42 / 94
オルガンのための10の小品 "Dix Pieces" 第四曲 トッカータ hmoll
第2話 夏の昼下がり
しおりを挟む季節は夏真っ盛りだった。
「暑い~……、暑い~……」
斜め前の席で団扇を片手に、呪文のように唱えている尾形に視線をやる。太っているせいか、汗をものすごくかいていて、見ているだけで暑苦しいという表現が適切であろうか。
尾形の隣にいる吉田は、迷惑そうに彼に視線をやった。
彼は遅番で出勤して来たばかりで、余計に暑さにやられていたらしい。やっとの思いで涼しい事務所にやって来たというのに。目の前で尾形がこれでは文句も言いたくなるのだろう。
「もう、いい加減にしてもらえませんか? 尾形さん。その尾形さんのしぐさひとつひとつが暑苦しいんですよ」
「う、うるさいねぇ、本当にこの子は……。なに生意気言っちゃってるのかしら?」
お姉さん言葉の尾形は吉田に悪態を吐いた。それを見て氏家が口を挟む。
「おいおい、お前ら二人が暑苦しいんだよ。暑いとあーつい言っちゃうけどさ!」
氏家の親父ギャグは室温を下げてくれるのだが、やはり言われた方は辛い。いつもなら、高田が笑い飛ばしてくれていい感じに収束するものだが、彼は遅番でもう少ししないとやってこない。
蒼と尾形は顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
「まったく……星野なんて見てみろ。真面目に仕事しているぞ」
氏家につられて視線を向けると、星野はこの猛暑の中、中庭で何やら工作をしている最中だ。
「おれ、手伝ってきます」
蒼は立ち上がり、事務室から廊下を横切って中庭へ続く扉を開けた。いくら室内が暑いとはいえ、外はもっと暑い。木陰も手伝って、直射日光はないものの、やはり外に出ただけで額に汗がにじんだ。
「星野さん、手伝いますよ」
「おう。蒼。すまねえ。ちょっと、ここ押さえていてもらえると助かる」
星野は首に巻いたタオルで額を拭ってから、「ちょうどいいところに」と嬉しそうに顔を上げた。
星野の目の前には木材の板が数枚。正方形だったり、丸くくり抜かれたり……。一体に何を作っているというのだろうか。
蒼は目を瞬かせてから、星野の指示した木の板と木の板を合わせて地面に置いた。
「いいね。助かる」
彼はそう言いながら、板と板を丁寧に釘で打つ。
「なにができるんですか」
「見ればわかんだろう?」
「わからないから聞いているんですよ。星野さん」
「お前さ。なんだか最近、ちょっと生意気じゃねーか? 吉田に中てられたんだな」
「どういうことですか」
「いやいや」
釘を打ち終わると、彼は傍に無造作に置かれていた一枚の紙を蒼に渡した。それは設計図のようなもの。そして、中に描かれているのは……。
「鳥の巣箱?」
「当たり。この木にさ。巣箱でもくっつけようかと思って」
「え?」
巣箱。
蒼は中庭の中央に位置する大きな木を見上げる。この木は欅だ。欅は下枝が少なく、木陰を作ってくれる都合の良い種類だと星野の説明を思い出した。そのため、あちこちの市街地には、欅が植えられていることが多いとも。乾燥に弱い種類らしいが、湿度の高い梅沢市ではその心配はない。
「確かに、いつも鳥が来ていますよね。あれ、なんだろう?」
「ここに来る奴は、ムクドリとかシジュウカラが多い。最近はめっきりスズメは減っているからな」
「ああ、スズメ。可愛いですよね。小さくてチョコボールみたい」
作業をしながら星野は笑った。
「お前さ。尾形の見るものなんでも食べ物化症候群? スズメを見て、チョコボールってねーし」
「え、そうでしょうか。確かに。ここのところ、お菓子には詳しくなりました」
「あいつに感化されんなよ。あんまりのめり込むと、奴みたいになんぞ」
蒼はでっぷりとした尾形のお腹を思い出してから、首を横に振った。
「気を付けます」
「だな」
じりじりと暑い日差しは、欅の木陰で少しは和らぐのか……。星野の作業のサポート役はそう忙しくはない。ふと視線を向けると、玄関側から、中庭を挟んだ向かい側のガラス張りのところに女性を一人認めた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕とお父さん
麻木香豆
キャラ文芸
剣道少年の小学一年生、ミモリ。お父さんに剣道を教えてもらおうと尋ねるが……。
お父さんはもう家族ではなかった。
来年の春には新しい父親と共に東京へ。
でも新しいお父さんが好きになれない。だからお母さんとお父さんによりを戻してもらいたいのだが……。
現代ドラマです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-
橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。
心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。
pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。
「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる