勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第三章】計略神との知恵比べ

【第四節】マジシャンズセレクト

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「――――本日はご迷惑をおかけしましたっ!! あの毛むくじゃらの魔物の一団には、村の自警団も手を焼いておりまして。……偉大なる神々が【地上界】に使わした【勇者・ヘルメス】殿、そして【従者・ヒデナガ殿】。是非、この村で長旅の疲れをお取りになって、再び【魔王・ヴォルガード】の討伐へ赴いてくだされ」

「いやぁ、それほどでも村長さんっ!! 人間を守るってのが【勇者】の仕事なんでねっ!! 怪我人が出なくてよかったよかったっ!! ヒデナガもそう思うだろ?」

「………………」

 目の前のテーブルには鳥脚に似た骨付き肉、卵色のスープ、初めて見る青い果実、瓶酒、ケーキのスポンジにも見える大きなパン。俺とヘルメスは白髭を蓄えた村長から、魔物討伐の依頼を達成した礼も兼ねたもてなしを受けている。
 異世界へ来て一週間。俺は……俺はの代わりに【勇者】となった自称・神様の【ヘルメス】と今も旅を続けていた。元々俺がこちらに呼び出された理由は【魔王・ヴォルガード】を倒し、人間主体の世界を創り上げること……らしいけど、もう誰かに押し付けられる人生は御免だ。
 今日も彼の気まぐれで村へ寄り道したところ、魔物が泉に縄張りを敷いて農地の水路を広げられないと、関所の兵士へ【勇者】と名乗ったヘルメスに村長とごつい鎧を着た自警団が擦り寄って来た。俺達が行く先々では常に人間と魔物のいざこざが起きていて、彼の元へ討伐依頼が舞い込んでくる。その度に笑顔で快く承諾するヘルメスを見ていると、つくづく自分でなくてよかったと思う。俺が【勇者】だったらもううんざりしてくる頃だ。

「――――ナガ、ヒデナガっ!! どうしたんだ、歩き疲れて眠気が来てるのかい?」

「……聞こえてるよ、【勇者】様。……村長は?」

「君がボーとしている間に、今夜の宿の手配をしてくれるってさっき出て行ったよ。それよりほら、今日もごちそうだっ!! 折角村の人達が俺達の為に作ってくれたんだから食べようっ!! 酒もあるぞっ!!」

「……まだ食欲がわかないからいい。未成年で酒も飲めないし」

「お堅いなぁ君は。もう向こうの世界での規則に縛られることなんていないのに。すみませーんっ!! 誰かいたら飲み水を持ってきてもらっていいですかーっ!?」

 ヘルメスはこちらに突き出した瓶を引っ込め、自分の前に置かれたグラスへ赤い色をした酒を注ぐ。微かにアルコールと果物っぽう甘い匂いが鼻先をついた。あんな血みどろのグロい光景を見せられた後で、食欲なんて湧くか。こっちは一週間前まで普通の学生だったんだぞ。それに……――――

「――――あの魔物達だって、泉の水が無きゃ生きていけない。元々あそこに住んでいたのは向こうじゃないか」

「だから俺が魔物達にとどめを刺そうとした時、「待て」と言ったのかい?」

「………………」

 待て。犬に似た顔つきの茶色い毛を纏った二足歩行の魔物達を、彼が無慈悲に杖と蛇で殺していく光景を見て、反射的にその言葉を口に出してしまった。彼の旅路へ付いていくと決めた俺には止められる権利も、止めなければならない義務ももうないのに。未だこびりついて離れない道徳観が、馴染めない世界の倫理観を拒絶する。ましてや彼らはゲームのキャラクターじゃなく、生きている存在なんだと。
 血溜まりに倒れ込む魔物達。この一週間いやというほど見ても、慣れる気配は全くない。向こうから人間達を襲ってくることもあった。その度にヘルメスは血溜まりと死体の山を作る。その辺りの魔物と神であり勇者である彼との実力差はあまりに大きく、一方的な無双ゲー。改めて俺が見てきたゲームの世界は、罪悪感が芽生えにくい配慮がされてたんだなと実感した。

「わからないなぁ。人間は善悪を極端に決めつけたがる生き物だ。そしてほとんどの人間は自身が常に善の側だと考え、悪だと思うモノを徹底して無くそうとする。君は自分自身がどちらにつくかの選択を投げ捨てた。だが彼らが悪だと叫ぶ魔物に対し、慈悲と憐みを抱いてもいる。ヒデナガ、君の世界ではどうあることが正義なんだい?」

 素手で骨の部分を摘まみ、口元へ運んで肉を豪快に噛み千切るヘルメスは、不思議そうに尋ねてきた。彼は別に俺の言動に怒りや苛立ち、不満を覚えているわけじゃない。純粋に興味を抱いて、俺個人に質問しているのだ。どう答えたものかと木製スプーンで器に入ったスープをくるくる回して考えたものの、うまい答えがまとまらず、深く息を吐いて椅子の背もたれへ寄りかかり、天井から吊るされたカンテラを見つめる。

