勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第三章】計略神との知恵比べ

【第七節】手心イベント戦

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「ヒデナガ。君はこれまでの冒険を通してこの世界の文化や戦いについて、別世界の人間として何か思うところはあるかい?」

 俺とヘルメスを含め七人の旅人を乗せた屋根のない簡素な荷馬車は、茨の植物がぽつぽつ生えている岩と砂ばかりの荒野をがたがたと走る。隣に座るヘルメスは小さい麻色の手帳に青い羽根ペンを走らせつつ質問してきたが、俺は車輪が石の上や地面の凹凸へ乗る度に上下に激しく揺れ、少し気持ち悪くなってきていた。

「……それはもう数え切れない程。馬よりも便利で速い移動手段が沢山あったし、数日に一度身を危険にさらされることも無かった。でも【魔法】や【魔術】は多分存在しないし、飲んだり塗ったりするだけで怪我や病気が瞬時に完治する点は、こっちの世界の方が便利……だと思う」

「なるほど? 君の世界の人間は【魔法】無しでで進化していっているんだね。環境が変われば彼らの多様性も広がる。いいことだ、うん。……ところで顔が青いけど、昨晩隠れて一杯やったかい? 俺にも分けて欲しかったなぁ、つれないじゃないかっ!?」

「違う……元々乗り物は得意じゃないんだ。酔い止めの薬とかないの?」

「? ああ、【乗り物酔い】って奴かっ!! 回復ポーションならあるよっ!!」

「いけるかと思ってさっき飲んだけどダメだった。はぁ……異世界に来ても、三半規管までまんまなんだなぁ」

 背もたれ代わりの荷馬車の縁へ寄りかかり、青空を見上げて深く息を吐く。自分で望んだことだ。ヘルメスを【勇者】にして、俺は普通の人間まま居場所を見つける。【魔王】と【魔女】に命を狙われ続けるのはうんざりしているが、誰かに空気を読めと言われるでもなく、使命や仕事を押し付けられることも無いこの世界は、かつてないほど自由な世界だ。
 【魔法】も使えず、特殊な【スキル】やステータスを持つわけでもない。与えられた【特別】になんてならなくても、そのままでいい。得られる物に対し代償が大きすぎる。それも世界を救えだなんて――――

「――――実際、【魔王】から世界を救わなくちゃいけない理由あるか、俺達」

「……俺も君も、この世界の神に【そういう体】で参加させられた身さ。【魔王】や【魔女】に命を狙われ続けるし、倒す使命そのものを放棄したら彼はへそを曲げて、何をしでかすか分かったもんじゃない。少なくとも【魔王】を倒せば君の安全は約束される。それが理由でいいじゃないか」

「………………」

「君の中で割り切れない部分があるのは知っている。だが誰かに遠慮をしてたら、ヒデナガの望む自由は絶対に得られないんだ。だからもっと自分のに対して素直になって、強欲で我儘にあるべきだと思うよ、俺はね」

 ヘルメスは手帳を閉じ、羽根ペンの先のインクをふき取りながらウィンクして微笑む。こいつは本物の神様だってのに意見はしても、偉ぶったり頭ごなしに否定することは一度もしたことがない。気を利かせて相手に身の丈を合わせる……性格でも無いか。豪胆で酒や女、遊びに目はないけど単純に良い奴。ヘルメスはそんな男だ。
 何故【勇者】は【魔王】を倒すのか。ゲームをしている時に考えたことも無かった疑問。……難しく考えるな。俺は俺の為に【魔王】や【魔女】と戦い、勝たなければいけないんだ。もっと我儘に、割り切らないと。

「じゃあ気を紛らわすために、ヒデナガの世界の話をもっと聞かせてくれないかっ!? 以前話してくれた電気を使った様々な絡繰りも詳しく知りたいっ!! 勿論、専門的な知識を持たない、君が分かる範囲で結構だっ!!」

