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第三幕
04 独り占め*
しおりを挟む軽く開かれた唇から舌を挿し込んで、歯牙を撫で上げると、野原の体が震えるのがわかった。
ここまで反応できるようになったのだから上出来だ。ぎゅっと握られた背中のシャツの感触に満足しながら、角度を変えて舌を絡め取る。
「……んッ」
「雪……おれから離れるな」
右手を彼の首にかけ、軽く締め上げるように触れると自然に彼の顎が上がる。
——ああ、このまま締め上げてしまいたい。
槇は時々、野原を独り占めしたい感情に歯止めが効かなくなる時がある。
そう。冗談ではない。もしかしたら、情事の間にそんな欲求に駆られて間違いを犯してしまうかも知れない自分を恐れていた。
——雪は、そんなおれの気持ちを知る由もないだろうな。
更に開かれた唇を甘噛みしながら、瞳を覗き込んだ。
野原の緑色の瞳に映る自分を見るのが大好きだ。彼の視線を自分が独り占めしていることが理解できるからだ。
昔は鳶色がかっていた瞳は濃い印象だったが、年を重ねるごとにその色合いは薄まる。
白みがかった、この淡い緑色をなんと呼べばいいのだろう?
「実篤……」
夢うつつのように小さく耳に届く自分の名を聞くと、日ごろ押し殺している彼への思いがあふれ出す。
「すまないな。こんな要領悪い生き方しかできないおれだけど」
耳元に唇を寄せて声を潜めると、野原は目を閉じた。
「だからいいんじゃない。実篤は実篤。それ以外なんてあるはずない」
彼の返答は槇を満たしてくれる。
二人が関係性を持つようになったのは、高校生だったろうか?
ああ、そのせいで野原はインフルエンザを槇からもらい受けて、見事に医大受験を失敗したのだった。
それだけではない。
中学校の時は、槇がベランダから落ちそうになって、それに巻き込まれて野原が落ちた。
高校生の時は、野良猫が車に轢かれそうになったのを助けようとして逆に自分が危うくなり、野原が助けてくれた。
彼はその都度、ひどい目に遭う。
そう考えると、昔から迷惑ばかりかけてきたのだ。
「おれって、ひどいことばっかだよなあ……」
「……実篤、」
ぼんやりと昔のことに想いを馳せている間も、彼を悦ばせることを止めはしない。指先で、手のひらで、舌で、体の全ての感覚を野原で満たしたい。
自分は昔からなにかが欠けているのだ。
どこか空回りしていて、どうやっても寂寥感に苛まれる。
だが彼が自分だけを見てくれる視線や、彼の熱を目の当たりにするだけで、そんな気持ちは薄れた。自分に向かって伸ばされた手を握り返して、口付けた。
「は……ッ」
「雪……、やばい……ッ」
雪の中で暴れまくる自分を止めることはできない。耳鳴りのように酷くなる拍動に支配されて、意識が飛びそうだった。
「……せつ……ッ」
野原の肘を掴まえて、背後から腰を打ち付ける。
「だ、だめ……っ、実篤……っ」
辛抱できない。野原の中にあると言うことだけで、我慢なんてできるはずがないのだ。
野原が否定的な言葉を口にするだけでも心が疼く。後ろから繋がるのは容易だが、野原の顔が見えないのは好ましくない。
顔を見ていたい。
彼の顎に手を当てて引き寄せると、体の距離が近づいて更に奥まで入り込めた。
「……は……っ」
無理な体勢であることは重々承知。苦しそうに目を閉じて息をしている野原の耳元で囁く。
「雪。ちゃんとおれを見て」
槇の要望をすぐに叶えるかのように、開かれた目を覗き込む。
「実篤……」
「中に出していいでしょ?」
「いつも、そうしてる」
「だって、終わった後掻き出すのがまたいいんだ」
「実篤って、よくわからない」
伸びてきた細い腕が、槇の頬を撫でた。野原に触れられるほど心は疼いて堪えきれなくなるのだ。
「……っ、ごめん……我慢の限界……っ」
堰切ったように放出される欲望は、野原への想い。
「……んんっ……はぁ、はぁ……ごめん、また、おれ」
緩んだものが、役割を終えたようにズルリと外に出された。息が上がっている野原の肩を抱きしめて首筋を吸い上げる。
「実篤」
「雪はおれのこと好き——?」
そんなことを彼に聞いても意味がないことはわかっている。だって、野原は「好き」という気持ちわからないから。
「わからない」
——そうだよね。予想通りの回答。
しかし、ふと槇の腕に添えられる彼の指は「好きだ」と答えているようだ。
「おれは好きだよ。お前が好きだ」
「……それ、知っている」
情事の後はこうしていつも同じことを繰り返しているのに、飽き足りないのは何故だ?
野原の口から「好きだ」と言ってくれるまで続くのだろうか?
それはきっと、果てしなく時間のかかることなのかも知れない。だけど、槇は飽き足らずにこうして野原を抱く。
そして我が物にしておきたいという独占欲は枯れることを知らないのだ。
——独りよがり? 違う。おれたちはこうなるように決められていたのだ。
きっと生まれた時から、ずっと。
永久に。
その時。槇は、そう頑なに信じていた。
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