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第三幕

08 敗北

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 保住は、野原を責めることで槇がどんな反応を示すか見たかったのだろう。

 彼の誘いにまんまと引っかかって、野原を擁護するような態度を取った槇。このちょっとしたやり取りで槇との野原の関係性を引き当て、満足そうに笑む保住はどことなしか冷たい目だった。

 ——さすが、澤井の秘蔵っ子だ。

「おれの足元をすくうおつもりだったようですが、墓穴を掘りましたね。お二人で行動するのは目立つ。お控えになるのがよろしい。職員自体は誰が誰と付き合おうと解雇の理由にはなりません。
まあ、こんな動きを嗅ぎ付けられたら澤井は黙っていないと思います。徹底的に野原課長潰しにかかるのは目に見えている」

 保住は一旦言葉を切ってから槇を見た。

「そしてそれは槇さんも同じでしょう? 安田市長はお二人の関係や、企んでいることをご存知なさそうですね。の件の失敗は、市長の進退問題にも影響しかねませんよ。澤井と共に市長も下ろして、あなたが市長にでもなるおつもりですか? ああ、そうか。いい考えだ。澤井と市長との両名を揃って始末できる案はなかなか面白い。これであなたが市長の座を射止められのかも知れない。
 しかし世の中はそう甘くはない。失脚と言う形で引退するのと、大成功の花道で引退するのとでは、後任となるあなたのスタート位置も変わってくるのではないでしょうか? 有権者だってそんなに馬鹿ではない」

 言いたいことは全て言い切った。そんな満悦な表情の保住は席を立った。

「田口。帰るぞ」

「は、はい」

「どうもご馳走様でした。ご協力はしかねますが、また食事に誘っていただけると嬉しいです。野原課長。槇さん」
 
 黙り込んでいる二人を置いて、保住と田口は廊下に出ていった。



***



「あ~あ……やっぱりダメだったか~」

 和室の畳にゴロリンと寝転がった槇は大きくため息を吐いた。
 正座をして日本酒を煽っていた野原は「思った通り」と追い討ちをかけるように呟いた。

「じゃあ、どうすればよかったんだよ~」

「どうもこうもない」

「追い打ちかけるようなこと言うなよ……」

 ゴロゴロとして駄々っ子みたいにしている槇を横目に、野原は黙って日本酒をあおっていた。

「うう~。……あんな頭のいいやつ、相手にするんじゃなかった」

 野原は軽く息を吐くと、槇に視線を向けた。

「……もう少し冷静にしかけていかないと。保住は頭が切れる。実篤さねあつじゃ相手にならない」

 確かに野原の見立てが正しい。なにせ一緒に仕事をしている上司と部下だ。保住の本質をよく見ているのは野原に決まっている。

 澤井と保住の関係をつついて脅す予定だったのに、それはプライドの高い彼を逆に怒らせた。
 その結果、自分たちの関係性を逆手に取られただけのなんの意味もない会合になってしまった。

「時間の無駄だったか——」

 しかしじっと槇を見ていた野原は首を横に振った。

「そうでもない」

「え?」

「保住が連れてきた田口。あれは忠犬。多分、保住は澤井との関係性よりも田口のことを気遣っている。きっと保住にとって大事なのは田口」

「そうかな……」

 ぴんと来ない槇の反応に、野原はまた息を吐く。

「本当に実篤は鈍感」

「お前に言われたくないね。なんだよ~。人の気持ちなんて理解できないくせに」

「確かに——人の気持ちはわからない」

 野原の返答にはったとして槇は体を起こした。

「ごめん。そういう意味じゃ」

「気にしない。なんで謝る? 現実そうなだけじゃない」

そうだとしても、つい甘えすぎ。

「ごめん」ともう一度呟いてから、野原の隣に座って、彼の手からおちょこを取り上げた。

「実篤?」

「ごめん。謝る。ちゃんと謝罪します。だから、いいだろう? 少しくらい」

 目を瞬かせている野原の手首を掴み上げて、引き寄せると、強引に唇を重ねた。いつもなら素直に受け入れてくれる野原だが、珍しく槇を押し返した。

「触ったっていいじゃん」

「本気で取りかからないと足元救われるのは実篤のほう。呆れる」

 野原はため息を吐いた。

せつ?」

「帰りたい」

「ちょっと。もう少しいいじゃん。どうせ、いつも貸し切りなんだし。たまには違う場所で……」

 野原は立ち上がろうとするが、そんなことは許さない。槇は野原を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「実篤、いい加減にして」

「いいだろ?」

 耳元で吐息混じりに囁くと、野原の掴んでいた手に力が入るのがわかった。

「感じているくせに」

「……ッ」

 耳たぶを甘噛みする。
 野原が一番嫌いで、好きなところ。案の定、彼の身体が跳ねた。

「実篤……っ」




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