「絡繰りじゃなくて【機械】。神様って全知全能なイメージだったのに、そっちの方が驚きだよ」

「上辺だけさ。彼らは自分の見ている世界にしか興味がない。……最も、自分の世界の事すら分かっていない神様も――――」

 ――――突然、荷馬車を引いていた二頭の馬が嘶き、停車する。なん――――

「――――全員その馬車から降りやがれっ!! この先へ生きて進みたきゃ、金目のもんと武器を全部置いて行くんだなっ!!」

「妙な真似するんじゃねぇぞっ!! こっちには【魔法】を使える奴もいるっ!! 荷馬車ごと吹っ飛ばされたくなきゃとっとと降りろっ!!」

 いつの間にか荒野の岩と砂と同じ土色のローブを纏った一団が、俺達を乗せた荷馬車を取り囲んでいた。まさかこんな場所で盗賊か? 数は……二十以上。十数メートルは離れているが既に剣や槍、弓、杖などの武器を構え殺気立っている。乗客の旅人らと御者は突然の出来事と盗賊たちの圧に怯え、縮こまっていた。

「随分と冷静に周りを見てるじゃないか、ヒデナガ」

 ヘルメスが盗賊から見えないよう、足元に置いていた杖をそっと左手で取りつつ囁く。

「……伊達に命を狙われてないからね。……どうにかできる?」

「ああ、どうとでもなるとも」

「おいっ!! そこの男二人っ、何ごちゃごちゃ話してやがるっ!! 俺が五つ数える間に全員降りろっ!! 御者もだっ!! いいなっ!?」

 興奮した様子のリーダー格らしき男が大斧を手にこちらへじりじりと詰め寄る。旅人たちは慌てて荷馬車から降り始め、ヘルメスもそれに紛れて降りつつ、リーダー格の男に狙いを定めた――――


「――――おっ、長っ!! 魔物どもだっ!! 魔物どもが――――がぁっ!?」

「おああぁっ!?」

 高い岩場を陣取っていた弓持ちの盗賊たちが、悲鳴と共に転げ落ちてくる。皆の視線が岩場の上へと集まった。そこには頭から腹、尻尾まで黄色い鱗で覆われ、仁王立ちするトカゲ顔の魔物が四匹。上半身には何も身に着けていないが手には木製の棍棒が握られ、チロチロと舌を出しては鱗と同じ色の瞳が俺達を見下ろしている。そのうち先頭の最も長い尻尾を持ったトカゲ顔が、急斜面の岩を両手両足を使ってするりと下へ降り、足元に転がる盗賊の腹を左足で蹴り飛ばす。

「ったく……いい加減にしておくれよ人間共っ!! こっちの住処でてんやわんやっ、おちおち日光浴もできやしないっ!! あんた達っ!! 二度と舐めた真似できないよう馬鹿な盗賊どもを畳んでやりなっ!!」

「「「おおおおおぉっ!!」」」

 岩場に残っていた三匹が雄たけびと共に跳躍し、囲んでいた盗賊たちへそれぞれ飛びかかる。

「くそっ、魔物風情がっ!! 【魔法】で吹っ飛ばしてや――――っ!?」

「――――隙ありだっ!!」

 ヘルメスの杖から伸びた蛇が、指示を出そうとした盗賊のリーダーを縛り上げ、そのまま【魔法使い】と思われる一団へ投げ飛ばす。

「いい援護よっ、人間っ!!」

 先程の尻尾の長いトカゲ顔の魔物が低い姿勢のまま荷馬車の脇をすり抜け、体勢の崩れた【魔法使い】たちへ棍棒と長い尻尾を振り回し、詠唱させる間もなくなぎ倒していく。

「つえぇ……」

「……【今は】俺達の出番はなさそうだ」

 持て余した杖を手のひらでポンポンと跳ねさせるヘルメスと共に、トカゲ顔の魔物に叩きのめされていく周囲の盗賊たちを見守る。

***

 ――――四匹のトカゲ顔の魔物は倒れた盗賊たちを引き摺って岩場の一ヶ所にまとめると、舌をチロチロ出しながらこちらへゆったりと歩いてきた。

「危ない所だったねぇ、御者さん。馬は大丈夫?」

「ありがとうございますっ!! 馬は……あー、少し怯えていますが、もう少し時間を頂ければ出立できるかと……」

「ああ、別に急かしてるでもなし。ただ人間の街に着いたらこいつらをどっかに連れてってくれるよう、手配してくれない? 迎えが来るまで逃げ出さないか見張ってるからさ」

「ええっ、勿論にございますっ!! 皆さん、ご迷惑をおかけしますがもうしばらくお待ちくださいっ!!」

 御者はそう報告すると再びトカゲ顔の魔物達へ頭を下げ、馬の傍へと駆けて行き、最も尻尾の長いトカゲ顔は他の三匹に盗賊たちを指差し見張るよう指示をした。そして魔物はくるりと振り向き、ヘルメスを顎で指す。

