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【第三章】計略神との知恵比べ
【第三節】サンダルが本体……じゃない
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【英永 勇】。俺はこの名前が嫌いだった。周囲からは苗字と名前をもじって【英勇】とからかい半分に呼ばれるが、実際は何もかもが中の下。頭や運動神経は特別良くもなく、人一番勇気や正義感があるわけでもない凡人。寧ろ【英勇】だからと、何かと名前に付け込んで損とやりたくないことを押し付けられるのを恐れる臆病者。日陰者でいたくても、目立つ名前がそうさせてはくれなかった。
通学路に不審者が出たと、学校で担任から連絡されたその日の下校中。顔を目指し帽で隠した通り魔に背中を刺され、薄れていく意識の中で髪の毛を掴まれた。痛みは無かったが、布団から引きずり出されるような……そんな感じ。意識がハッキリとして、自分が血溜りの中へ倒れていないことに気付き、そのままうつ伏せで周囲を見回す。倒れる俺の顔を覗く、つばの付いた青帽子に緑髪の男が傍でしゃがんでいるのが視界へ入る。
古臭い帽子の形もそうだが黒いジャケットに無地の白シャツ、濃い茶色のズボン、両足には羽根の付いたサンダルといった、地味なのか派手なのか分からない変なファッションセンス。目が合うと、男は右手を振ってにこやかに自己紹介を始める。
「やあっ、お目覚めかいっ!? 俺は【ヘルメス】っ!! ここで待っていて君が急に出て来たってことは、君が今回選ばれた【勇者】だね? さて、人間を救う【英雄】の名前は?」
「……――して……」
「ん?」
「どうして……どいつもこいつも、俺を【英勇】なんて呼ぶんだ。……都合のいい時だけ嫌なこと押し付けて……俺は特別なにができるわけでもないのに……死んでまで【英勇】呼ばわり……」
「ふぅむ……? 気を悪くさせてしまったようだ、ごめんっ!! ただもう少し、君自身について教えてくれないかい? これから旅を始める前に、俺は君をもっと知っておきたいんだっ!!」
【ヘルメス】と名乗ったイケメンで爽やか好青年風の男は、倒れたまま動こうとしない俺を気にする素振りもなく色々と質問してくる。名前、歳、家族構成、仕事は何か、好きなものと嫌いなもの、今まで名前のせいで振り回された人生、最後に自分が何で死んだかも尋ねられた。奴はその場で胡坐をかいて、時折相槌を打ちながら話を聴き続ける。名前が嫌いなことを話した時はそれがどうしたと笑われるかとも思ったが、奴は本当に興味深げに聴いていた。
死んだ理由を覚えている範囲で話し終えるとヘルメスは腕組みをし、口をへの字に曲げ唸る。
「……もう大体話し終えた。俺はどうなって今ここにいるのか分からない。でも……あんたの言った【選ばれた】って、どうせ誰かの嫌なことを押し付けに来たんだろ。何もかも平均以下で、名前だけそれっぽい奴の俺を選んだところで……そういうのは疲れたんだ。走馬灯でも悪い夢でもいいから、選ぶなら俺以外の奴にしろよ。いっぱいるんだろ、もっと優秀な奴らが」
「ん~……そこまで不憫な境遇だとは思わなかったなぁ。俺もそれこそ歴史書に載るような【英雄の魂】を取り扱ったりするし、神々の使いっぱしりでもあるから、君のその気持ちがよくわかる。でもこっちも数少ない友人の頼みでね、君を【勇者】にしなくちゃいけない。どうしよっか?」
「こっちに聞くなよ。……思い出した。【ヘルメス】ってアレだ、靴の神様」
「おおっ!? よくご存じでっ!! 正確には【タラリア】って名前のサンダルだが、こいつのお陰でどんな鳥よりも早く飛べるんだっ!! 他にも旅人神・錬金術神・牧畜神・盗人神・計略神・雄弁神・音楽神・伝令神――色々と呼ばれているねっ!! 文字や火の起こし方を人へ授けたのも俺さっ!! ところで、どこで俺の名前を知ったんだいっ!?」
「……ゲームのアイテム」
「靴だけ?」
「だけ。というか、靴が本体みたいな……」
「マジかぁっ!? もっとこう、主役っぽい立ち位置に来ても良くないかっ!?」
