端これだ。 

 水野谷がこんな態度をとるのは珍しいことだ。少なくとも、蒼がここに配属されてから見たことがなかった。 

 ——課長は幽霊とか嫌いなんだろうか? もしかして怖い話って苦手とか? いやいや。そんなはずないよね。常識人だもの。きっと信じていないだけだ。 

 蒼はそんなことを考えながらみんなの様子を伺っていた。こんな雰囲気では、昨晩吉田と相談した『パイプオルガン』をキーワードに何か調べてみようという提案などできるはずもなかった。 

「しかし、課長。高田さんまで目撃したとなると、そう無視するわけにはいかないのではないですか?」 

 氏家が水野谷に上申する。しかし水野谷は難しい顔を崩すことはなかった。 

「氏家さん。しかしそんな非現実的なこと。どう対応しろというのですか」 

「それは……」 

 口籠った氏家を見て、水野谷はため息を吐いた。 

「わかりました。一週間、一週間様子を見て、なにも無ければこの話はなかったことにするということにします。みんな大変だが、この一週間は残れる人は残って警戒体制を敷くことにする」 

 彼の宣言に、一同は顔を見合わせて頷いた。 

 ——これは由々しき事態。星音堂せいおんどうに幽霊が出るなんて噂が立ったら大変なことになるんだ。 

 あのマシュマロみたいな子が、星音堂に悪意を持っているとは思えない。 

「あの……」 

 蒼はおずおずと手を挙げた 

「どうした、蒼?」 

 星野の問いに、蒼は答える。 

「パイプオルガンを弾くと言っていました。もしかしたら、それがキーワードなのではないかと……」 

「パイプオルガンねえ……」 

 星野は昨日の吉田同様に考え込む仕草をした。尾形や高田は顔を見合わせて首を傾げる。それと静観していた水野谷はふと息を吐き、それから手を叩いた。 

「ともかく! この話は一旦終わりだ。業務に戻るように」 

 彼の解散を告げる声に、一同は渋々仕事に戻った。 

 
***


 昼休み。水野谷が午後から本庁で会議だと言いながら外出したのを見送ってから、星野がさっそく声を上げた。 

「パイプオルガンをキーワードになんか探してみましょうよ。このままじゃ、おれら弄ばれているだけですよ」 

 星野の提案に珍しく古参職員である氏家や高田も同意をした。流石に高田が目撃したという事実が信憑性を増したようだ。 

「パイプオルガンで過去のリサイタルの記録を探そう」 

「了解です」 

 水野谷が帰ってくると面倒だ。それぞれが過去のイベント記録を手分けして見始める。星音堂せいおんどうでは、年に数回のスパンで演奏会が開催されている。奏者は国内外から様々な人がやってきている。各演奏会の記録には奏者の記念写真が添えられており、例の彼女に似た人がいないか、みんなで探した。 

 数時間かけて丁寧に写真の確認作業をしたものの、該当する人はおらず。結局は無駄足になった。 

 夕方、水野谷が帰ってきた頃には、一同は疲労の色が濃い。しかし、今日から夜は厳戒態勢に入るのだ。先の見えないような雰囲気に蒼はなんだか心がざわざわとした。 


 ***


 厳戒態勢は日々続いた。日勤遅番関係なしに夜の九時まで居残る勤務は厳しいものだったが、結局みんな心配なのだ。残れる人は残るという話だったが、ほぼ全員で遅番を連日のようにこなした。 

 いつもよりも細かくラウンドや確認を行い、彼女が出てくるのか? どこから出てくるのか? そんなことを心の片隅におきながら、見回りを繰り返した。 

 星野は彼女が出現するかもしれない休憩場所に居座り、彼女を待ち伏せする。しかしそのせいなのか、彼女が姿が現すことはなかった。 

 その間はもっぱら事務所内の話題はその件ばかり。幽霊騒動の話になるといつも水野谷に咎められて、思うように話ができない。 

 ——やっぱり課長は、幽霊なんて信じていないし、嫌いなんだ。 

 蒼はそう結論付けた。 
 しかし、もう一つの大きな気がかりは関口のことだった。あの会食以来、彼が事務所に姿を現さないのだ。 

 ——怒っているんだ。 

 心辺りがあるなら、すぐにでも謝罪することもできるが、幽霊騒動の話をしただけなのだ。関口がどの部分で怒っているのか、蒼には見当もつかないのだ。 

 こんな幽霊騒動があっても、右往左往しているのは職員たちだけだ。利用者は何事もなかったかのように普段通りに施設を利用してくれている。 

 ラウンドを任された蒼は、懐中電灯を片手に廊下を進み、休憩場所で書類の精査をしている星野の元で立ち止まった。 

「星野さん、変わりないですか」 

「ねえなあ。ラウンドか」 

「はい」 

 蒼は星野の隣の椅子に腰を下ろす。 

「ここはいい場所だぜ。仕事もはかどる。事務所のうるさい音が聴こえねえからな」 

「ですよね」 

 夜になると中庭は暗闇に包まれるが、ところどころにあるスポットライトで女性のブロンズ像が幻想的に浮かび上がっている。大きなはめ込み窓には、外の景色というよりも、室内の自分たちの姿が鏡のように映っていた。 

「この場所によく出るってーんだろう? ここは星音堂の中ではベストスポットだぜ。よくわかっている幽霊さんだよなあ」 

 蒼の作成した企画書には星野の汚い字で訂正が加えられている。それを手渡されてから、「はあ」とため息を吐いた。 



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