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第3章 太陽の塔との別れ
第19話 愛の告白?問題
しおりを挟む「サブライム——……」
彼の名を呟こうと開かれた唇に、温かいものが触れる。サブライムの顔がすごく近くて……一瞬、どうなってしまったのか、わからなくなってしまった。しかし——。
(これは……。く、口づけ!?)
おれは混乱の渦に巻き込まれた。耳の先っぽまで熱くなって、からだのあちこちから汗が噴き出す。そのままの姿勢で固まっていると、サブライムの唇がそっと離れていった。
サブライムの瞳は熱を帯び、おれをじっと見下ろしている。
「すまない。ずっとこうしたかったんだ。凛空——おれの愛を受け入れてくれないか。おれはお前をつがいにしたいのだ。この件が全て片付いたら……。凛空。おれの子を産んで欲しい」
「——あ、あの。あの。あの……」
言葉がうまく出てこない。かちかちと歯が鳴るばかりだ。
「おれが王になって初めて聞かされたのは、お前のことだった」
「お、おれのこと?」
「そうだ。おれは十五歳だった。父が死に、王位に就いたおれに課せられた課題は『カースの野望を阻止し、地上の平和を保つこと』だった。だから、歌姫の魂を抱いたお前の成長を知ることは、最重要案件だったのだ」
自分はずっと王宮に監視されていた、ということを知った。それを聞いて、あまりいい気持ちにはならなかった。しかし。こうしてサブライムが、おれの成長を見守ってくれていたのだと思うと、なんだかくすぐったい気持ちにさせられた。
「鍵しっぽの黒猫。性格は明るくて、友達や町のみんなとの人間関係は良好。風馬という親友がいた。成績は真ん中よりも下。不器用で自分の身支度ができずに、毎朝、使用人に寝ぐせを整えてもらっている。少し夢見がちの空想家で、授業中にぼんやりとしていて、よく叱られている。
だがしかし、歌だけは抜きん出ている。聖歌隊ではソロも歌うほど。町のみんなが、お前の美声を聞くことを楽しみにしているという」
サブライムはよくもまあ、おれのことを理解している。自分のことを他人の口から聞かされるのは、とっても恥ずかしい。顔が熱くなってきた。
「も、もう止めて!」
しかしサブライムは笑みを浮かべたまま続ける。
「——ずっとお前のことを想像していた。どんな子なのだろうかと。定期的に届く報告書を読みながら、早く会いたいと願っていたのだ」
「全然いいこと書いてないじゃない。よくそんなんで、おれと会ってみたいなんて思うね……」
(じいさん、悪いことばっかり報告していたんだ!)
こんなことになるなら、もう少し真面目に生活しておけばよかった。今となっては後の祭りだ。
「だからいいんだろう?」
サブライムは笑みを見せたまま、おれの頬に唇を寄せる。
「お前はお前だ。おれはお前が好きだ。お前は——好きな奴がいたのか?」
「好きな人なんて……」
(本当は風馬とつがいになることばかり妄想していた。けれど……どうしてだろう。サブライムと一緒にいると、どうしてこうも、胸が高鳴るのだろうか——?)
「おれはお前を守る。歌姫の魂を抱いているからではない。おれは、ずっと——お前が好きだった」
耳元で囁かれるサブライムの言葉は、おれの心臓が跳ね上がる音でかき消されそうだった。まるで耳元に心臓があるみたいに、どきんどきんと大きく響いてくる。
「あの日——。お前を迎えに行くのはおれ、と決めていた。ピスやエピタフには止められたが。逸る気持ちを抑えきれなくなって、一人で王宮を抜け出した。猫の町まで駆けていく間、おれの心はお前でいっぱいだった。ああ、早く会いたいって。それだけを思って馬を走らせたんだ」
「そんなこと——」
(どうとでも言えるじゃない。サブライムは……おれを太陽の塔に行かせたいから、こんな甘い言葉を囁くんだ。おれを騙そうとしているの?)
そっと視線を上げると、彼のきらきらした瞳とぶつかった。その瞳に偽りは感じられなかった。嬉しかった。彼がおれのことを、そんな風に思っていてくれたなんて。信じられなかった。
だっておれは——。大聖堂で一目見た時から、彼に夢中なのだから。
おれは、どうしてしまったのだろうか。まるで周囲のことに気持ちがいかない。ずっとサブライムのことだけを考えていたい。彼のそばにいたい。彼にこうして触れてもらいたい。そんなことばかりが、頭の中を駆け巡るのだ。
まるで病気にでもなってしまったみたいだ。自分のからだを、自分で制御できない。この気持ちが——。サブライムに対する思いが、どんどん溢れてきて、到底止められるものではないと思ったのだ。
「凛空はどうだ? おれのことをどう思っている?」
「お……おれは……」
(どうって——。きっと……)
口を開きかけた瞬間。サブライムを呼ぶ声が聞える。おれは恥ずかしくて、思わず彼の肩を押し返した。
「ここにいたのですか。お時間が迫っていると。ピスがお呼びですよ」
姿を現したのはエピタフだった。彼は瞳を細めて、おれたちを静かに見つめていた。
「なんだ。本当に少しなのだな」
「致し方ありません。お忙しいのですから。これでもピスは精一杯の時間をとったつもりのようですよ」
サブライムは名残惜しそうにおれを見下ろしていた。
「凛空。無理をするな。ゆっくり考えればいい。——と言っても、明日という期限があるがな。時間とは無慈悲。誰の上にも平等なのだ」
彼は片目を瞑った。
「エピタフ。凛空を頼む。今日は屋敷に帰るといい」
「私も忙しいのですが——」
「通常の公務よりも、凛空のほうが優先だぞ」
エピタフは大きくため息を吐くと「承知しました」と答えた。サブライムはその返事を受けてから、おれの頭を撫でた。
「無理はするな。だが、おれもお前を信じている。お前ならきっと乗り越えられる。そして、そのためには、おれも全力を尽くすつもりだ」
柔らかい笑みを残し、サブライムは東屋から外に出ると姿を消した。残されたのは、おれとエピタフだけ。彼は銀色の外套を翻すと、さっさと歩き出す。
「帰りますよ。凛空」
「はい!」
(おれがサブライムとつがい? ううう。そんなの。信じられない。信じられないけれど——でも、すっごく嬉しいのはなんでだー!)
太陽の塔へ行くことなど、どうでもいい気持ちになってきた。大聖堂で見た、きらきらとした王様が、おれに求愛してくれているって——。
こんな夢みたいなこと、信じられない。
そうだ。夢なら終わってしまうのだ。現実はそう簡単ではないということ——。
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