勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第二章】魔王の子は魔王

【第七節】心を潤す魔術

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 ヴォルガード王と別れ、城内をメイドに睨まれながら散策し、背の高い門兵の敵意を含んだ視線を感じなら城を出る。なに、こちらは逃げも隠れもしない。これほど歌舞いた格好をしているのだから、どこへ行っても己の姿など一目瞭然。最も、街の魔物達からは隠した【ステータス】と人間離れした姿で怪しまれはしないだろうが。
 砂……いや、土と石が混じり、焼ける臭いが風に乗って流れてくる。硬い地面は石材で舗装された道路か。恐らく煉瓦産業の盛んな街なのだろう。今すぐ目隠しを取り去り、この目で美しい街並みを見たくもあるが、それではこの国を滅する感情が揺らぐ。しかし久しい【地上界】、こもりきりでは【天界】で鍛錬に励むのと何ら変わぬ。神が疎む街とやらを歩き回り、空気だけでも味わっておくとしよう。

「……ふむ。これはまた妙な」

 尾を引く濃い魔力が空にある。一つは小さくも大きく、もう一つは不定形な形。円を描き、まるで何かを探しているかの様に急降下し、しばらくするとまた円へ戻ってを繰り返す。こちらも特にどこへ行こうという目標は無い、今消えて行った場所へゆるりと向かうとしよう。

***

 本屋、民芸品の小物屋、薬屋、駄菓子屋、服屋、大きな美術館――彼女の箒へ跨り、気紛れに店を回っていく。続いて入ったのは酒瓶とダーツの的が描かれた看板の洒落た酒場。昼間だというのに客はそこそこいて、各々が果実酒片手にダーツやチェス、ビリヤードを楽しんでいた。

「まだ昼間なのに……いい御身分」

「マァマァ、そう言わずニ。こうして幸せを噛み締めるのも平和だからこそサ。なんなら君も何か頼むとイイッ!! 今日はウチも奮発しちゃうからネッ!!」

「………………」

 カウンター席へ案内され、背もたれが無く座面の丸い椅子へ座る。落ち着いた曲調をピアノの前に座るのっぺりとした白い仮面にスーツ姿の魔物が弾いており、往来する人々の声が騒がしい外から一転、穏やかな空間が広がっていた。こういった雰囲気の店へ入るのは初めてで、少し緊張で胸が高鳴っている。飲酒をするのも初めてでは無いが、かなり久し振りなので悪酔いしないか気掛かりだ。

「ご注文は?」

「……【パープルキュー】」

「ナニソレ?」

「知らないの? 【パープル】って渋い果実を発酵させて造るお酒。甘くて飲みやすい、街の名産品……の筈」

 カウンター越しに注文を聞いてきた、ピアノを演奏する魔物と同じく白い仮面のバーテンダー風の魔物へ目配せする。彼は小さく頷き、【パープルキュー】の青い瓶を背後のラックから取り出してくれた。

「三年物の【パープルキュー】にございます。飲み頃は三年とされていますが、この時期を過ぎられますと徐々に凝固して縮小して行き、大樽でもビリヤードのボール程にまで縮小ことから名づけられました。スピカお嬢様のお言葉通り煉瓦に並び、街の名産品にございます」

「!? ……ボクを知ってる? 初対面だよね?」

「はい。ですがその紅い双角に紫の髪、ヴォルガード王様の今は亡き奥様と面影の有るお顔立ち。当時のお二人を知る私としては、見間違える筈がございません」

「……母、と」

 肖像画でしか見たことの無い母の顔。美しく凛とした女性であったと聞くが、ボクを産んで数ヶ月後に体調不良で倒れ、そのまま亡くなってしまった。今の自分の顔立ちに母の面影があると言われ、少々複雑な気持ちだ。こんな暗く生気の無い表情ではなく、もっと瞳に光の有る――……カウンターへ下げた視線の先に差し出された鏡には【母の顔】があった。いや、違う。瞳の色が紅い……これは――

「――これが……今のボク?」

「スピカ・アーヴェイン。君は今日、ウチといろんな所を見て周ったネ。本屋、小物屋、薬屋、駄菓子屋、服屋、美術館……引き籠ってばかりデ、友人の一人も出来ないまま君は大人になってしまッタ。本来ならこうしテ、もっと家族や友人と遊び歩く経験も有ったろうニ、他人とは違うという小さな高慢さと特殊な家庭がソレを許さなかッタ」

「………………」

「自分は特別だッテ? イイヤ、君の憧れる母ですらヴォルガード君と婚約するまデ、普通の町娘だったと聞いているヨ。彼はたまたま入ったこの店で働いていた彼女と出会イ、恋に落ちタ。だからウチもそれに倣ッテ、君を【普通の女の子】として扱うことにしたんダ」

 ベファーナは頬杖を突いたままパチンと指を鳴らし、自分とボクの前へ小さなグラスを出した。バーテンダーの魔物は鋭い爪で瓶のコルクを引き抜くと、グラスへ注いでいく。

「こっちの世界の君はどうにもこうにも浮かばれなイ。不幸が無かったからこその代償カ、それとも本来の性格故カ。救ってくれる【天使】もいないシ、君自身が動く必要もなイ。父親や周りが全てやってしまうからネ。そりゃあ退屈にもなるとモ」

