もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

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第3章 太陽の塔との別れ

第26話 じいさんの遺言?問題

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「ハルファス。貴様……なぜここに!?」

 カースの剣を弾き返したハルファスは「ポーポポ」と胸を張ってから、笑い声をあげた。

「おやおや。これは失礼——こちらにはこちらの事情があるものでね」 

「事情だと?」 

 カースはそこにいるエピタフを見下ろした。 

「お前はリガードの使役していた悪魔。主は死んだ。お前が関わる道理はないはず。それともなにか? この白兎がお前の主となる権利を得たということなのか?」 

「いいや。主はこの白兎ではない。これは前主リガードとの最後の契約だ」 

 エピタフを上から眺めたハルファスは、優しい声色で言った。

「お前の祖父が私に託した願い。最後の契約——。自分の血族であるエピタフが危機に見舞われた時、一度だけ救ってやって欲しい。本来であれば律儀に守る必要もないわけだが……まあ、あいつには色々と世話になったからな」 

「あの人が——……そんなことを?」

 エピタフの血の気のない唇から問いが洩れた。ハルファスは静かに頷いた。

「そうだ。私はリガードという男が好きでね。奴は愚かで、感情的で、実に人間らしい。それに奴と一緒にいると、退屈することがなかったのだよ。お前はあの愚かなるリガードの血族だな。お前もまた、おれを愉しませてくれそうだ」

「だったら……。私たちを救ってみせろ——」

「おや。お前ならよく理解しているだろう? おれになにかを求めるつもりなら対価が必要だということを」

「なんでもくれてやろう。その代わり、私たちをここから救ってみせろ。ハルファス」

「なんと! なんと傲慢な願いだ! 対価に見合わぬ願いをするか。エピタフよ」

 エピタフはハルファスを見据えていた。彼は目を細め、それから「ポーポポ」と笑った。

「——気に入った。お前と契約を結ぼうじゃないか!」

 ハルファスはエピタフの額に手を当てる。彼の手のひらは黄金に輝き、エピタフのからだを包み込んだ。エピタフは小さく呻いたかと思うと、動かなくなってしまった。

「エピタフ!」

「黒猫の子よ。安心しろ。死んではいない。しかしすぐに死ぬやもしれぬ。死ねば魂は私のもの。こんなに簡単で上手い話はないものだ」

 ハルファスはカースに視線を戻した。

「さて、準備は整った。お相手つかまつろうか。主の命が続けば——の話だがね」

「お前の相手はおれではない——」

 カースは右手を天高らかに突き出した。まるで天上から、神の鉄槌が下されるかの如く。漆黒の闇がものすごい勢いで落下してきた。そこにいた者たち全てが動きを止めて、カースの足元に落下し、うごめく闇の正体を確かめようと目を凝らす。

 その闇は、ぐにゃぐにゃと形を変え、そこに立ち現れた。

 銀色の狼だった。燃えるような瞳はギラギラと獲物を狙うように、周囲を見ていた。口元からは、唾液が垂れ、鋭い牙をむき出しにして低い声で唸っていた。

 更に狼の上には、梟の顔を持つ男が跨っていた。黄金色のまん丸い双眸。入り口の天井壁画に描かれていた天使のような純白の大きな羽。手には漆黒の大きな剣が握られていた。彼は「ホウホウ」とくぐもった鳴き声を上げた。

「雑魚は任せるぞ。アンドラス侯爵」

「まったくもって悪魔使いが荒い主よのう」

 カースは梟に目配せをする。それを受け、梟が剣を振り下ろした。切り裂かれた空間から、異形の者たちが顔を出す。やせ細った真っ黒な肢体に、蝙蝠のような骨ばった羽を生やしている。鼻先が長く、まるで烏みたいな顔には、爬虫類みたいなぎょろっとした目玉がくっついていた。

 彼らは姿を現したか否や、騎士団を襲い始める。切り裂かれても切り裂かれても、次から次へと湧いてくる悪魔たちに、騎士たちの戦意は著しく低下しているようだった。

「これは、これは。伯爵よ。久しいな」

 アンドラスはハルファスを見つめて、憎々し気に言った。 

「先日、カースと会い見えた時には、貴殿の姿を見受けることができなかったから、残念に思っていたところだ。こうして再び対峙できるとは、言葉にできぬ悦び。アンドラス公爵」

