勇者リスキル

ラグーン黒波

文字の大きさ
上 下
14 / 25
【第二章】魔王の子は魔王

【第六節】おお勇者よ以下省略

しおりを挟む
 ……どこだここ。暗く、狭い場所で目が覚めた。手足を伸ばそうとするけど、硬い何かに遮られ【気をつけ】の体勢をさせられている。まだ夢の続き? どこから夢で、どこからが現実?
 思い出そう。学校帰りの工事現場前。倒れてきた足場の下敷きになり、目を覚ますと背中から腕が生えた強そうな女の人に「神から【勇者】に選ばれた」と告げられた。夢かと思いなされるがままに光を潜り抜けると、大男に首を――――首は……あった。両手で触り、付いているのを確かめる。息を吸い、胸の肺が広がるのを実感する。

 ああ、良かった。私は生きている。まだ悪夢からは覚めず、囚われたままだけど。とにかく、ここからまずは出なきゃ。うつ伏せか、仰向けか……背中は柔らかい植物と布団、正面はざらついた木のように乾いた感触。右手の甲で正面の壁を軽く叩くと、薄い板一枚先には何もないように感じた。両手を押し当て精一杯力を込め――触れた瞬間、板が軽快な音と共に弾け飛び、視界が一気に明るくなる。

「眩し……けほっ!! けほ、けほ……」

 舞い上がった埃に咽て、眩しさに瞼をきつく閉じながら上半身を起こす。先程まで無音だったのにも関わらず周囲からは環境音が津波の様に溢れ、鼓膜を不快に震える。うるさい。ゆっくりと瞼を開けるとそこは煉瓦の壁がむき出しになり、青い空が硝子の無い窓から見える部屋だった。土臭く、血生臭い。出入り口と反対の壁際には麻袋がいくつも詰まれ、破れた穴からは生気の無い手足がはみ出ていた。

「おえ……趣味悪……」

 押し込められていたのは木製の棺で、更に拘束具付きの最悪な作業台へと載せられている。棺の縁へ手をかけ立ち上がり、灰色の石床へと両脚を降ろした。視界の端に赤い物が映り、自分の服へと視線を落とす。既に乾いているけど襟元から血に染まり、緑のスカートの裾まで真っ赤に染まり切っている。手甲や腰に巻いたポーチ付きベルトもそのままで、私はあの瞬間首を刎ねられたことになっているらしい。
 頬つねり、軽く叩く。痛いし意識もはっきりしているが、まだ夢から覚めないか。そんなことをして現実か否か確かめていると、背後に大きな気配を感じて振り返る。

「これは……あの【ステータス】? でも、体力が……ない?」

 視線の先には白い文字と数値がいくつも浮かび上がる【ステータス】。レベル99のままだが体力が【0】になって、それ以外の数値は20000前後と表記がおかしい。一番下の【経験値】の部分には【1】と浮かび上がっており、次のレベルまでの要求経験値を赤く光って示している。
 ……昔、飽きて途中で投げ出してしまったRPGゲームを思い出した。ステータスを全てをカンストしなければ、ラスボスを倒せない作業ゲー。ストーリーは王道でのめり込みやすくて面白かったけど、レベル80くらいまでになると終盤の敵でさえ所持してる経験値が少な過ぎて、あれこれ試したものの結局ラスボスで詰んでしまい中古のゲーム屋へ売ってしまったのが懐かしい。

「………………」

 もし……これがあの日投げだした私が招いた悪夢なら、経験値をかき集めてカンストを目指し、ラスボスの【魔王】を倒せば悪夢から覚めるのかも。だってこんな世界、現実である筈ないんだから。

「――おぉい、こっちだ。あの【魔女】がまたぶっ飛ばしたかもしれねぇ」

「またかぁ、これで何度目だよ。修理用の煉瓦と接合剤の補充がおいつかねぇよ」

「ベファーナさん、今度はな――おぉっとっ!? 大丈夫か嬢ちゃんっ!? 血塗れじゃねぇかっ!?」

 鳥のような黄色い嘴に鮮やかな羽毛を体表へ生やした魔物達が、つま先とかかとに付いた長い爪と細い足で器用に歩いて部屋へ入って来た。大きな黒いオーバーオールを着た三羽は大きな黄色い目をくるくると回しては、両腕の翼を広げて驚きを露わにしているらしい。

「てぇへんだっ!! 死体が勝手に生き返っちまったっ!!」

「どうするっ!? 一先ずヴォルガード王様へ……いや、ベファーナさんに――」

 ――【観察眼スキル】を使う。……魔物の背後にも数字の羅列が浮かび上がり、レベル20・19・21という数字や各種数値、【所持経験値】まで表示された。つまり――この鳥達は私の敵って認識でいいか。