「で、さっきの蛇の杖の持ち主。あんたにちょいと話がある」

「ああっ!! 何を隠そう俺が【勇者・ヘルメス】さっ!!」

 尋ねる前に答えが返ってきたことに驚いたのか、丸い目の中の縦に細い瞳孔が更に細くなる。自信満々に【勇者】と名乗ったこの男、各地でも人語を話す魔物から同じ問答をされてきたが、一度たりともその職業を隠したことは無かった。当然噂とは広まるもので、【魔王】を快く思わない人間からは歓迎され、魔物とは戦闘になる。今回も例に漏れず、血気盛んな四匹と戦うことになりそうだ。
 『シュー』と独特な音を出したトカゲ顔の魔物は自身の首元を右手で撫で、ヘルメスと隣に立つ俺を交互に見比べる。【観察眼】スキルでステータスを見ているのだろう、視線が俺達の頭上へと泳いだ。

「……【魔物】としちゃほっとけない奴だってのは理解した。けどなんだってヴォルガードを倒そうとするのさ? そこんとこの目的が解せないね。トチ狂った輩でもあるまいし」

 トカゲ顔の魔物は警戒しつつも腰の棍棒へは手を伸ばさず、尻尾を左右へゆったりと振る。ヘルメスは俺の左肩へ手を置いて、質問に答えた。

「俺とヒデナガは【魔王】と【魔女】に命を狙われ続けている。ヒデナガは別の世界の住人で、元の世界じゃ色々あって自由に生きられなかった。で、この世界で自分の為に生きたいと望む彼の為に、俺は【勇者】として【魔王】と【魔女】を倒す旅へ出たわけさっ!!」

「ふぅん……人間一人の居場所を作るのに喧嘩ねぇ。平和の代償としちゃあ、釣り合わないと思わないのかい」

「釣り合うとか釣り合わないとかじゃないっ!! 彼は神の加護を受けることなく、変わらないままそう望んだっ!! だから代わりに【勇者】となった俺が叶えるっ!! そういう条件でここにいるからねっ!!」

「……そっちの人間はどうなんだい。自分がそうまでして守られるだけの価値があると、どうして言い切れる?」


 熱を感じない冷たい視線。……あの頃と同じく、望む答えを出せという含みのある圧力。お前の意見などどうだっていい、俺達の事を考えろ。そう言いたいのだ、このトカゲ顔の魔物も。……落ち着け。ヘルメスもさっき言っていた、もっと強欲で我儘であれと。大きな二つの黄色い瞳の圧に押し潰されまいと、生唾を飲み込み、奴の顔を見上げて答える。

「俺も……この世界で生きようと足掻くことに、価値があるかどうか分からない」

「………………」

「でも、価値があると信じたい……信じたいんだ。誰の物でもない、俺の……――――人生だから」

 声が震える。正しいか、価値があるかじゃない。誰の為でもなく、自分の為に今を生きる。そう望むことが何が悪い? 勝手に殺され勝手に呼び出され、勝手に【勇者】に仕立て上げられそうになる。こんなの……俺の人生じゃない。誰かに敷かれたレールの上を望まれたまま進み続けるなんて、もうごめんなんだ。
 トカゲ顔の魔物はチロチロと舌を出して、瞼を閉じる。

「自分の人生……ね。……まあ、どっちが先にやったやられたってのはともかく、悪い答えじゃない。あそこでのびてる盗賊も、生きる為にあんた達を襲ったんだからお互い様さ。何も犠牲にしないで体よく生きようなんざ、虫の良過ぎる話だ」

