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最終章 未来へ
第53話 新しい命?問題
しおりを挟むあれから。王宮で各種族の長たちが集まり、和平調停が結ばれた。それから、今後の国政についての話し合いが行われた。
貴族院には、獣人からの代表者も含まれることになった。王宮勤めの規定も変更され、王宮で働いてみたいという獣人たちが、試験を受けるため長蛇の列を成した。
サブライムは開かれた王政を確立することに成功したのだ。誰しもが彼を王として認め、人間だけでなく獣人からも慕われるようになった。
残念ながらスティールのお父さんであるモデスティは、生涯幽閉されることが決まった。正式に軍事大臣に就任したスティールは、革命組の組員たちを軍事省の特別部隊として組み込んだ。彼らは王都の治安を守るために働くことになった。
博士は文化省の研究所長へ就任。先生は厚生省の病院長に就任した。とは言え、やっていることは同じ。二人とも責任ある立場になっても、自分の好きなことをしているようだった。
それよりなにより驚いたのは……。
「え! エピタフが妊娠って……」
エピタフは、目元を赤らめて老虎に視線を送る。老虎は頭を掻いて笑った。最初は喧嘩ばかりだった二人が、途中から、雰囲気が変わったことに気がついていたのだが。まさか。そんなことになっていたなんて思ってもみなかった。
「ついな。出来心ってやつだぜ」
「まあ! 出来心ですって? なんです、その失礼な物言いは」
「なんだよ。本当のことを言っただけだろう?」
「貴方にとったらその程度かも知れませんけれど、私にとったら一大事なのですよ!」
相変わらずだ。つがいになったというのに、二人は口を開けば喧嘩ばかり。
スティールは苦笑いだ。
「老虎~。お前、手が早過ぎるぞ」
「んなことねえよ。たった数回だぜ? まさか子どもができちまうなんて、思ってもみなくてよ。兎族って言うのは、妊娠しやすいんだってよ」
「私のせいだというのですか? ああ、なんということでしょうか。あんな激痛に耐えられるのは私くらいなものですからね」
(なんの話なんだろうか……)
二人の顔を交互に見つめていると、スティールがこっそり説明してくれた。
「兎族っていうのは、高確率で妊娠する種族なんだ。それに引き換え、虎族は一度の交尾の回数が多いって有名でね。しかもどうやら相当痛いらしい。虎族は交尾の後、相手に恨まれて殺される奴もいるって話だからな」
おれは耳まで熱くなった。これは——大人の事情というやつでは。
老虎は「そう怒るなよ」とエピタフをなだめすかしているが、エピタフの表情がこれでもかっていうくらい険しくなっていく。もう余計なことは言わないほうがいいのではないか、と心配になった。
「老虎も物好きだよな。国一凶悪な兎をつがいに選んだんだからな」
スティールはそう言ってから、はったとして口を噤んだ。老虎に気を取られていたかと思ったエピタフはスティールをじろりと睨んだのだ。
「国一凶悪とは、私のことを言っているのではないでしょうね? スティール」
「い、いいえ。言葉の誤りでした……」
「スティール。怒られんぞ」
老虎はエピタフの怒りの対象が自分であるということを棚に上げて、スティールを「こら」と突いた。
(老虎は幸せなんだ)
老虎のはしゃぎようったらない。その顔は今まで見たこともないくらい、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
(これが、幸せな人が見せる『でれでれ』ってやつか!?)