知らねぇよ。ゲームの開発者に聞け。だが、大げさなリアクションで頭を抱える自称・神様のイケメンは、存外靴以外にも多彩な才能の持ち主だった。凡人の俺と違って、奴の方がよっぽど【英雄】や【勇者】に向いている。それだけ自信満々に才能自慢するんだ。俺なんかを選んで頼らなくても、一人で何もかも出来そうじゃないか。
「もういっそ……あんたが【勇者】になればいいだろ。そもそも神様が自分でやれば、世界を救うことだってなんだってできるもんだし……」
「それはそうなんだがなぁ。神は面倒くさがりの癖に、我儘で無駄にプライドが高い。力は確かでもあまり働きたがらないんだ。そこで、退屈しのぎに君のような平々凡々な奴を選んで、自分の力をほんの少し与えて遊んでるわけさっ!!」
「説明、ども。……胸糞悪いうえ余計にやりたくなくなった」
「しまったっ!! 正直に話すのは逆効果だったかぁっ!!」
「………………」
「そんな目で見ないでくれっ!! こっちの都合で利用しようとしたことは友人に代わって謝ろう、ごめんっ!! ……だが君の魂は既に元の肉体から離れ、完全にこちらへ流れ着いてしまった。このまま消えるのが本望だとしても、【受肉】の運命は俺でも変えられない。ここから君と出て冒険をしなければ、俺まで友人に叱られてしまう」
しゅんとした表情を見せるヘルメスだが、そうやって俺の良心へ揺さぶりかけてくる奴もいた。それこそ奴の様に外面が良くて友人も多く、まさに陽キャって雰囲気の。だが、絶対に引き受けない。もう死んでるんだとしたら、何かを条件に後ろ盾にされることも無い。親も親だから……向こうに思い残してることも特別無いしなぁ。
「どんなに頼まれたって、俺は【勇者】にも【英勇】にもならない。泣き落とそうたって絶対引き受けない。結局は何処へ行っても他人の都合で振り回される。最期くらい、俺に選ばせてくれたっていいだろ」
「……そうかっ、その手があったっ!!」
「あ?」
「俺が君になりすまして、君が俺の従者として振る舞えばいいっ!! そうすれば俺は【勇者】になれるし、君は【勇者】にならなくて済むっ!! なんていいアイディアなんだろうっ!!」
「……そんな適当でいいのかよ。友人だか神様だかの話は?」
「いいんだよ、元々約束守る気ないしねっ!! 俺が【勇者】で君が従者だっ!! あとは君が一言イエスと言ってくれれば、もう君は縛られない自由の身だっ!! 観光……いや、新生活かな? まぁ、ゲームをしている気分で友人の創った世界を楽しんでくれっ!!」
***
祠の中の空気がひりつく。中央の祭壇前へ【天界門】が開く合図だ。ベファーナから授かった【勇者殺し】の双剣へ魔力を通し、その時を待つ。今宵は彼女だけではなく、外へ部下達まで配置する徹底ぶりだ。間違いなく今日はより強力な来訪者が来る。それも……【天使】の皮を被った神が。
「準備は出来てるかイ、ヴォルガード君? 今回はウチも直接加勢ダ。前回のような失態をするんじゃないゾ?」
「相手は神だ。手を抜けという方が無理がある。そこまで私も自身の実力を奢ってはいないよ」
「イーヒッヒッヒッ!! 実に頼もしイッ!! 何かしら出て来た瞬間君は正面ヲ、ウチは上からで完全に逃げ道を失くそウッ!! 上手くいけば一割くらいで神を倒せル……ト、思いたイッ!!」
頭上で二人目の【勇者】から奪った槍を構えたベファーナは、珍しく弱腰な言葉を吐く。表情はいつもと同じだが、今の彼女にはどことなく余裕の無い。
【天使】達から聞き出した【ヘルメス】と名乗る神。非常に多彩な権能を持ちながら、神々の伝令役として【天・地・冥界】全てを駆け回り、時に【天使】を取り纏め、時に世界を掻き回す狡猾な青年神。だが【天使】として擬態しつつも青い旅人帽、黄金のサンダルといった特徴的な装備を身に着けているとのことだ。……ベファーナの【未来視】が外れていなければ、神らしい豪胆さを隠す気が無いのにも納得できる。
「……さぁ、開くぞ。出来る限りここで仕留める努力をしよう」
「リョーカイッ!!」
硝子天井から漏れる月明かりが収束し、青白い光で出来た四角い扉の【天界門】が出来上がる。光の向こうに影――茶色い革靴の爪先が見えた――勇者か? 踏み込み、人影の首と胸目掛けて剣を――キリキリと、火花が散るのが見えた。緑髪の青年が、右手に携えた蛇頭の杖で剣を受け止めていた。すかさず頭上からベファーナも槍を突き出し、青年の眉間へ――接触する前に、蛇頭が槍へと伸びて巻きつき完全に止める。……この青年は?
