勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第二章】魔王の子は魔王

【第八節】カンスト

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 846――847――848……レベルの上がるペースが落ちてきたなぁ。最初は調子良くすぐ上がったけどもう一体倒してもレベルは上がらないし、成体の強そうな魔物十体でレベルが一つ上がるかどうかって感じ。地面は炭と灰ばっかで歩きづらいし、ブーツの中まで入って来るしで最悪。
 片足立ちして中に入った灰を出しつつ、前方の大きな通りを見る。衛兵っぽい鎧に斧槍を持った大きなサイみたいな魔物達がバリケードを作って、その背後を魔物達が逃げ惑っている。手前の八体は平均40レベ、奥のは10から20そこそこ。一気にプチっと潰せる魔法もあるけど、飛び散った死体が汚い。倒しきれないと経験値入らないシステムみたいだから中途半端に生き残られて、グロい血溜まりの中生きてる奴を探すのは絶対嫌だ。レベル50のちょっと強そうな奴らにも逃げられちゃったし……。
 両脚のブーツを履き直して髪や服へ付いた汚れを手で払う。長い髪に絡まって大変だし、こう……簡単に汚れ払ったりする魔法は無いのかな。全然加減できないから、風魔法を自分に使ったりしたら間違いなくバラバラになる。でも、防御力が高いとその分ダメージは軽減され……いや、体が無事でも服が破けちゃう。流石に悪夢の中でも全裸は嫌。ただここに来てようやく、ある程度攻撃対象が増やせるようになった。

「えっと、八体だから……【プロメタ・ラウス・ラグナ】」

 覚えたばかりの炎の呪文を間違えぬよう、ゆっくりと唱える。視線を向けた方へ居た衛兵っぽい魔物達の身体から青白い炎が吹き上がり、小さな火柱を数秒立て――コンロの火を消すように一気に火は小さくなって消えた。残ったのは炭化して仁王立ちする魔物の残骸。道路風が吹き、ドミノの様に手前から倒れては砕けて炭と灰が広がる。【経験値】は――

「――853。そこそこだけど、あいつらがいっぱい出て来てくれればな――――……っ!?」

 右肩を突き飛ばされた振動を感じて左手を当てる。そこそこ太い矢が背後から刺さって、先端は貫通していた。痛くはないけど……動かしずら――光が見え、真横へ跳ねて避ける。遠くの建物の屋上から、数人の豚やら魚っぽい魔物が弓矢を撃ってきているらしい。魔法の射程範囲の遥か外。走ればすぐだけど数値上の体力はスタミナとは違うみたいでかなり疲れるし、あいつらも経験値少ないしどうしようかなぁ。

「いいや、無視で」

 右肩の矢を引き抜いてゴリゴリと肩を回す。血は出ないし痛くもないし、体力【0】ってことはゾンビみたいな状態なのかな。誰も教えてくれないから確かめようもない。こういう時、ガイドの四本腕の女の人が居てくれればなぁ。ゆっくり飛んでくる弓矢を、ジグザグにニ・三歩後ろ歩きをして躱す。【速力】がどんなに上がっても動体視力もさほど変わんないし、相手の振りや飛び道具の方が早い。見ながらなんとか避けれ――背中に嫌な気配を感じて前へ飛ぶ。炭と灰の上を転がり、両手を突いて起き上がる。

「……またあの黒い鎧かぁ。あいつ魔法効かないんだよねぇ」

 紅い角を生やし、全身を魔法防御力の高い黒い鎧で包んだ魔物。私の首を切った大剣と光る剣みたいなので攻撃してきて、50レベのくせに魔法が効かないせいでどうしようもない。味方のリーダーっぽい感じで指示もしてるし、怪我をしたレベルが高い魔物を抱えて逃がしたりもする無敵のお邪魔キャラ。

「邪魔しないでよ。【経験値】入らないくせに……」

「………………」

「しかも無口だし。それとも……あんたが【魔王】?」

「……君の視点で言えば、そう呼ばれる存在だ」

「お? 話せるじゃん。でもやっぱ――」

 ――倒せないのは、こっちのレベルが足りないってことね。昔やったゲームそのままだ。ってなると、【魔王】に追われながら【経験値】を稼いで行かないといけないわけ――胸に青白い光る剣が刺さって、後ろへ転がる。ごろごろ、ごろごろ……全身炭と灰塗れ。