「だろ? だから君はもっと我儘に生きるべきなん――――」

「――――ちょっと黙ってな【勇者】様。……それで、あんたがここに来るまで【自分の人生】を生きてきた感想は?」

「………………」

「………………」

「……辛い。俺が黙って従ってれば何事も無く進んだことが……全部お前のせいだと言われてるみたいで、今も息苦しい。魔物や【魔王】・【魔女】とだって、命を狙われていなきゃ戦いたくもないし。……でも、この世界は許してくれない。俺を転生させた神様だって……」

 唇を噛み締める。レールから外れた時の無力さ、誰かの居場所を奪い続けなければいけない身勝手さ。……ただただ、悔しかった。どれだけ辛くても、生きることを諦められない事が。

「参ったねこりゃ。……外の世界の人間一人増やした程度で、あの平和大好きなヴォルガードに命まで狙われなくちゃいけないもんなんか」

「いいや、神がそう望むからさ。逆らったら間違いなくヒデナガは消されるし、逆らわなくても【魔王】や【魔女】は【勇者】として選ばれた人間を消しにかからなくちゃいけない。そうして争う住人の姿を見て楽しんでるんだよ、神々は。おっと……俺は違うとも、彼の味方さっ!!」

「争わないで収まる話だってんなら、こっちもそうしたい。あたしらはこの辺りに生えてる植物を毎日食って、静かに日光浴ができればそれでいい。人間襲っても面倒なだけ。……どうにかなんないのかい、ヴォルガードに事情を説明したりは?」

「話が通じたとしても、今の神は【魔王】の事を苦しめたくてたまらないからヒデナガを消す。仮に俺と彼がやられたとしても、別世界から新しい【勇者】を連れてくる。駒としてしか見てないんだ。気に食わないなら、【天界】で観戦してる彼に直接喧嘩を売るしかない」

「………………」

 沈黙の後、再びあの『シュー』と独特な音が頭上から聞こえた。……ここまで魔物と長く会話をしたのは、生まれて始めてだ。彼らも心を持たない化け物じゃない。人間と仲の良い魔物もいれば、旅人を狙う人間の盗賊もいる。そんな事この世界に来る前から理解している。どうしようもならない事も。

「どう転んでも神の望み通りの結果か。……面白くないね。どっちにしても、あんたら二人を易々通しちゃ――――なんだっ!?」

 トカゲ顔の魔物が話をしている最中、大きな地響きが荒野に響く。巨大な質量の重たい足音……岩場の向こう側から?

「ヒデナガっ!! 【魔女】が来るぞっ!! 俺達だけでもこの場から離れるとしようっ!!」

「!! まだ昼間なのにっ!?」

「元々手段を選ばず君を殺そうとあれこれしてくる奴だっ!! 好機だと思えば時間帯関係なく噛みつくに決まってるっ!!」

「イーヒッヒッヒッ!! 自分達だけ逃げようってのモ、随分虫のいい話じゃァナイカッ!?」

 荷馬車へ寄りかかっていた初老の男旅人が、聞き覚えのある声でけらけらと笑い、パチリと右手の指を擦り合わせて鳴らす。彼の周囲へ真っ白な煙が出ると、驚いた御者と他の旅人が次々と煙から飛び出してくる。数秒で煙は晴れたが、初老の男旅人が寄りかかっていた場所には、ツギハギ帽子を被ったニヤニヤ顔の【魔女】が立っていた。

「ヤアヤアヒデナガクンッ!! ご機嫌如何カナ、カナカナ?」

「【ベファーナ】……そんなに俺を殺したいのか」

 【魔女・ベファーナ】は人差し指を立てて左右に小さく振り、「ちっちっちっ」と口を鳴らす。

「イヤァ? 前にも話したけど君は【ついで】サ。ウチの本命はそっちの【勇者】の格好した神をどうやって殺すかだからネッ!! 悠長にヴォルガード君のお城で待ってるわけにもいかないのだヨッ!! けれど彼が殺されると君にとっても色々と不都合なんダロォ、ヘルメス?」

「……まあね。けどヒデナガを俺の【ついで】として扱って欲しくないかな」

「あの子供があんたらの言ってた【魔女】か」

 トカゲ顔の魔物も棍棒を取り出し、ベファーナへ構える。離れて盗賊たちを監視していた三匹も彼(?)の後ろへするりと駆け寄り、臨戦態勢を取った。その行動にベファーナは緑色に光る目を細める。