「……俺の世界に魔物はいないけど、人を襲う動物や人を襲う人は魔物と同じくらいいた。相手の立場が弱いのをつけ込んで、押し付けてくる奴も。こっちでも何も変わらない。神様が勝手に俺を【勇者】に選んで、どの町や村に立ち寄っても魔物だ【勇者】だって、正義と面倒事を押し付けてくる。……はぁ」

「じゃあ、今後は困っている人間は無視していく?」

「それは……そういう事じゃなくて、なんというか……断る選択肢が欲しいといか……」

「なるほどっ!! 依頼を取捨選択する選択はヒデナガにあるっ!! 身勝手に引き受け続けてすまなかったっ!! 人から直接依頼されて、感謝されるってのが嬉しくてねっ!! 今日もはしゃぎ過ぎてしまったよっ!!」

「ヘルメスは自分の立場や力が利用されてるってのがわかると、途端に嫌気がさすことはないのか?」

「うーん……俺にも頼られてもいい気分しない時もあるし、仕事が積み重なってる時に増やされて面白くないこともあるさ。けれど、真面目にやるか不真面目にやるか選択する権利は俺の意志一つ。その俺の性格を理解したうえで頼ってくる部下や顔見知りは、出来る限り助けてあげたいって思うかなっ!!」

「……お人好しだなぁ」

「ヒデナガには負けるさっ!! 神様はいちいち他人の機嫌を窺うなんてしないからねっ!! 自分を抑え付け我慢し続けるのは、正直者の俺には無理だっ!!」

「あんた前に詐欺の神様だって言ってなかったか」

「おっと、【計略神】って言ってもらえないかな? アッハッハッハッ!!」

 彼は愉快そうに笑い、手元に置かれたナイフで丸いスポンジパンを切り分け始める。
 ヘルメスの考えはつかめない。他人の為に動いているようで、逆に利用して自分の欲求を満たす為に動いている。あの日から俺とは対等だと言いつつも、いつ裏切って煮るか焼くかしても不思議じゃない。【魔王】の使いって奴らは相変わらずしつこくあの手この手で襲ってくるし、こんな状況で旅を楽しめと言われても、楽しめるわけないだろ。
 話して食欲が少し戻って来たのか、腹の虫が鳴いた。面倒だからと食わないでいると、時間の流れが若干遅いこの世界じゃ変な時間に腹が減る。また明日も風の向くままの旅になる。毒々しい青色の果実と酒以外は腹に詰め込んでおこう。

「【勇者】様、従者様。飲み水をお持ちしました」

「ふぁーい、どーふぉーっ!!」

 簡素な木の扉の向こうの声に対し、ヘルメスはパンを咀嚼しながら答えた。静かに扉を開けて入ってきたのは緑色のエプロンをして、ガラスの水差しを抱えた色白茶髪の女性。彼女は俺に目を合わせにこりと微笑むと隣へ立ち、空のグラスへ水を注いだ。再び目が合ったので、どうしていいか分からずとりあえず会釈する。

「……どうも」

「いいえ、どうぞごゆっ――――」


 ――――彼女が言い終える前に口を付けようと持ち上げたグラスを、上から遮るようにヘルメスが手のひらを出してきた。

「――――口を付けるな、【無味無臭の毒】だ。一昨日はこちらの寝込みを襲い、昨日はゴーレムで依頼中に妨害、今日は毒殺。それが君達のやり口かい、【魔女】さん?」

「っ!?」

「イーヒッヒッヒッ!! どうしてバレたのカナッ!? カナカナッ!?」

 女性は甲高い声で笑い、左手指を擦り合わせ――――鳴らされる前にヘルメスが俺を抱え、建物の壁を蹴りで破壊し外へ滑り出る。直後――――爆発音。白い煙が先程まで居た空き家から吹き上がっていた。

「風は……無い。良かった、村長もまだ戻って来ていないし、煙を吸い込む村人もいない。ヒデナガは吸い込まなかったかい?」

「げほっ!! 急に腹が締まって息が止まってたから……おぇ」

「おっと、ごめんよっ!!」

 地面へ降ろされ盛大に咽返り、顔を上げて正面で煙を上げ続ける空き家へ視線を移す。蹴り開けられた壁から出て来たのは――――ツギハギの三角帽子に長い黒のローブ、箒を右肩に担いだ小さな少女。いつもニヤニヤと笑う、緑に光る不気味な瞳二つがこちらを見据える。

「気味が悪いと思っているネ。心外ダナァ、ヒデナガクンッ!! ウチらは君を覚めない夢から助けようとしているのニッ!! その本心を見せない神様との旅モ、そろそろうんざりしてるんじゃないかイ?」

「……いきなり殺そうとしてくるあんたよりは信用してる」

「あんたじゃないヨッ!! 天才【魔女・ベファーナ】ちゃんサッ!!」

 片目を瞑ってウィンクをした【魔女・ベファーナ】はのそのそと歩き、警戒せずこちらへ近付いてくる。ヘルメスは腰に差していた杖を構える。巻き付いていた装飾の蛇が浮き上がり、舌をチロチロさせ威嚇音を出す。