「ぺっぺっ……最っ……悪っ!! あぁんもう、あいつ引っ込ませる囮か何か……」

 口へ入ったじゃりじゃりする物を吐き出し、胸の光る剣を引き抜きその辺りに投げ捨て、怪我をさせられそうな魔物を探す。あいつは必ず周りの魔物達が怪我をしたり、瀕死になると必ず抱えて逃げる。それを繰り返してやり過ごし、ここまでレベルを上げてきた。けど、私の後ろや左右に手頃な魔物は――いた。遠くから箒に乗ってくるツギハギ帽子の魔女っぽい奴。あいつを上手いこと風魔法で――

「――【エウロ・ノトゥス】っ!!」

 指を差し呪文を唱える。見えない空気の渦ができ、魔女っぽい魔物は空中であっけなくバラバラになってしまった。やばっ、殺しちゃったら意味ないじゃん。狙った部分だけ切り落とす手加減も出来なくなってきてる。しかも【経験値】入ってないし……レベル差あり過ぎてもらえなくなってきちゃったか。そうだ、黒よろ――

「――――い゛っ!! ま――え……っ!?」

 距離を詰められていたのか大剣でお腹を斬られて吹き飛び、近くの建物へ背中を打ち付けた。下半身が一瞬離れた……変な感覚はしたけど、服だけ破けてお腹はくっ付いてる。幻覚じゃなくて実際に斬られたんだ。でも斬られた後すぐ直って……すごい、昔遊んだバケツスライムみたい。でも、黒鎧――【魔王】は二刀流で構えたまま、またこっちへゆっくりと詰め寄って来てる。

「ふぅ……痛くはないけどびっくりするなぁっ!? あんたじゃ私を倒せないんだから、逃げるんじゃないの普通っ!?」

「民を完全に避難させるまで、君をここで釘付けにする。君の魔法は確かに強いが、この鎧をくぐらせることはできないようだからね。いくらでも相手になってあげよう」

「だーかーらーっ!! カンストしないとあんたを倒せないんだってっ!! 私の都合通り事が進まないのもまんま当時のままじゃんっ!! もうこうなったら建物吹き飛ば――――」

「――元気そうじゃないか【勇者】……いや、【黒川千鶴】」

「? あっ!!」

 鈴を鳴らし、炭と灰の街道をゆったり歩く四本腕の女の人。あんな変な格好を見間違る筈がない。名前は……なんだったか忘れたけど、味方のガイド役の人だ。

「変な格好の人っ!! ちょっと今大変なのっ!! 【魔王】が足止めしてきてレベルが上げられないんだけど、どうすればいいのっ!?」

「……苦戦しているのか。いいだろう、元は己の不届き。手を貸そう」

「やったっ!! ありが――――ぼぇ……ぁっ!?」

 光る白い刃が――首を通り抜け、右肩を通り抜け、両脚が離れ――踊るみたいに、足元の炭と灰を巻き上げ四本の腕が持った剣で斬り付けられる。首を刃が通る度に呼吸が止まり、視界が暗くなり、全身の力が入らない。まるでパチパチと瞬きしてるみたいに、途切れ途切れの映像が脳へ来る。……気持ちが悪い。吐きそう。

「………………っ!!」

「げ――かはぁっ!! えっほげほ……ひゅ……っ!!」

 何千回と切り刻まれたか分からないけど、ふいに脇腹を蹴られてまた汚い地面を転がった。あれだけ長く斬られ続けたのは初めてで、痛みは無くても肺にうまく空気が入らず息苦しい。服もぼろぼろでほぼ半裸みたいな格好だし……って、そうじゃない。なんであのガイドさんこっちに攻撃してきたの? 目隠ししてるから間違えたとか?

