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第4章 友情と恋心
第37話 真のつがい?問題
しおりを挟むいつもは騒々しいアジトはすっかり静まり返っていた。
アジトに残っているのはスティールを中心とした人間が数十名と、博士と先生。それから、老虎の親友である狐族のシェイドだ。彼は身寄りがなく、一族とも疎遠であるため、戻ることを希望しなかったと言っていた。
アジトに残ったおれたちは、方々に散った仲間たちからの連絡を受けながら、月の神殿の場所を特定するため、博士の割り出した地帯を見て歩くことにした。
エピタフからは、王宮に戻るようにと言われていたが、スティールにその話をしたところ、「大丈夫だ」と一蹴されてしまった。エピタフの危惧は現実のものになりそうで怖い。カースという男は狡猾だ。人が少なくなった今を狙わない手はないのだから。
念のため、外には出ないようにと言い渡され、月の神殿探しに出かけていく博士たちを見送る。古文書の解析の仕事がなくなると、おれは時間を持て余してしまう。なにかできることがあるのではないかと、先生のところに顔を出してみると、先生はなにやら忙しそうに作業をしているところだった。
「おお、凛空。いいところにきた。お前も手伝ってくれ」
先生の隣では、シェイドが大きな麻袋を運んでいるところだった。
「これはなに?」
「薬だ」
興味がわいた。床に並んでいる袋にはなにやら紙が貼れていた。植物の名前だろう。
「陳皮、当帰、蘇木、甘草……?」
先生は植物をすりつぶす手を止めた。
「これから、大成湯や独参湯という薬を作る。これから戦が始まるかもしれないだろう? 外傷患者に飲ませる薬が必要になるからな」
「薬って、魔法よりもいいの?」
「あの白兎も気に入っていたようだぞ」
先生は目を細めて笑った。
「エピタフを助けてくれてありがとう。先生」
先生は、白い陶器製の器にそばにあった草を追加してから、同じ陶器でできている棒でゴリゴリとすり潰す。おれの鼻先にその粉がつくと、苦い匂いがしてくしゃみが出た。先生は「くっくっく」と笑うと、次々に草を器に足していく。
「この世の中は、魔法という力で無理やり捻じ曲げている。おれはそんな魔法が嫌いでね。本来、人のからだというものは、順序立てて回復しなければならないものだ。それを魔法は時間をかけずに修復してしまう。そんな不自然なことばかりしていると、いつかしわ寄せがくる。おれたちの故郷では、そうやって自然の中で命を全うしているんだ」
「自然の中で……」
「お前は『真のつがい』という存在を信じるか?」
先生が草を擦り潰す手を止めずに言った。
「真のつがい……。聞いたことはあるけれど。よくわからない。でも、あるんじゃないかなって思う。先生は知っているの? 真のつがいって、本当にある? どんな感じなんだろう」
「そうだな——」
先生はにやにやと笑った。
「真のつがいを目の前にした者は、その運命に抗えないと言われている。その姿を目にしただけで、心臓は鼓動を速める。互いを誘うような甘い香りに酔いしれて、我を失ってしまうそうだ」
(それって——。まるでサブライムを見た時の、おれじゃないの)
「真のつがいは、互いに惹かれ合い、ビビッと来るらしい。まあ、独り身のおれにはわからない感覚だがね。——どうした? 凛空。お前は、そういう相手。いるのか?」
「先生——。ねえ、老虎とエピタフが仲良しじゃない? あれって——」
「野暮なことを聞くんじゃないよ。人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえって言うくらいだからね」
「恋路——」
「真のつがいってやつほど不思議なものはない。しかし。世の中はそういう不思議で成り立っているのだよ。物事を突き詰めて、白か黒かと論ずるのもいいが、どっちつかずの灰色っていうのも時には必要だ」
先生は手を止めると、「新しい命が生まれるとはいいもんだ」と言った。
「命が生まれる機序は不思議で成り立つ。この世界は不思議で満ち満ちている。我々獣人の存在だって、不思議でできているだろう?」
「不思議……?」
「そうだ。異種族の交配が成功するなど、あり得ないことなのだ。それなのに、我々はこうしてここにいる。どうして獣人が生まれたのか。それは、誰も知らぬこと。命とは不思議なものだ。救われる命もあれば、散る命もある。命に価値はつけられないが——まずは自分を大切にしなければならないぞ」
先生がどうしてそんな話をし始めたのか、おれには意図が理解できなかった。けれどもそれは大切な話だ。
「シェイド」
先生はシェイドを呼んだ。
「なんだよ。先生」
シェイドは麻袋を運ぶ手を止め、おれたちの横に座った。
「お前には、家族がいないと言うが、家族同然の存在がいるはず。大事にな」
「なに恥ずかしいことを言っているんだよ。先生。そんなのわかっているって」
「お前はわかっていない。自分を大切にしない奴は、人のことも大切にできない。いいな。お前たち二人。どんなことがあっても、自分の命を守ることを考えるのだ」
「——はい。先生」
おれは大きく頷いた。
すると突然。耳を劈くような音が鳴り響いた。警告を告げる鐘の音だった。驚いて先生とシェイドを見る。通路を走っていく人たちの足音が聞こえた。
「行ってみよう」
先生に促されて、おれたちは作戦会議室に足を運んだ。そこには残っていた組員たちが集合していた。
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