「手荒い歓迎ありがとうっ!! 俺は【勇者・ヘルメス】、よろしくなっ!!」
「クッソォッ!? そう来たカァッ!!」
青年……青年神――ヘルメスは杖を軽々と振り回し、受け止めていた剣を弾く。槍を掴んだままのベファーナは床へ叩きつけられるのが視界に入った。彼の足元から【魔力の剣】を出し、突き刺――すよりも速く飛び込まれ、兜を蹴られて床を転がる。素早く立ち上がり、双剣――が手の中に無い。蹴られた時に放り出したか?
「おさふぁしほのはふぉれふぁい?」
「!?」
背の剣へ持ち替え――首元へ挟み込む様に迫っていた双剣を、正面で剣を縦に構え受け止める。私から一瞬の隙で双剣を奪ったヘルメスは杖を口へ咥え、そのまま己の武器として使っていた。恐ろしく速い【強奪スキル】……いや、彼らの場合、素の能力が我々と桁違い過ぎる。この速さを目で追いきれるか。例え鎧越しでも、私の魔力が残るあの剣は掠った時点で生き物は即死する。
「いいうふぇだっ!! そふぇにほのぶふぃも――――」
「――――すぅっ!!」
「んがっ!?」
そのまま剣を縦に振り降ろし、ヘルメスを消えた【天界門】辺りまで弾き飛ばす。速いが……軽い。防げないわけでもないか。彼が地面へ手を付けた隙に【観察眼スキル】を使い、【ステータス】を確認。ベファーナ同様数字が全て掠れて読めず、彼が【勇者】でも【天使】でもないことを理解する。では、本来の【勇者】は何処に?
「ぺっ、凄いなっ!? 力は権能無しだと君の方が上かっ!! 【地上界】もまだまだ捨て――――」
「――――捨てたもんじゃないダロォッ!!」
「っとぉっ!? なんのぉっ!!」
頭から血を流したベファーナが突き出しや槍を、ヘルメスは上半身を逸らして躱し、その姿勢から飛び退いて双剣を彼女へ放り投げ――白と黒の刃が胸と腹を貫いた。
「!! ベファーナさんっ!!」
「ゲォ……ッ!? ニガ……ナ……!!」
仰向けに倒れたベファーナが痙攣しながらも発した言葉に、ヘルメスの姿を確認するが……既に彼の姿は無かった。逃がしてしまったか。一先ず、彼女の治療が優先だ。槍を握りしめたまま呻くベファーナへ駆け寄り、屈んで容態を診る。二本とも背中まで貫通し、胸へ刺さった白い剣は心臓を捉えていた。
「ヴッ!! カッ……コレハ、キッツイネェ……」
「喋るなっ!! 傷が広がるっ!!」
「ヒヒ……ヤッパ……こんな玩具ジャ、神は止められないカァ……」
通学路に不審者が出たと、学校で担任から連絡されたその日の下校中。顔を目指し帽で隠した通り魔に背中を刺され、薄れていく意識の中で髪の毛を掴まれた。痛みは無かったが、布団から引きずり出されるような……そんな感じ。意識がハッキリとして、自分が血溜りの中へ倒れていないことに気付き、そのままうつ伏せで周囲を見回す。倒れる俺の顔を覗く、つばの付いた青帽子に緑髪の男が傍でしゃがんでいるのが視界へ入る。
古臭い帽子の形もそうだが黒いジャケットに無地の白シャツ、濃い茶色のズボン、両足には羽根の付いたサンダルといった、地味なのか派手なのか分からない変なファッションセンス。目が合うと、男は右手を振ってにこやかに自己紹介を始める。
「やあっ、お目覚めかいっ!? 俺は【ヘルメス】っ!! ここで待っていて君が急に出て来たってことは、君が今回選ばれた【勇者】だね? さて、人間を救う【英雄】の名前は?」
「……――して……」
「ん?」
「どうして……どいつもこいつも、俺を【英勇】なんて呼ぶんだ。……都合のいい時だけ嫌なこと押し付けて……俺は特別なにができるわけでもないのに……死んでまで【英勇】呼ばわり……」
「ふぅむ……? 気を悪くさせてしまったようだ、ごめんっ!! ただもう少し、君自身について教えてくれないかい? これから旅を始める前に、俺は君をもっと知っておきたいんだっ!!」
