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寸借詐欺①

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荒明定……?あまり聴きなれない名字だ。
最初の印象はごく普通だった。

「荒明と言います。よろしくお願いします」
新しく会社に入ったのは六十を少し過ぎている初老の男性だった。
伊藤慎之助は同じ会社に入ってきたずんぐりむっくりな男と今日一日同じ現場で警備をすることになった。
慎之助は今年で四十二歳になるが、この警備会社に入って二年が経とうとしていた。
警備の仕事は初めてだった慎之助だったが、持ち前の愛嬌の良さで先輩や後から入った新人らにも嫌われることなく頑張って仕事に励んでいた。
警備の仕事と言っても大きく分けて施設内での仕事と道路の交通誘導とに分かれる。
言葉通り施設内警備は室内での警備で冷暖房完備の所が多く体の負担が少ない。
交通誘導の場合、車との接触や歩行者や自転車に気を付けなくてはならず、危険を伴う事もある。
その分日給は良いが雨の日とか工事ができない日もあるので一概にどちらがいいかはその人次第だと感じていた。
慎之助はギャンブルが好きでよくオッズパークで競輪を楽しんでいた。
毎日千円だけと決めて負ければ明日、勝てばそのお金で次のレースを買う。
大体は負けていたが、ある日珍しく千円が五万円になった。
その事を荒明に話したところ、「たまには酒でも飲みに行きたいですね…」
と運転しながら飲みに誘うそぶりを見せた。
慎之介も酒は嫌いな方ではなかったし、二ヶ月ほど飲みに行ってなかったので「明日は休みだし久々に桃香にでも飲みに行くか!」
と答えたところ、「ぜひ連れて行ってください!」
と言ってきたので「いつも運転してもらってるお礼に安い店だけど行きましょう」
軽い気持ちで酒に誘ったのだった。
慎之助は免許証は持ってはいたが、元来運転はあまり好きではなかった為、会社から車は借りていなかった。
故に車を借りていた荒明の運転で仕事場まで乗せてもらっていたのだ。
荒明は何故か慎之介を気に入ったらしく、上司に「出来れば伊藤さんと一緒に仕事をさせてください」と頼んだらしく、ほとんど一緒の現場だったのである。
桃香では一時間半ほど飲んでいたのだが、久しぶりの酒に少し酔った感じがして、荒明にそれを告げると「僕はもう少しここで飲みたい」と答えたので一万円をママに渡して先に帰る事にした。
飲み屋と言っても居酒屋的な店で、この前一升瓶の焼酎をキープしたばかりだったので何も無ければ二人で五千円でお釣りが来るくらいの店だったのだ。
週明けの月曜日に仕事に出た時に「土曜日はありがとうございました。
また今度連れて行ってください!」
とお礼を言ってきたので「また行きましょうね…」
と次回も金があれば飲みに行く約束をしたのだった。
それから二日たった水曜日の仕事が終わってから荒明がどうしても今日、金がいるのだと私に話したのだ。
子供がこちらにきているので一緒に飯を食べに行きたいのだが、金の持ち合わせがないというのだ。
うちの会社は週払いで木曜日に一週間分振り込まれる。
「必ず明日返すから…!」
先週の勝ちもあった慎之助は飯代くらいなら…との気持ちで「いいよ!」
と二つ返事で金を貸す事にした。
「出来たら三万円貸してほしい!」
何と三万円を貸してほしいと言ってきたのだ。
確かに子供に会うのに一万円では心許ない気もわからないではなかった。
明日の給料で返してくれるならば…
との気持ちもあって気持ちよく貸してあげた。
慎之助にも年頃の女の子がいた。
とっくの昔に別れた女房が引き取り育てているが、たまに小遣いをせびりにくる。
自分も金はないのだが、少しくらいは作って渡す事もあった。
だから荒明が子供と会うのに金がいる気持ちもわかっていたのだ。
荒明は木曜日は区役所に行く為に休む事になっていたので慎之介の仕事が終わってから金を返してもらう約束だった。
仕事を終えて連絡を待つ慎之介だったが、夕方過ぎても連絡はない。
午後七時になっても連絡がないので慎之介から荒明の携帯に連絡をしたのだ。
荒明の携帯は電源が入っていなくて、その後何度かかけてみたが同じだった。
それでも慎之助は(何かあったのかもしれない…?)との思いで明日の仕事場で返してもらえはいいか…!
と思っていたくらいだった。
しかしその思いは無残に打ち砕かれたのだ。
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