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第3章 太陽の塔との別れ
第24話 勇敢なる王?問題
しおりを挟む「貴方には隠し事はできませんね。いやあ、先ほどはヒヤリといたしましたよ。この塔に施した仕掛けを感じ取ってしまうとは……。そうです。すべて貴方が正しい。私は太陽の塔を守護する一族ではない。私は——貴方と同じ兎族だ」
ラリという男。気味が悪いと思った。おれの直観は外れてはいなかったようだ。
しかし、彼は自らを兎族だと名乗る。だが、彼には獣人としてのからだの印が見て取れなかった。エピタフも怪訝そうにラリを見ている。
「おや。そこまでは予測されていませんでしたか? 冷静沈着な貴方が慌てる様は、愉快でなりませんね。——切り落とされたのですよ。貴方の祖母であるクレセント様に。耳も、尾も。そして、目は潰された」
(エピタフのおばあさんが、そんなひどいことを?)
「ラリのように一族を追われた者を落ち人というのだ。凛空」
サブライムが言った。
「一族の規範を乱すものは、一族から制裁を加えられてから追放される。ラリは——兎族の掟を破ったのだろう。エピタフの祖母であるクレセントは兎族の長として決断したのだ」
「あのお方は美しかった。そして、その姿を受け継ぐエピタフ様もさぞや美しかろう。ああ、この目で見ることができぬのが心残り」
エピタフは苦しげにそこにいた。この塔には、魔法使いの力を封じる——もしくは吸い取るようなおかしな仕掛けがしてあるようだ。騎士団の中に混ざっている魔法使いたちも、不意に膝を折って、そこに座り込んだ。
「感知できぬくらい、ゆるりゆるりと力を抜き取っていたのだが……。エピタフ様ほど優秀なお方ですと、やはり違和感を覚えるようですね。だがしかし。もっと早くに対処すべきでした。気がついていても、対処しないのであれば、気がつかぬことと同じ。もう手遅れだ。私のことを疑っていたのであれば、なおのこと——」
ラリは高らかに笑うと、エピタフを捕まえようと腕を伸ばした。しかし。エピタフは兎の脚力を生かし、後ろに跳躍する。
「なんと。この環境下でまだ動かれますか」
「魔法が使えなくても、お前など相手ではない」
エピタフは強気な発言をしたが、その額には脂汗が滲む。かなり辛いのだろう。
「ほほう。気位の高さは時に裏目に出るもの。しおらしくなさい。魔法を封じられた貴方は、ただ美しいだけの愛玩具ですぞ」
「エピタフ!」
おれは彼の名を叫ぶ。ラリはエピタフとは打って変わって、自在に魔法を操る。この空間では闇の魔法だけが自由に使えるようだ。
紫色の炎がエピタフを襲う。彼は右へ左へと避けていった。
「避けているだけでは、なんにもなりませんぞ」
しかし、彼の心配をしている場合ではない。おれのすぐそばにいるサブライムは、カースと対峙していたからだ。
「王とエピタフ様をお助けせよ」
アフェクションが叫んだ。動ける騎士たちは、長剣を手にカースへと斬りかかっていく。
「やめろ! お前たち! 下がれ!」
サブライムの声は空しく響くばかり。カースへ斬りかかった騎士は、一人二人と倒されていく。
「サブライム様! 我らが足止めをいたします故、歌姫を連れて、塔より脱出してください——」
アフェクションは騎士たちの前に出たかと思うと、カースの一撃をその剣で受け止めた。
「こざかしい人間どもめ」
カースは騎士たちを憎々し気に見つめていた。
「お前たちを捨ててはいけない」
サブライムは不本意そうに眉間に皺を寄せる。
「随分と甘い王よ。人の心配をしている場合か」
カースの目の前にラリが飛び出す。彼はエピタフが魔法を使う時のような仕草を見せたかと思うと、紫色の炎を吐き出した。カースと剣を交えていたアフェクションも後退する。これでは騎士たちは、カースに近づけない。
「ここは私めが」
「ラリ! お前の相手は私です!」
エピタフが駆けてくるが、ラリは鼻で笑った。
「相手にならぬ」
「雑魚は任せるぞ。ラリ」
カースはそう言ったかと思うと、サブライムに切りかかった。サブライムはそれを易々と受け止める。サブライムの剣術の腕は確か。大丈夫だ。カースなど相手になどならない。おれはそう思った。
しかし——。カースと剣を交えるごとに、サブライムの動きは鈍くなっていった。
「サブライム!?」
「くそ——。これは一体……」
サブライムは剣を両手で握り締めたが、それはずっしりと地面に突き刺さった。
「剣が重いだと?」
「やっと気がつかれたか。私のこの剣は、闇の魔力の集合体。剣を交わらせるほどに、王の剣は闇に侵されて行くのだ。さぞや重たいことだろう。持ち上げることすらできぬはず——なに!?」
しかしサブライムはその剣を両手で握り締め直すと、大きく振りかぶった。カースは油断していたのだ。サブライムの太刀は、カースを捕らえる。カースの外套の一部が切り裂かれ、血飛沫を上げた。カースは左肩を抑え、「ぐぬぬ」と呻いた。
サブライムは自分の剣を放り投げると、倒れ込んでいる騎士が落とした剣を拾い上げて構え直す。
「重くなるなら剣を持ち替えれば良いだけの話だな」
「勇気ある王か。千年前のお前の祖先とは大違い——あの王は自分の命が危なくなると、家臣を盾にした」
「そうか。先祖とは言え、虫唾が走る王だな。恥ずかしい話だ」
カースは再びサブライムに襲い掛かった。サブライムは、次から次へと剣を持ち替えて、カースに応戦していた。
しかし——。不意に肩を引かれ、はったとした。そこには、王宮で見かけたモデスティがいた。いつの間に、ここに入り込んだのだろうか。サブライムの加勢に来たのではないということは一瞬で理解できた。
「貴方は——」
「モデスティ!」
彼はおれを後ろから抱えると、首元に短剣を突きつけてきた。剣先が首筋にあたって痛みが走る。
「静まれ、静まれい! 歌姫の命が惜しくはないか」
「凛空——」
おれに気を取られたサブライムに向かって、カースの剣が突き出された。
「サブライム!!」
「凛空——!」
藤色の闇の剣はサブライムのからだを貫いた。
声にならない衝撃とはこのことだ。おれは息が詰まった。サブライムの甲冑を貫いた剣からは、深紅の血が滴り落ちていた。
「王!!」
親衛隊長やエピタフが叫んだ。けれど——。おれの耳にはなにも聞こえない。倒れ行くサブライムの視線がおれを見ていた。なにも聞こえない無音の世界で、おれは必死に彼に手を伸ばす。だが、それは叶うことはなかった。
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