【ヘルメス】と名乗ったイケメンで爽やか好青年風の男は、倒れたまま動こうとしない俺を気にする素振りもなく色々と質問してくる。名前、歳、家族構成、仕事は何か、好きなものと嫌いなもの、今まで名前のせいで振り回された人生、最後に自分が何で死んだかも尋ねられた。奴はその場で胡坐をかいて、時折相槌を打ちながら話を聴き続ける。名前が嫌いなことを話した時はそれがどうしたと笑われるかとも思ったが、奴は本当に興味深げに聴いていた。
死んだ理由を覚えている範囲で話し終えるとヘルメスは腕組みをし、口をへの字に曲げ唸る。
「……もう大体話し終えた。俺はどうなって今ここにいるのか分からない。でも……あんたの言った【選ばれた】って、どうせ誰かの嫌なことを押し付けに来たんだろ。何もかも平均以下で、名前だけそれっぽい奴の俺を選んだところで……そういうのは疲れたんだ。走馬灯でも悪い夢でもいいから、選ぶなら俺以外の奴にしろよ。いっぱいるんだろ、もっと優秀な奴らが」
「ん~……そこまで不憫な境遇だとは思わなかったなぁ。俺もそれこそ歴史書に載るような【英雄の魂】を取り扱ったりするし、神々の使いっぱしりでもあるから、君のその気持ちがよくわかる。でもこっちも数少ない友人の頼みでね、君を【勇者】にしなくちゃいけない。どうしよっか?」
「こっちに聞くなよ。……思い出した。【ヘルメス】ってアレだ、靴の神様」
「おおっ!? よくご存じでっ!! 正確には【タラリア】って名前のサンダルだが、こいつのお陰でどんな鳥よりも早く飛べるんだっ!! 他にも旅人神・錬金術神・牧畜神・盗人神・計略神・雄弁神・音楽神・伝令神――色々と呼ばれているねっ!! 文字や火の起こし方を人へ授けたのも俺さっ!! ところで、どこで俺の名前を知ったんだいっ!?」
「……ゲームのアイテム」
「靴だけ?」
「だけ。というか、靴が本体みたいな……」
「マジかぁっ!? もっとこう、主役っぽい立ち位置に来ても良くないかっ!?」
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「もういっそ……あんたが【勇者】になればいいだろ。そもそも神様が自分でやれば、世界を救うことだってなんだってできるもんだし……」
「それはそうなんだがなぁ。神は面倒くさがりの癖に、我儘で無駄にプライドが高い。力は確かでもあまり働きたがらないんだ。そこで、退屈しのぎに君のような平々凡々な奴を選んで、自分の力をほんの少し与えて遊んでるわけさっ!!」
「説明、ども。……胸糞悪いうえ余計にやりたくなくなった」
「しまったっ!! 正直に話すのは逆効果だったかぁっ!!」
「………………」
「そんな目で見ないでくれっ!! こっちの都合で利用しようとしたことは友人に代わって謝ろう、ごめんっ!! ……だが君の魂は既に元の肉体から離れ、完全にこちらへ流れ着いてしまった。このまま消えるのが本望だとしても、【受肉】の運命は俺でも変えられない。ここから君と出て冒険をしなければ、俺まで友人に叱られてしまう」
しゅんとした表情を見せるヘルメスだが、そうやって俺の良心へ揺さぶりかけてくる奴もいた。それこそ奴の様に外面が良くて友人も多く、まさに陽キャって雰囲気の。だが、絶対に引き受けない。もう死んでるんだとしたら、何かを条件に後ろ盾にされることも無い。親も親だから……向こうに思い残してることも特別無いしなぁ。
「どんなに頼まれたって、俺は【勇者】にも【英勇】にもならない。泣き落とそうたって絶対引き受けない。結局は何処へ行っても他人の都合で振り回される。最期くらい、俺に選ばせてくれたっていいだろ」
「……そうかっ、その手があったっ!!」
「あ?」
「俺が君になりすまして、君が俺の従者として振る舞えばいいっ!! そうすれば俺は【勇者】になれるし、君は【勇者】にならなくて済むっ!! なんていいアイディアなんだろうっ!!」
「……そんな適当でいいのかよ。友人だか神様だかの話は?」
「いいんだよ、元々約束守る気ないしねっ!! 俺が【勇者】で君が従者だっ!! あとは君が一言イエスと言ってくれれば、もう君は縛られない自由の身だっ!! 観光……いや、新生活かな? まぁ、ゲームをしている気分で友人の創った世界を楽しんでくれっ!!」
