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悪役皇子はざまぁ展開を希求する。
9皇子の泣き所(下)
しおりを挟む金山でもなんでもない辺境の土地が多少潤ったところで、誰も何も気にしないだろう。
ユリウスの当初の目論見は、良い方へも悪い方へも裏切られたと言える。
クラウディアの町は幾本もの河が海に通じる水の都だ。
魚も取れない漁港を他国の商船が寄港できる港に造り変え、水路を整え、運河を使った荷運びが楽になるよう小回りの効く船を買う。市場では規制を緩和して税を下げ、商人たちが店を構えやすくした。
魚ではなく、輸入品と輸出品で金が回るようにと、ユリウスは環境を整えただけだ。
予想外だったのは日の目を見たクラウディア住民達の気概である。
切磋琢磨し、効率化して、クラウディアを交易都市としてどんどん発展させていったのだ。
最初の見通しよりもずいぶん派手な隆盛を遂げたことに、ユリウスは内心警戒を強めていた。
スラムから脱し、人が人らしく生きられる町になれば良いとは思っていたが、クラウディアはあまりに目立ちすぎていた。
ここまでの繁栄となると、ユリウスの功績に身を脅かされる者も、羨望する者いるだろう。何より衰退する国家の中で力をつけつつある町となれば欲しがる者も出てくるはずだ。
──気をつけなければ。
そう思っていた矢先に、王都から知らせが届いた。
ありもしない罪状で領地を没収、身柄を拘束するという。
更に、大人しく王都に出頭しなければ替わりにエイダを捕らえて殺すぞと、まあそんなようなことが遠回しに書いてあった。
最初に過ったのはエイダの顔ではなく、ともに育ったギルバートの顔だ。
幼い頃に事故で父を亡くしたギルバートは、ことの他母を大切にしていた。エイダに何かあればギルバートが悲しむ。それがユリウスの行動を決めさせたのだ。
だからエイダのせいでない。それは本当のことだ。
「馬鹿を言うな。念のため身を隠してくれと言っただけでどうしてそこまで話が飛躍する」
「あなたが俺を置いていったからですよ!」
語気を強めてギルバートがユリウスに迫った。
「俺に何も言わず、俺の目を盗んで捕まりに行った! 俺ならあなたを守れたのに、たった一人で」
声を詰まらせて、ギルバートが一瞬苦しそうに顔を歪める。
「俺に話さなかったのは、俺の口から母を捨てろと言わせたくなかったからですか」
その通りだった。
ユリウスの身柄とエイダの命を天秤にかけたら、ギルバートは必ず母を諦める。絶望と悲しみに暮れながら、それでも迷わずユリウスを選ぶのだ。
そういう男だと知っていたから、彼には話さなかった。
「俺もまさか、死罪を賜るとは思ってなかったんだよ。別の領地へ追放されるか、悪くして幽閉かと」
誤算誤算、と肩を竦めるもギルバートの眼差しから剣が取れることはなかった。
「ギル」
そっとギルバートの腕に手を触れる。
強張った体が不安を訴えているようで、ユリウスは苦笑した。
「怖い思いをさせて悪かったな。でも俺は生きてる」
ユリウス様、と呻いてギルバートがその場にひざまずく。そのまま腕を伸ばすと、ユリウスの体を力一杯抱きしめた。
「約束してください。もう二度と黙って離れて行かないって。俺に隠しごとをしないって」
「私からもお願いします」
こちらに歩み寄ったエイダがユリウスの前で膝を折る。
「どうか、どうか、息子にだけは本当のことを仰って。あなたを犠牲にして生き延びたいなんて私たちは望んでません」
困った親子だ。
眉を下げて、ユリウスは小さく微笑んだ。
情に訴え、愛情で背中を押し、だから失うわけには行かないと思うのに。
「分かった」
はっきりと口にして、ユリウスは決意を固めた。
「次は間違えない」
結局ユリウスに何かあってもギルバートはこうして悲しむのだ。
であれば今度は全員助かる道を探そう。
口にしなかった分を胸に刻んで、「それにな」とユリウスは茶箪笥の上の本に目をやった。
「俺はこのままで終わる気はないぞ、ギル」
にやりと笑った主人を見上げて、ギルバートが「嫌な予感がする」と半眼になった。
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