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蚤のうた(アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌)
第1話 星音堂アラフィフ・アラカンの会
しおりを挟む星音堂は、駅前から離れた場所に建っていた。市内の巡回バスの停留所が目の前にあり、同敷地内には、梅沢市を代表する作曲家『星野一郎ミュージアム』を併設していた。大きく取られた敷地の五分の一は林だ。道路と建物を遮るように植えられている木々のおかげで、事務所はいつも静かだった。
敷地の目の前には何軒かの店舗があった。信号を挟んで向かい側に総合病院があるため、薬局が数店舗。それから、花屋、喫茶店、そして中華料理屋である。星音堂職員たちは喫茶店と中華料理屋をよく利用していた。
「オヤジさん、どうもね」
丸メガネで人の良さそうな顔の水野谷は軽く手をあげて中華料理屋の店主に挨拶をした。この店は中国出身の店主が、自国の仲間を集めて経営しているおかげで、本格的な中華料理が食べられると評判の店だ。
だが、なにせ立地的に不利である。わざわざ駅から離れたこの場所まで飲みにやってくる人間は少ない。水野谷たちにはそれが好都合だった。店員たちはカタコトの日本語で、水野谷の難しい言葉はよく理解していないようだった。そして客が少ない。密談をするには都合の良い場所だったのだ。
「いつもありがとね。カチョさん」
人の良さそうな太った店主は水野谷に笑顔を見せる。
「今日は三人なんだけど」
「ダイジョウブよ。どうぞ」
彼の返事に頷いてから後ろを見る。そこには氏家と高田がいた。
そう。今日は月に一度の『星音堂のアラフィフ・アラカンの会』。
三人はいつもの場所——星音堂が一望できる窓際の席に座った。中華料理店『ドラゴン・ファイヤー』は、一階が駐車場になっているので、店舗は二階にあった。
今日も相変わらず客はほとんどいない。平日の夜は特にだ。水野谷たちの他に、女性だけで食事をしている客が二組あるだけだった。
「いやあ、お疲れ様でしたね。課長」
高田は出された手ぬぐいで手を拭いてから、ついでに顔も拭く。それを見て氏家は笑う。
「ちょ、高田さん。それやっちゃうと『また~、おじさんは』って嫌われるんだから」
「え? やだな。氏家さん。いいじゃないですか。どうせおっさん三人組でしょう?」
「あはは~。中年おやじのどこが悪いちゅーねん」
「また! 氏家さんの親父ギャグデタ!」
水野谷は笑いながら氏家の肩を叩く。ツボにハマったらしかった。
「もう! 本当に課長は笑い上戸なんだから。駄洒落を言うのは誰じゃなんつって」
高田は呆れているが、水野谷は爆笑の嵐だ。お腹を抱えて笑っていた。
「カチョさん、注文どうする?」
化粧を施した一重美人のおかみさんが顔を出す。
「ああ、ごめん。いつものでいいですよ。みなさんもどうですか?」
「おれも紹興酒ロック」
「おれは冷やね」
それから水野谷は、エビチリ、麻婆豆腐、小籠包、豆苗炒めを頼んだ。
「なんかさぁ。最近、蒼と関口が一緒にいること多くない?」
ふと氏家が思いついたように切り出したのを見て、高田も手を打つ。
「そそ、それな。それ。若い者同士、気が合うんじゃない?」
「あの人見知りのプライド高い男がよお。この前なんて蒼に怒られていたぞ」
「え~。本当ですか」
二人の会話に水野谷は苦笑した。
「まさか、あの関口坊ちゃまにお友達が出来るとはねえ。おれ涙出ちゃうよ~。シクシク36」
「え~。ちょっと、氏家さん。それって泣きまねと掛け算ギャグですか?」
泣きまねをしていた氏家はペロリと舌を出した。おやじたちの飲み会はくだらなさを増していく。
「そういえばこの前の日曜日。いつものごとく朝の散歩に行ったんですよ」
ふと話題を変える水野谷の言葉に二人は耳を傾けた。
「いつもとは少し違うルートにしようかと、河川敷に行きましたらね、日曜日の早朝野球の試合中でしてね」
「いいですねー」
「社会人ですかね」
「ええ、で。赤色と紺色のユニフォームのチームが戦っていたんですけど、紺色がかなり押されていたんですよ。ところがね、最後の最後で出てきた紺色バッターが……これまたデブでして」
「嘘でしょー」
「あちゃー! 終わっちゃったね! お呼びでないってね」
水野谷の話の合間に運ばれてきた酒に口をつけ、三人は顔を突き合わせて話し込んだ。
「そう思うでしょう? 普通は——」
「あ! それって一発逆転のパターン!?」
高田のコメントに氏家は彼の肩を掴んで揺さぶった。
「おおい! 結末言っちゃダメでしょー! 高田くん」
「あちゃー。すみません。課長。そうなんですか?」
水野谷は苦笑した。
「やだなー。冗談はよしこちゃん」
「だーかーらーっ!」
「課長まで! もう昭和全開やめてくださいよ!」
三人はますます盛り上がる。そのうちに目の前に料理の皿が置かれた。それぞれは適当に箸で突いて口に運んだ。
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