***
祠の中の空気がひりつく。中央の祭壇前へ【天界門】が開く合図だ。ベファーナから授かった【勇者殺し】の双剣へ魔力を通し、その時を待つ。今宵は彼女だけではなく、外へ部下達まで配置する徹底ぶりだ。間違いなく今日はより強力な来訪者が来る。それも……【天使】の皮を被った神が。
「準備は出来てるかイ、ヴォルガード君? 今回はウチも直接加勢ダ。前回のような失態をするんじゃないゾ?」
「相手は神だ。手を抜けという方が無理がある。そこまで私も自身の実力を奢ってはいないよ」
「イーヒッヒッヒッ!! 実に頼もしイッ!! 何かしら出て来た瞬間君は正面ヲ、ウチは上からで完全に逃げ道を失くそウッ!! 上手くいけば一割くらいで神を倒せル……ト、思いたイッ!!」
頭上で二人目の【勇者】から奪った槍を構えたベファーナは、珍しく弱腰な言葉を吐く。表情はいつもと同じだが、今の彼女にはどことなく余裕の無い。
【天使】達から聞き出した【ヘルメス】と名乗る神。非常に多彩な権能を持ちながら、神々の伝令役として【天・地・冥界】全てを駆け回り、時に【天使】を取り纏め、時に世界を掻き回す狡猾な青年神。だが【天使】として擬態しつつも青い旅人帽、黄金のサンダルといった特徴的な装備を身に着けているとのことだ。……ベファーナの【未来視】が外れていなければ、神らしい豪胆さを隠す気が無いのにも納得できる。
「……さぁ、開くぞ。出来る限りここで仕留める努力をしよう」
「リョーカイッ!!」
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「手荒い歓迎ありがとうっ!! 俺は【勇者・ヘルメス】、よろしくなっ!!」
「クッソォッ!? そう来たカァッ!!」
青年……青年神――ヘルメスは杖を軽々と振り回し、受け止めていた剣を弾く。槍を掴んだままのベファーナは床へ叩きつけられるのが視界に入った。彼の足元から【魔力の剣】を出し、突き刺――すよりも速く飛び込まれ、兜を蹴られて床を転がる。素早く立ち上がり、双剣――が手の中に無い。蹴られた時に放り出したか?
「おさふぁしほのはふぉれふぁい?」
「!?」
背の剣へ持ち替え――首元へ挟み込む様に迫っていた双剣を、正面で剣を縦に構え受け止める。私から一瞬の隙で双剣を奪ったヘルメスは杖を口へ咥え、そのまま己の武器として使っていた。恐ろしく速い【強奪スキル】……いや、彼らの場合、素の能力が我々と桁違い過ぎる。この速さを目で追いきれるか。例え鎧越しでも、私の魔力が残るあの剣は掠った時点で生き物は即死する。
「いいうふぇだっ!! そふぇにほのぶふぃも――――」
「――――すぅっ!!」
「んがっ!?」
そのまま剣を縦に振り降ろし、ヘルメスを消えた【天界門】辺りまで弾き飛ばす。速いが……軽い。防げないわけでもないか。彼が地面へ手を付けた隙に【観察眼スキル】を使い、【ステータス】を確認。ベファーナ同様数字が全て掠れて読めず、彼が【勇者】でも【天使】でもないことを理解する。では、本来の【勇者】は何処に?
「ぺっ、凄いなっ!? 力は権能無しだと君の方が上かっ!! 【地上界】もまだまだ捨て――――」
「――――捨てたもんじゃないダロォッ!!」
「っとぉっ!? なんのぉっ!!」
頭から血を流したベファーナが突き出しや槍を、ヘルメスは上半身を逸らして躱し、その姿勢から飛び退いて双剣を彼女へ放り投げ――白と黒の刃が胸と腹を貫いた。
「!! ベファーナさんっ!!」
「ゲォ……ッ!? ニガ……ナ……!!」
仰向けに倒れたベファーナが痙攣しながらも発した言葉に、ヘルメスの姿を確認するが……既に彼の姿は無かった。逃がしてしまったか。一先ず、彼女の治療が優先だ。槍を握りしめたまま呻くベファーナへ駆け寄り、屈んで容態を診る。二本とも背中まで貫通し、胸へ刺さった白い剣は心臓を捉えていた。
「ヴッ!! カッ……コレハ、キッツイネェ……」
「喋るなっ!! 傷が広がるっ!!」
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