上 下
9 / 21
悪役皇子はざまぁ展開を希求する。

9皇子の泣き所(下)

しおりを挟む

 金山でもなんでもない辺境の土地が多少潤ったところで、誰も何も気にしないだろう。

 ユリウスの当初の目論見は、良い方へも悪い方へも裏切られたと言える。
 
 クラウディアの町は幾本もの河が海に通じる水の都だ。
 魚も取れない漁港を他国の商船が寄港できる港に造り変え、水路を整え、運河を使った荷運びが楽になるよう小回りの効く船を買う。市場では規制を緩和して税を下げ、商人たちが店を構えやすくした。

 魚ではなく、輸入品と輸出品で金が回るようにと、ユリウスは環境を整えただけだ。

 予想外だったのは日の目を見たクラウディア住民達の気概である。
 切磋琢磨し、効率化して、クラウディアを交易都市としてどんどん発展させていったのだ。

 最初の見通しよりもずいぶん派手な隆盛を遂げたことに、ユリウスは内心警戒を強めていた。

 スラムから脱し、人が人らしく生きられる町になれば良いとは思っていたが、クラウディアはあまりに目立ちすぎていた。

 ここまでの繁栄となると、ユリウスの功績に身を脅かされる者も、羨望する者いるだろう。何より衰退する国家の中で力をつけつつある町となれば欲しがる者も出てくるはずだ。

 ──気をつけなければ。

 そう思っていた矢先に、王都から知らせが届いた。

 ありもしない罪状で領地を没収、身柄を拘束するという。
 更に、大人しく王都に出頭しなければ替わりにエイダを捕らえて殺すぞと、まあそんなようなことが遠回しに書いてあった。

 最初に過ったのはエイダの顔ではなく、ともに育ったギルバートの顔だ。

 幼い頃に事故で父を亡くしたギルバートは、ことの他母を大切にしていた。エイダに何かあればギルバートが悲しむ。それがユリウスの行動を決めさせたのだ。

 だからエイダのせいでない。それは本当のことだ。

「馬鹿を言うな。念のため身を隠してくれと言っただけでどうしてそこまで話が飛躍する」

「あなたが俺を置いていったからですよ!」

 語気を強めてギルバートがユリウスに迫った。

「俺に何も言わず、俺の目を盗んで捕まりに行った! 俺ならあなたを守れたのに、たった一人で」

 声を詰まらせて、ギルバートが一瞬苦しそうに顔を歪める。

「俺に話さなかったのは、俺の口から母を捨てろと言わせたくなかったからですか」

 その通りだった。

 ユリウスの身柄とエイダの命を天秤にかけたら、ギルバートは必ず母を諦める。絶望と悲しみに暮れながら、それでも迷わずユリウスを選ぶのだ。

 そういう男だと知っていたから、彼には話さなかった。

「俺もまさか、死罪を賜るとは思ってなかったんだよ。別の領地へ追放されるか、悪くして幽閉かと」

 誤算誤算、と肩を竦めるもギルバートの眼差しから剣が取れることはなかった。

「ギル」

 そっとギルバートの腕に手を触れる。
 強張った体が不安を訴えているようで、ユリウスは苦笑した。

「怖い思いをさせて悪かったな。でも俺は生きてる」

 ユリウス様、と呻いてギルバートがその場にひざまずく。そのまま腕を伸ばすと、ユリウスの体を力一杯抱きしめた。

「約束してください。もう二度と黙って離れて行かないって。俺に隠しごとをしないって」

「私からもお願いします」

 こちらに歩み寄ったエイダがユリウスの前で膝を折る。

「どうか、どうか、息子にだけは本当のことを仰って。あなたを犠牲にして生き延びたいなんて私たちは望んでません」

 困った親子だ。
 眉を下げて、ユリウスは小さく微笑んだ。

 情に訴え、愛情で背中を押し、だから失うわけには行かないと思うのに。

「分かった」

 はっきりと口にして、ユリウスは決意を固めた。

「次は間違えない」

 結局ユリウスに何かあってもギルバートはこうして悲しむのだ。
 であれば今度は全員助かる道を探そう。

 口にしなかった分を胸に刻んで、「それにな」とユリウスは茶箪笥の上の本に目をやった。

「俺はこのままで終わる気はないぞ、ギル」

 にやりと笑った主人を見上げて、ギルバートが「嫌な予感がする」と半眼になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お気楽少女の異世界転移――チートな仲間と旅をする――

敬二 盤
ファンタジー
※なろう版との同時連載をしております ※表紙の実穂はpicrewのはなまめ様作ユル女子メーカーで作成した物です 最近投稿ペース死んだけど3日に一度は投稿したい! 第三章 完!! クラスの中のボス的な存在の市町の娘とその取り巻き数人にいじめられ続けた高校生「進和実穂」。 ある日異世界に召喚されてしまった。 そして召喚された城を追い出されるは指名手配されるはでとっても大変! でも突如であった仲間達と一緒に居れば怖くない!? チートな仲間達との愉快な冒険が今始まる!…寄り道しすぎだけどね。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...