「ひゅ……こっちは、私、だって……【魔王】は、あんたの隣に立ってる、よ」

「嗚呼、判っている」

「じゃあ……どう、してっ!?」

「【黒川千鶴】、貴女はヴォルガード王によって滅された身。盤上を降りた駒だ。本来盤上へ戻るべきでないにも係わらず、己の力を誇示する過程で誤って盤上へ舞い戻ってしまった」

「……は? え?」

「その身から血は流れず、何万と刃を骨肉へ通そうと形を留めている。……最早貴女は人間はおろか、敵とみなしている魔物ですらないのだ。【神器】を取り込み、膨張し続けるだけの【物の怪】は……【天使】として責任持って排除しなければなるまい。ヴォルガード王、【物の怪】を滅するまで一時休戦を申し上げる」

「……助太刀、感謝する」

 こいつ……【勇者】だなんだって持ち上げといて、私をあっさり裏切るのか。ここまでも割とリアルでグロくてキモかったり、弱い者いじめをしてるみたいで気分悪かったりで最悪だったけど、ガイド役に裏切られるのは大どんでん返し過ぎるでしょ。しかも化け物扱いとか、これは悪夢だわ。
 ……いや、待って。こいつの【ステータス】……やっぱり、経験値が表示されてる。一、十、百、千、万――……四千万くらい? つまりこれも筋書き通りの展開。こいつを倒してカンストになって、ラスボスの【魔王】を倒せばゲームクリアで悪夢から覚めるんだ。なら、別に何も最悪に思うことないじゃん。寧ろこっちをバラバラにしようとしたんだから、あんたを逆にバラバラにしてやる。

「【エウロ・ノ――――」


 ――――バツン――

 ――何? バツン? なんだ、なんか……変、息が漏れる。声が……声が出ない?

「諸君、問題ダ。声を出すのに必須の【器官】は何か知ってるかイ? 口? それとも舌? ……イイヤ、喉の【声帯】と呼ばれる【器官】があるかどうかサ」

「!? ハー……ヒュフ……!?」

 ツギハギの三角帽子を揺らして、こちらへとことこ歩いてくる灰を被った魔女の魔物。【ステータス】は……数値が掠れて読めない。でも、さっき間違いなくバラバラになった筈。それとも、私と同じ――

「――一緒にしないでくれ給えヨ。【神の力】を取り込んだだけの君と同じだなんテ、反吐が出るネ」

「……ベファーナさん」

「すまないネ、ヴォルガード君。君がその隣の【天使】を仕留められないのは視えていタ、彼女がこの国へ訪れることモ。ダガ、ウチはあろうことかその過程を見落としていタ。ソレが無けれバ、こんなにも民草が死ぬことは無かったろうニ」

「………………」

 【魔王】に【ベファーナ】と呼ばれた魔女の魔物は、右手の指を擦り合わ――な……視界がひっくり返って、立っていられな……な、に、これ、気持ち悪い……。

「天井へ寝転がる気分はどうだイ? アア、ゴメン。【声帯】を切り取ったから声が出ないんだったネ。今度は【三半規管】と網膜を少し弄らせてもらッタ。器用なものだろウ? 人体について詳しく理解シ、魔術を極めればこんなこともできル。唱えれば使えるちゃちな魔法と一緒にしちゃイケナイヨ」

「ハー……ハー……?」

「痛みを感じないんだってネ? 悪夢の中だかラ、自分から血が出ないのもおかしくないト」

 黒い天井に足を付けて歩く魔女は屈むと、私の頭へ両手で触れて何かをし始めた。ぐちゅぐちゅ、ずぐ、ずぐ……柔らかくて湿っぽい、気持ち悪い音がひびびび……もしか……め、めが……ちかち、か?

「イーヒッヒッヒッ!! イイダロウッ!! 君が望むなら与えよウッ!! 先ずは痛覚ダッ!! 痛みは生きていると実感するのに最も重要な感覚だからネェッ!! そのあとしっかりと血が流れるようにしテ、この悪夢から覚ましてあげるヨォッ!! ナァニ、瞬時に結合する生き物の解体の仕方にも心得がアルッ!! 首から流れ込んだ【神器】を綺麗サッパリ取り除いテ、何もかも元通りサッ!!」

「は、はー……?」

「ゲームオーバーだヨ、【クロカワ・チヅル】。君に次はもう無イ」
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