「オット? 君らの相手は隣にいる二人じゃないカ。ウチは君達側の存在ダッ!! 手を貸してくれ給えヨッ!!」

「嫌だねっ!! ここはあたしらの住処、荒らそうって輩はヴォルガードでも【魔女】でも許しやしないよっ!! 行きな、あんた達っ!!」

 合図と共に、手下の三匹はベファーナへ素早く飛びかかり、上・中・下段に棍棒を振――――思わず目を閉じてしまう爆発音――――吹き飛ばされた三匹のトカゲ顔の魔物は地面を転がり倒れ、黒ずんだ身体からはぶすぶすと煙を上げていた。しかし、荒い独特の呼吸で彼らがまだ生きているのが分かり、ほっとする。一方、焦げた地面の中心にいるベファーナは無傷のまま、ローブに付いた砂埃を手で払い落していた。

「な……っ!? あんた達っ!?」

「おおコワヤコワヤッ!! 武器も持たないか弱い美少女に殴りかかるナンテッ!!」

「またその【魔術】か……」

 ヘルメスが呆れた様子で足元の小石をベファーナへ無造作に投げる。投げつけられた小石が顔面に当たる直前で彼女は右手の指を鳴らし、鼻先の空中で動きを止めた。【魔力】を持つ存在に対して反応し、その保有量に応じた爆発で吹き飛ばす【罠の魔術】だ。……腰に差していた剣を鞘から引き抜き、構える。

「【魔力】を持つ俺らは彼女へ近付けない。石や棍棒なんかの【魔力】を宿さない物は通るけど、軽い物じゃ彼女の指一つで止められる。だからいつも動きを封じるまでは俺がどうにかして、最後はヒデナガに仕留めてもらってるんだ」

「くっそっ!! 随分と卑怯な真似するじゃないのっ!!」

「【魔女】は卑怯なものだヨ? 個人的な事情があってネ、今は君達へ割く【魔力】すら勿体ナイ。控えめな【魔術】で許してネッ!!」

「っ!? 跳べっ!!」

 動く気配、足元に大きな影。頭上を確認する暇もなく、ヘルメスの声に反射で前方に跳ぶ。起き上がりながら、砂埃と激しい揺れと共に空から降って来た後方の存在を確認した。全長五メートルはある巨大な岩の【ゴーレム】……岩石で繋がった太い両腕を地面につけ、のそのそと起き上がる姿はまるでゴリラだ。頭や足の指などは存在しないが、腕の先には岩が繋がった太い指が生えている。

「ゴーレムっ!?」

「イーヒッヒッヒッ!! 君ら二人はその子と遊んでいるとイイッ!! 大丈夫サッ!! 今回もサービスで一ヶ所だけ弱点を用意してアルッ!! ヒデナガクンがウチに殺される前に倒して見給えヨッ!!」

 ヘルメスとトカゲ顔の魔物はゴーレムと対峙している。そして起き上がった俺は、余裕綽々で歩いて近付く【魔女】へ剣を構え、手放さないよう両手で強く握り締めた。

「驚いて剣を手放さなかったのは成長だネ。顔つきも些か変わったじゃないカ。イヤ、やつれたと解釈すべきカナ?」

「!! 誰のせいだと思って……っ!!」

「マアマア、落ち着いテ。最近は君の成長も楽しみになってきているんダッ!! 年頃の心身の成長は実に目覚ましく感じルッ!! いつまでもおんぶに抱っこじゃ情けないト、そう思って燻ぶってイ――――オットッ!?」

 間合いに入った瞬間を狙い、ベファーナの首目掛け横へ剣を振る――――空振り――――もう一歩踏み込んで斬り上げ――――そのままの勢いで振り下ろす。剣先に僅かな手応え。飛び退いたベファーナを見やる。帽子のつばが一ヶ所切れて、額から眉間にかけて赤い筋ができていた。

「生き方に迷ってる癖ニ、剣の扱いには迷いがなくなってるじゃないノッ!? こいつは一本取られたネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」