 ハルファスはちょっと湾曲している鳩胸をくいっと突き出して「ポポポ」と鳴いて見せた。その仕草に狼は「グルル」と唸った。アンドラスは狼を宥めるように撫でる。

「そう怒るな。奴に挑発されてどうする。なあ、ハルファス伯爵。お前が、私の相手をするだと? 分を弁えたまえ」 

「それはどちらかな? 爵位こそ違えど。実力では私の方が上——」

「抜かせ!」

 アンドラスは剣を繰り出す。しかし、ハルファスは軽々とそれを受け流していった。 

「力無き者ほどよく吠える。ハルファス——。お前との決着をいずれつけたいと思っていたところ。どちらが格上か見せつけてやろう!」 

「侯爵こそ、お喋りが過ぎるのでは? ——さあ、リガードの孫よ。そこで見ているがよい。死ぬなよ」 

 静かな声は、そこにいる誰もが黙り込むような魅惑的な色を帯びていた。

「グルル」と唸った狼は、間髪をおかず跳躍した。アンドラスはハルファスに切りかかる。細身の長剣を軽々と操り、ハルファスは軽快な足運びを見せながら身を翻した。

 周囲を飛び回るハルファスの動きに苛立っているのか、アンドラスは「ちい、こざかしい鳩めが」と舌打ちをした。

「その鳩に翻弄されている貴殿は惨めで劣って見える。ああそうか。闇が足りないのか。ここは明るすぎるな」

「愚弄するのも大概にしろ!」 

 アンドラスは苛立ったように声を上げたその瞬間。塔に衝撃が走る。どんっと重い衝撃音に、立っていることもままならなくなった。衝撃音は幾度となく塔を襲い、おれたちの足元がぐらつく。悪魔同士の戦いの影響ではない。これは、まるで外から重たいもので叩かれているみたいな音だった。

「一体、何事だ!」

 カースの叫びに、ラリとモデスティも顔を見合わせるばかりだ。

 衝撃音が収まった次の瞬間。塔の壁面に亀裂が入り、そこが一気に崩れ落ちた。ぽっかりと空いた外界へと続く穴から、部屋の空気が一気に漏れだす。なにかにつかまっていないと、あっという間に巻き込まれて押し流されてしまいそうだった。おれは近くの瓦礫に掴まりながら、サブライムの姿を探した。

 ある程度の空気が抜けると、風が弱まった。ほっとしたのも束の間、今度は逆に人がなだれ込んでくるのが見えた。

「凛空! どこだ! 凛空!」

 おれの名を呼ぶ声が聞こえる。声の主を探して、視線を巡らせると、そこにはスティールがいた。猫の町が焼かれた夜。町外れで出会った男——。革命組のリーダー。

 彼の後ろからは、やはりあの夜に出会った虎族の男——老虎も姿を見せた。

「いいか。無茶すんな! 目的は黒猫。それ以外のことには構うなよ!」

 老虎はそう叫んだ。スティールはおれの元に駆け寄ってくると、周囲に視線を配り状況を把握したようだった。彼はサブライムとエピタフを見つめてから「クソ」と呟いた。

 態勢を立て直しているカースに向けて、スティールは剣を構えるが、その間にモデスティが割り込んだ。

「とうとう王宮に反旗を翻すとはね。頭がイカれているとは思っていたけれど。まさか、こんなことをするなんて——父さん」

「新しい世のためには必要なことなのだ。息子よ」

「父さん。なぜおれが、王宮を出て革命組を組織しているか、貴方にはわからないでしょうね」

「ああ、わかるものか。お前は生まれた時から親の言うことだけをきいていればいいのだよ」

「だから貴方は駄目なんだよ!」

 スティールはモデスティに切りかかった。
 アンドラスとハルファスが剣を交える度に突風が巻き起こる。それに巻き込まれて、アンドラスが連れてきた悪魔たちが外に吸い込まれて行った。

 騎士団は悪魔たちを抑えるのに必死だった。スティールがモデスティを引きつけてくれている間にと、おれは——サブライムの元に駆け寄ろうとした。しかし。あっという間にカースに腕を掴まれた。

「お前はおれと来い!」

「いやだ! おれは——」

 カースを睨みつけると、彼の瞳の色が憂いを帯びて見えた。

「お前はまた。おれを拒絶するのか」

「貴方なんて、最初から拒絶しているよ!」

「音——」

「おれは音じゃない。凛空だ」

 カースはおれを力任せに引っ張った。

「離せ!」

「言葉で。心でわからぬのなら。力でわからせるまで——」

「離して!」

 カースの手は、おれの腕を掴んで離さない。このままでは、連れていかれる——。そう思った瞬間。おれとカースの間に一筋の光が走り、カースの腕が床に転げ落ちた。





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