「……うん。毎日が代わり映え無くて、夢を見ているような寝ぼけた日々はすごく退屈だった」

「ダガネ、今日一日でいろんな人と話をしたシ、いろんな場所へ出向いて渇いた心を潤しタ。【魔術】は知識や原理を学ばなければ使えないのと同じク、【愛情】だけじゃ人は成長できなイ。様々な経験や体験を積むことデ、より強く美しく昇華していくのサ。君は小さな種。父親と周囲は豊かな土を与エ、ウチは今日水を与えタ。あと必要なのは種を割リ、中から出てくる君の気持ちヒトツ」

「………………」

「それともマダ、君は微睡みの日々で夢を見続けるかイ?」

 ボサボサの伸びきった髪、生気の無い虚ろな表情。揺り椅子に揺られ、天井と外の景色を見るばかりの日々。
 いつからだったろうか。そうするしかことしかできない自分が嫌いで、鏡を見るのが億劫になったのは。


「……変わりたい。あの頃のボクから――」

「――もう変われたとモ。【魔女・ベファーナ】の【魔術】は折り紙付きサ。君には【心を潤す魔術】を教えタ。ウチが居なくなったあとソレをどう扱うかは君の自由。自分へ使うもヨシ、誰かへ使うもヨシ、使わないという選択肢も無くはなイ。ダガ、君はもう立派な【魔女】サ。誰とも言われず自分で決めるとイイ」

「教えてくれるのって、【指先の魔術】じゃなかったの?」

「イーヒッヒッヒッ!! 学ばなくても扱える【魔法】は大っ嫌いなんダッ!! 【魔術】は一日にして成らズッ!! 残り十二日じゃ教えるには少な過ぎル、冗談抜きで百年は無いとネッ!!」

 品も行儀も知らない【魔女】は意地悪くケタケタ笑い、小さなグラスの中身を一気に飲み干す。いや、知ってて無視してるのか。どちらにしてもこの小さな友人は、絶対にボクの思い通りになってくれない。涙を拭い、鏡を置いてグラスを右手で取る。母の瞳と同じ、深く濃い青。久し振りに飲む【パープルキュー】は変わらず甘くて、少しだけ後味が苦く感じた。

***

 涙ながらにして【魔女】へ微笑む姿は、まさに聖母そのものでございました。奥様よりやや軟かく、王より小さなお背中。私セレーナ、アーヴェイン家へ仕えて三十年にもなりますが、あれ程幸せそうなスピカお嬢様は初めて見たかもしれません。自分でも無意識のうちに両手を胸の前で組み合わせ、お嬢様へ祈っておりました。そう、私はあの笑顔をお守りする。それは――

「――相手が例え神であろうとも、その心が揺らぐことはございません」

 我々の背後から忍び寄っていた人物へ、振り返らず【魔術の剣】を突きつけます。隣で店内を覗き込んでいたハンスも振り返り、【魔術の槍】を出して構えました。純白の鎧に黒い目隠し、肩や腰へ鈴をつけた如何にも怪しい四本腕の女。この国の者の風貌ではないのは確か、硝子窓に反射した【ステータス】は全て虚偽の数値でしょう。

「やめておけ、貴女ら二人では己を滅せぬ。なに、焦らずともいずれ刃を交えることになろう。己が知りたいのは屋内にいる不定形な魔力の正体だ。ここは一つ、その刃を引いてはどうだろうか」

「断る。あちらの【魔女】もヴォルガード王様の客人。このハンス、おいそれと得体の知れぬ輩を近付けるわけには――」

「――では名乗ろう、己の名は【天使・シス】。神々の命によりこの国を滅しに来訪した者だ」

「!?」

「期限は四日間。それまでに己を滅せなければ、宣誓通りこの国を滅する。ヴォルガード王には既に伝え、彼もまたそれを了承した。今は己をどう滅するか、従者と共に策を練っているようだ。貴公らは加わらずとも良いのか? ……もっとも、加わった所で何も変わらんが」

「何を馬鹿な……」

「お待ちなさい、ハンス」

 【魔術の剣】を引いて振り返り、ハンスにも右手で槍を引かせながら四本腕の女――【シス】を改めて観察しました。構えもせず腕を組んで余裕の笑みを浮かべ、こちらの出方を待っている様子。【観察眼スキル】の結果、【ステータス】はレベル10で他の数値も1000前後と平均的。ですが数値以上の膨大な魔力の気配と立ち方姿までは誤魔化せません。……ヴォルガード王様以上なのは確かです。

「……乗り込んでの不意打ちや虚言ではないのですね?」

「ああ、姑息な手は好まない。己と国を賭けた、正々堂々の滅し合いを望む。信用できな――」

 ――彼女が話している最中、背後の建物から扉を乱暴に開け、箒へ跨った【魔女】が飛び出してきました。監視がばれて……いえ、我々を無視してシスの目の前へと詰め寄りました。

「……君、とんでもないことしくれたネ」

「? 誰だ?」

「イヤハヤ、油断したヨ。……そんなに戦いたければ付いてくるとイイ。【生き返った勇者】は君よりも遥かに強イ。このままでは君が手を下すまでも無ク、この国は滅ぶとモ」

「っ!? そんな馬鹿なっ!? 彼女は間違いなく首を刎ねられ死んでいたっ!! 自力で蘇生など……っ!!」

「不要なパフォーマンスは控えるべきだッタ。破壊して塵状になった【杖の神器】、彼女の首の断面から入り込んだアレはまだ生きていル」
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