「ふーっ……ふーっ……!!」

 憎たらしい顔で弄ぶ【魔女】に殺されたくもないし、お前に対しては迷いも何もない。何度殺しても数日後には何事もなかったかのように現れる。何が成長を楽しんでいるだ、ふざけるなよ化け物。
 ベファーナは傷から垂れた血をペロッと舌で舐め、指を鳴らし――――空中に剣を一本出現させた。長さも鈍く光る色合いも、俺と全く同じ剣か。

「仮想の相手へ自主練習には限界がアルッ!! どうせなら実物相手に稽古をつけてはどうだネッ!? ナァニ、ただの【イベント戦】サッ!! 君が集中力を切らさないで全力で立ち向かうのなラ、まだ死にはしないトモッ!!」

 べらべらとよく喋る。こっちは命のやり取りで喋る余裕もないってのに。

「喋らずともケッコウッ!! 君の頭の中は丸見えダッ!! アア、太刀筋はなるべく読まないようにしてあげヨウ。手心というのは必要ダロォ? 正直剣だの槍だの自分で振らないといけない武器の扱いに関してはシロートなんだけド……」

 細く小さな手であるにも関わらず宙に浮いた剣を片手で取り、そのまま腰の高さでベファーナは構える。自分と同じ剣の筈なのに、奴の体格が小さい所為で剣が長く見えた。……違う、錯覚だ。同じ武器なら間合いも測りや――――血の臭い、奴の顔――――斬り上げ――――手応えは無く、背中にガリガリと金属を擦る音と衝撃――――腰を回せ――――振り向きながら踏み込んで、頭上から剣を斬り降ろす。
 やはり手応えは無かったが、宙を回転して両足で着地する奴の後ろ姿は見えた。振り返ったベファーナは息切れすらしていない。額から血を垂らして、ニヤニヤ顔を見せる。

「ホホォ、背中までバッチリとは【良い鎧】着てるじゃないカッ!! 重たくないのかイッ!?」

「ふーっ!! ……くそ……っ!!」

「ヘルメスの【魔法】で完全に透過させているガ、服の不自然な皺までは誤魔化せないヨ。サテ、どこを斬ればイイカナ? それとも全身隈なく寸刻みにすれば解決カナ?」

 低く構えて駆け寄り、動かれる前に斜め下から斬り上げる形で先制する。ベファーナは上半身の捻りだけで躱すと、その場で回転し――――胴へ横薙ぎの一撃を入れられた。びりびりと全身に衝撃を感じたが痛みはない。鎧が守ってくれた。
 ベファーナの剣を振り下ろした剣で弾き、よろけた本人目掛け左足で蹴りを入れる。軟らかく、軽い感触と共に奴はボールのように飛んで行き、受け身もせず地面へ盛大に転がった。起き上がるな、起き上がる前にそのままとどめを――――

「――――酷いナァ……仮にも女の子を蹴り上げるだなんテ」

 起き上がらせちゃいけない、そのまま這いつくばってろ。

「ヒデナガっ!! そこから動くなっ!!」

 奴まであと数メートルのところでヘルメスの声が聴こえ、走る足を止める――――ほぼ同時に、顔を上げようとしたベファーナの頭上へ巨大な岩が落ちてきた。
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みんなの感想(23件)

ヨモギさん
2020.04.19 ヨモギさん

前にポラリス側で肉塊になったりしたときにも思いましたが、やっぱりべファーナちゃんも断片も無くなったら再生できないんですね…まぁ保険を何重にもかけていそうですけど。久しぶりに9673さんの小説が読めてとても楽しかったです、これからも楽しみにしてます!

解除
ヨモギさん
2020.04.19 ヨモギさん

誤字報告です('ω')

第三章第五節のタナトスの2回目のセリフ、「~~今後の人間達との交流が難しくなっていく事への焦り?(以下略)」というところが「今後の人間達との交流が難しくなってい事への焦り?」になっていました。

ラグーン黒波
2020.04.19 ラグーン黒波

誤字報告ありがとうございます!修正しておきますね(´・ω・)b

解除
土嚢。
2020.04.14 土嚢。
ネタバレ含む
解除

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