「小さな村で、レディの顔全員を把握するなんて俺にとっちゃわけないよ」

「ホゥッ!? 女たらしな性格が役立ったネッ!! なら次は男に化けて来よウッ!!」

「全く……懲りない【魔女】さんだ。一体どうしたら諦めてくれるんだい?」

「イーヒッヒッヒッ!! 君が神様でヒデナガクンが【勇者】である限リ、ウチはどこまでも纏わり付くとモッ!! 【地上界】に降りて【神格】が落ちている今なラ、神であろうと容易に殺せるかもしれないダロォ?」

 ベファーナは十メートル程の距離で立ち止まり、再び左指を擦り合わせ――――たが、蛇が彼女の左腕へ食らい付きあっさり噛み千切ると、続けて俺の隣にいたヘルメスも瞬時に駆け寄り彼女の喉元を蹴り上げた。生々しくも重い音と共に一撃で頭が夜空へ飛び、残った体は数秒痙攣した後地面へ崩れて血溜まりを作る。死んだか?

「イヤハヤ、【韋駄天】と呼ばれるだけあって【神格】が落ちても速いネッ!! ヴォルガード君が追い付けないのも無理はナイッ!! そう思わないかヒデナガクン?」

「え――――っ!?」

 背後から聞こえた声に振り返るが、既にヘルメスが突風と共に追い抜き、首の無い体が立ち尽くしているだけだった。偽物? どうなって……。ヘルメスは残った体が倒れるのを見届けると周囲を見回す。これだけ派手に物音を立てているのにも関わらず、住民の姿はなく村は静まり返っていた。

「手応えはあった、幻覚じゃない。……死体は本物か。一体何人姉妹なんだい、【魔女】さん」

「イーヒッヒッヒッ!! 君が昼間に沢山素材を用意してくれたからネッ!! ちょちょいとウチそっくりの人形を用意してあげたヨッ!!」

「アア、村人達はスヤスヤ夢の中サッ!! 周りを気にせず存分に騒いでくれ給エッ!!」

 木造の民家の扉が次々と開き、ベファーナと全く同じ姿の少女がぞろぞろと集まってくる。十、二十、三十……間違いなく昼間に泉で倒した魔物の頭数よりも多いぞ。

「へ……ヘルメス」

「んー、この数は想定外。【計略神】から一本出し抜くとはやるじゃないか」

 ヘルメスは乾いた唇を舐めて軽く跳ね、次の動作への準備運動をする。目つきは真剣だが指差しで数を確認しているのを見るに、この状況でもまだ余裕そうだ。だが俺はどうすればいい? 退路は塞がれ、どこかに隠れているわけにもいかない。下手にヘルメスから離れると襲われる。凡人の俺じゃ、【魔女】どころか魔物一匹にだってかないっこない。

「ヒデナガっ!! 自分の腰の剣を抜いて、構えるんだっ!!」

「はぁっ!?」

「万が一に備えて、五日前に最低限の剣の握り方と振り方は教えただろ? 今がその万が一だっ!!」

「………………」

 腰に差した細身の軽い剣。護身用にと、ヘルメスが街の武具屋で買ってくれたものだ。……できるか? 刃物なんて包丁やハサミ程度しか握ったことがない俺が、【魔女】の分身を殺すなんて。右手で柄を握り引き抜こうとするが、理性と倫理観が引き抜いていいのかと疑問を投げかけ、鞘から引き抜けない。
 そんな俺の姿を見てヘルメスは俺の肩へ右腕を回し、正面の【魔女】の群れから目を離さず話しかけてきた。

「ヒデナガ。生きるも死ぬももう君の自由だ。けれどこの世界で君が死んでしまったら、本来あるべきでない魂は行き場を失い、【冥界】にも【地上界】にも留まれず、君という【個】は完全に消える。【魔女】は覚めない夢から覚める方法が死だと言っているが、俺の声に耳を傾け、呼吸をしている今が現実の世界だ。夢でもゲームでもない」

「………………」

「君は自由に生きるべきだ。独特の価値観や自分自身に歯止めを掛けられる精神の強さは、俺も評価している。生きている相手に武器を振るうことへ、抵抗があるのも理解している。だが、俺達が対峙している相手は操られた死体だ。生きているように見えても、絶対に躊躇してはいけない。もう誰にも奪われない為に戦う明確な目的と、強い覚悟を持つんだ」

「……ヘルメス。俺は……まだ悩んでる。お前を信じても、いいのか?」

「それは君が決めることさっ!!」

「……選ばせる気なんてない癖に」

 彼の腕を払い、ゆっくりと剣を鞘から引き抜く。両手で柄をしっかり握り締め、にじり寄ってくる魔女達に集中する。誰にも縛られず強要もされないこの世界で、俺は【選択する自由】を手に入れる為、自由な【勇者・ヘルメス】へ付いて行く。

 強要かって? いいや、俺自身が生きたいと選択したんだ。
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