ファイナルトリック

黒崎伸一郎

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志村ケントという男

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少し遅くなったが志村ケントの生い立ちを少し話しておかなければならない。
志村ケントの祖父は志村大三郎という名前で戦後鉄屑拾いから一代で株式会社志村建設という日本の五本の指に入る建設会社を建てた。
長いこと独身で結婚したのは四十過ぎてで、しかもなかなか子供が生まれなかった。
五十手前で男の子が生まれ未来と名付けた。未来に向けて大きく育ってほしいとの気持ちを込めた命名だった。
大三郎は大そう嬉しかったらしく大切に育てた。
だが甘やかし過ぎたのが仇となった。
なんの苦労もなく大学を卒業した未来に大三郎はすぐに会社に入社させて専務の椅子を与えた。
それには理由があった。
大三郎はもう長くない命だったのだ。
医者からガンを宣告されていた。
その故に会社を任せるのは息子しかいないと思い込み息子に全てを渡すことにした。
まだ右も左もわからない若造にいろんな人たちが群がった。
それは当たり前のことだった。
そうでなくとも父が生きている時から好きなことばかりしてきた。誰も止める人はいなかった。
そんな未来に父が死に莫大な遺産が入ってきたのだ。
ブレーキなどないのだから転げるのも早い。
ギャンブルに女、いくらお金があるといっても湯水の如く使うわけだからなくなるのも早い。
ただなくなっても大手の建設会社の社長である。
銀行はまだまだ貸してくれた。
それはもちろん会社の金である。
志村未来はそれをも使い果たすのである。
もちろん一番悪いのは未来であるがそうやって甘やかした大三郎も甘かったのだ。
今となっては誰が悪いかなどそういう問題を言っても仕方のないことだ。
結局資産三十億以上と言われていた志村大三郎の遺産はわずか三年も持たなかった。
しかも志村建設は翌年破産手続きを取らなければならなくなり未来は逃げるように姿を消したのだった。

ケントは未来の実の子供である。
未来は若い頃から女遊びが派手で何人もの女を囲っていた。
フィリピンパブにも自分のお気に入りが何人かいて特にリーナという名の娘を気に入ってマンションを借りてやるほどだった。
当時はまだ未来に金はあった。
あったといっても遺産は殆ど使い切っていたが会社の金で遊び呆けていたのだ。
リーナに子供ができたと聞いた時もう未来には使える金は残っていなかった。
籍だけは入れてもらう約束でいたがケントが生まれる前に横領罪で取り調べがあると知った未来は姿を消した。
逃げたのだ。
結婚はしなかったが届け出の書類だけはリーナはもらっていた。リーナは日本人と結婚して母国の家族にお金を送らなければならなかった。
だが元々体の弱かったリーナはケントを生んだ後亡くなった。
ケントは生まれた時から両親のいない暮らしを余儀なくされた。
リーナは三姉妹で皆、仕事をするために来日していた。
末っ子で姉の二人はとてもリーナを可愛がっていた。
リーナが死んだ後一番上の姉がケントを引き取り中学まで一緒に暮らしていたが卒業するとすぐに姉の家を出てその後は転々と仕事を変わっていった。
マジックと出会ったのは小学校の時で人が驚く姿を見るのが好きで中学に入る時にはもう自分で新しいマジックを作り上げていた。
マジックと言っとも自己流で誰かに教えてもらったわけではない。
それが新鮮で自分の作ったマジックを世の中に出すというのがケントの夢だった。
転々と仕事を変わったのはマジックを諦めていたわけではない。
むしろマジックだけで食べていけなかったから職を変えていたと言った方が正解もしれない。
それでもマジシャンとして大成したい気持ちは捨てきれなかった。
そんな中でTV局のディレクター弓川から声がかかった。
<マジックで世界を取れ>というTVの人気番組に出ないか?と言ってきたのだ。
ケントは耳を疑った。
本当に自分でいいのか?と聞いてみた。
一応マジックを見たいとのことでケントはこれならどうだと言える自信の新しいマジックを何種類か見せた。
何度か頷いた弓川は
「その程度のマジックをするマジシャンは渦の如くいる。
自分の求めているのはもっとインパクトのあるマジックだ。」
と言ってケントにあるマジックをする様に言ってきた。
それがテレポートだった。
結局弓川はある程度マジックの経験のあるマジシャンならば誰でも良かった。
ケントが中肉中背で履歴不明というのも弓川にはちょうどよかった。
ジェーン岡田と言う切り札を持っていたので強気に出れたのだった。
結局ケントは弓川の策略に乗った。
乗らなければ他のマジシャンにこの大役を持っていかれる。
ケントには選択肢はなかった。
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