「お前が言うなよ。そもそもエピタフに怒られているのはお前だろう?」
老虎とスティールが言い合いになっている中、おれはエピタフの隣に立つ。
「いつ生まれるの?」
「十か月後ですよ」
「そんなにかかるんだ」
「子とは、そうやって親の中で守られ成長していくのです」
(おれもそうだったのかな……)
エピタフのお腹をじっと見つめると、先生がおれの肩をぽんと叩いた。
「そんなに見ても、まだなんにもわからんよ」
「お腹の中で大きくなるんだよね。すごいね」
思わず手を伸ばす。エピタフはその手を取って、自分の腹部におれの手を押し当ててくれた。
「まだ私にもわかりませんが。確かに。ここに熱いものが感じられます。命がここにあるのです」
「命とは不思議だろう?」
先生の言葉に、おれは大きく頷いた。先生は目を細めて笑った。
「よくこの戦いを乗り切ったものだ。この子は強い子になるだろう」
老虎は「おれの子だから、当然だろ?」と言った。しかしエピタフは「なんですって?」と眉間に皺を寄せた。
「そんなはずありません。私が生むのですから、私に似て賢く、礼儀正しい子が生まれてくるに決まっています」
「おれの血も半分は入るんだろう?」
「半分も入りませんよ。ほんの少しです」
「なんなんだよ~。虎族は自分の血だけ残したいって本能が強いんだよ。だから虎族の血は強い! おれの血を濃く受け継ぐ子に決まっている。生まれてくる子は虎の耳を持つな」
「いいえ! 兎です」
「いやいや、虎だ」
周囲が呆れている空気感も物ともせず、二人の争いは続きそうな気配だ。それを察知したのか、サブライムが口を挟んだ。
「老虎は一時、故郷に帰ると聞いたのだが」
老虎は頭を掻いた。
「今回、虎族たちは子を人質にされ、カースの連合軍に組みしていました。子を救出したことで、長は我々に助力してくれましたが。そもそもシーワンが悪いのです」
(どういうこと?)
老虎は更に頭を掻いた。
「実は——。兄貴たちがせっかく学費出してくれたのに。おれは勉強もしねぇで革命組に入っちまったんだ。だから、めちゃくちゃ怒られてさ」
「それは——。致し方ないな」
サブライムは笑った。
「せっかく王宮騎士団の師団長に任命してもらったけどよ。任務の合間、少し故郷に帰らせてもらうことを許してもらいてぇ」
「エピタフは置いていくのか?」
サブライムは愉快そうに笑みを見せたまま二人を見つめている。老虎はエピタフを見た。エピタフは「なんです?」と目元を赤くした。
「私は王都を離れ職務を放棄するわけにはいきませんから」
「なんだよ。一緒に来るつもりだったのか? 連れてかねーよ。あんな獣の群れに、またあんたを連れて行くなんて絶対にしねぇぞ」
「だ、誰が。そんな馬鹿なことを。寝言は寝てから言ってください。行きませんから! 私は忙しいのです。貴方などいなくても……」
エピタフは視線を逸らしたが、老虎はその長くて逞しい腕を伸ばし、エピタフを抱き寄せた。
「心配だな。いいか? おれが王都を離れている間に別の男の子なんか孕むんじゃねえぞ。もしそんなことになったら、おれは相手の男も、そいつの子も殺すぞ」
「なにを寝ぼけたことを。この私が? 貴方と『間違えて』つがいになってしまったのは、怪我をして弱っていたからですよ。あんなこと。今後一切ないでしょう。それに、私がそんなに不埒に見えるのですか? 心外です。いくら『間違えて』つがいになったとしても、つがいはつがい。不本意ですが、貴方以外の人と添い遂げるつもりはありません。私を誰だと思っているのですか」
「だってよお。あんた、綺麗だから……」
「シーワン! これ以上、私を愚弄するのでしたら、地下牢に入ってもらいますよ! 著しく名誉を傷つけられました。司法省に訴えます」
「な、なんだよ。おれはただ……」
老虎の声は小さくなる一方だ。エピタフを相手にして、口で勝てるわけがない。
「老虎。諦めたほうがいいよ」
おれはそっと老虎の肩に手を当てる。彼はがっくりとうなだれていた。エピタフは顔を赤くして否定しているけれども。「『間違えて』つがいになった」と言っている割には、老虎のことをすごく心配しているみたいだ。
「寂しくなるね」
エピタフを見ると、彼は首を横に振った。
「そんなことはありませんよ。せいせいします」
けれど、その瞳は寂し気に見えた。
「頼んだぜ。凛空」
老虎の言葉に、おれは大きくうなずいた。
「おれにできることは、なんでもする。だって、エピタフは家族だもの」
「頼もしいな」
エピタフと老虎の子って、どんな子が出てくるのだろか。兎になるのだろうか。虎になるのだろうか。どっちが生まれても、喧嘩になるのかな? そんなことを考えていると、サブライムが笑った。
「次は凛空の番だな」
「お、おれ? えっと。そう約束したけれど。でも……。サブライムにはつがい候補の人がいたんでしょう? その人はどうするの?」
言葉を濁す。すると、スティールとエピタフ、そしてサブライムは顔を見合わせてから笑い出した。エピタフがこんなに笑うのは見たことがなかった。おれはなんだか変なことを聞いてしまったのかと思うと、どうしたらいいかわからなくなって、耳が垂れた。
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