ファイナルトリック

黒崎伸一郎

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マジシャンとしての心得

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優勝して人生が変わったケントだったがマジックに対する気持ちは今も昔も変わらなかった。
小さい頃からマジックに興味があった。
マジックをすることで皆んなが驚き、その驚いた顔を見るのが好きだった。
だからマジシャンとなった今も1日中マジックと戯れている。
やはりマジックが好きなのだ。
優勝して有名になったケントはマジックルームと名付け事務所を借りた。
2LDKで1部屋は客とも対応できる部屋もう1つはマジックを勉強する部屋である。
ケントはマスコミが騒いでいる半年後のTVでのマジックショーの構想を立てなくてはならなかった。
前回は成功したが同じシチュエーションは使わないことにする。
何故なら同じならインパクトが弱いからだ。
もっとインパクトのある方法でないと人々は納得しない。
それはマジシャンならわかるはずである。
マジックに命をかけているのは皆同じことなのかもしれない!

その日もケントはマジックルームに向かった。
TV出演の後もケントは助手は付けずに一人でマジックをする。
今までも一人でやってきたし誰かに干渉されることも好まなかった。
それよりも他人にマジックの種を知られること自体をケントは極端に嫌った。
誰もができるマジックでも自らの創作を入れて新しいマジックに変えていく。
それをケントは[マジックに命を吹き込む]と命名して自身のニューマジックとして作り続けている。
だから他のマジシャンの様に自分からタネを売り込む様なことは絶対にしない。
それが志村ケントのポリシーであった。
マジックルームは七階建ての雑居ビルの三階にあった。
一階は外資系のコーヒーハウスでケントはいつも朝はそこでコーヒーを飲んでから事務所に行くのが日課だった。
「いらっしゃいませ、ケントさん!
いつものブレンドでよろしかったですか?」
カウンターの向こう側で可愛い店員さんが声をかけてきた。
「おはよう!うんいつものやつお願いね…。
今日も吉本さんは可愛いね…!」
「ヤダっ!ケントさん。会う人皆んなにそんな事言ってるんでしょ?
昨日八坂さんにも言ってたって聞きましたよ……」
「また八坂さんも人に言いふらすからなぁ…。でも吉本さんは本当に可愛いよ!」
「ア~…!そんな言い方したら八坂さんに悪いですよ!
言いつけてやるんだから…!」
「それはやめてよ!そうじゃなくてもセクハラって八坂さんに言われてるんだから……!」(笑)
ケントはこのコーヒーハウスが気に入っていた。
ここがあったから三階に事務所を借りたと言っても過言ではない。
ここは店員さんに名札が義務付けられていてちゃんと名前で呼ぶことができる。
この店に八坂志保という大学を卒業前の店員がいてケントは好意を持っていた。
特別に美人というわけではないが愛嬌のある可愛い女性だった。
ケントは今年36歳になるがまだ結婚はしていなかった。
今までに付き合った人はいたが売れないマジシャンで一生養っていく自信がなかったからだ。
それ以上に結婚したいと思える女性と出会わなかったからというのが本音かもしれなかった。
TVに出演して一躍有名になり少しは生活にも余裕はできた。
ここまで来るのに何年間下積みの人生を歩んだのだろう?
ケントはこの生活を落としたくはなかった。
全ては半年後のマジックショーにかかっていた。
そのための準備は万全にしなくてはならなかった。
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