「……【プロメタ・ラウス】」

「ん? なん――――」

 ――目の前の緑色の一羽を指差し、【火の呪文】を呟く。魔物が言葉を発しきる前に青い炎が身体から吹き上がり――全身を燃やし尽くす。その後数秒で炎は消え、真っ黒に炭化した人型の何かだけが残り、ぐらついて倒れると砕けて砂状の炭になって石床へと広がった。呆然と立ち尽くす二羽は無視して、こっちの【ステータス】を確認。
 レベル118、体力0、魔力31846、力29991、防御力30057、速力28229――……レベルは上ったし、各数値は一万前後増えている。考え方は当たってる。魔物達を倒しまくれば経験値が手に入り、【ステータス】も上がるんだ。ゲームそのままの分かりやすい世界観。増えすぎた数字が読むのにうっとおしいけど、一撃で倒せれば魔力も力も関係ない。

「……ろろろ、ロバーツ……っ!? お前……今、ロバーツに――」

「――【オケ・アニデ】」

「!? がぼぼっ!? おぼ――――」

 詰め寄った黄色の鳥に向かい【水の呪文】を呟くと、口から大量の水を吐き出し始める。魔物はその場へ膝から崩れると、地面へ上半身が倒れる際に全身が無色透明な液体へと変わり、周囲へ飛沫が飛び散った。

「うわっ、キモっ!? 水魔法はやめといた方がいいなぁ……」

「ワンドぉっ!? ひ、ひぃ……なん、なんだってんだぁっ!?」

 怯えた様子で尻もちを突き、部屋の隅へと逃げる赤い鳥の魔物は情けない声を出す。……なんでそんな目で見るの。化け物はどう考えてもそっちだし、仮にも私は【勇者】だ。良くて憂悶果敢、悪くて獣の様に襲い掛かって来るもんだと思ってたのに、【チュートリアル】がこれじゃ弱い者いじめをしてる気分になるじゃん。気持ち良くできないってのは、やっぱり悪夢だからなんだろうなぁ。

「やめてくれぇ……だれかぁ、べ、ベファ――」

「――【アーサ・ソル】」

「ひぁっ――げけ――」

 ――『バチン』と静電気とよく似た音と共に全身が一瞬青く発光した鳥の魔物は、口から煙を上げぐったりと壁へ寄りかかるように倒れた。嘴から出た黒い舌はだらりと垂れ下がり、眼球が飛び出しそうになってる。……これも気持ち悪い。他二つと違い、死体が残るって意味ではもっと気持ち悪い。他にもいくつか使える魔法はあるけど、この感じだと【火の魔法】が一番まともっぽい。
 レベルは【146】、体力は【0】のままだが各ステータスは五万弱。これだけサクサクレベルが上がってしまうとインフレが激しそうだが、あのゲームの通りなら【魔王】はもっと強かった。足元の水溜まりを踏まないよう飛び越え、炭の山をブーツで蹴り飛ばして部屋の外へと出た。太陽の光は夢の中でも健在。心地よい温かさを体表へ感じ、伸びをする。

「ん~……とりあえず目指すはカンストかぁ。こんな悪夢からはさっさと覚めて、学校に行かないと。……いや、授業中にも一回寝てたし、そこからが夢? それとも居眠りした朝のバスの中かな?」

 起きた時にはベッドの中か、バスの中か、はたまた授業中か。工事現場で倒れてきた足場の下敷きになった時点で間違いなく夢の中。どこで寝たか分からないのは不安だけどそれはそれとして、今は悪夢から覚める方法をレベル上げしながら探さなきゃ。向こうの通りで歩き回ってる化け物じみた姿の魔物も見えるし、ここは魔王軍の本拠地かな。

「でも、喋る魔物ってほんと気持ち悪い。死体も消えないしリアルだし……そもそも、こっちは世界を救う【勇者】だっての。正義の英雄様なのに、悪いことしてる気分になるじゃん」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼
ファンタジー
刀鍛冶を目指してた俺が、刀鍛冶になるって日に事故って死亡…仕方なく冥府に赴くと閻魔様と龍神様が出迎えて・・・。 えっ?! 俺間違って死んだの! なんだよそれ・・・。  仕方なく勧められるままに転生した先は魔法使いの人間とその他の種族達が生活している世界で、刀鍛冶をしたい俺はいったいどうすりゃいいのよ?  人間は皆魔法使いで武器を必要としない、そんな世界で鍛冶仕事をしながら獣人やら竜人やらエルフやら色んな人種と交流し、冒険し、戦闘しそんな気ままな話しです。 作者の手癖が悪いのか、誤字脱字が多く申し訳なく思っております。 誤字脱字報告に感謝しつつ、真摯に対応させていただいています。 読者の方からの感想は全て感謝しつつ見させていただき、修正も行っていますが申し訳ありません、一つ一つの感想に返信出来ません。 どうかご了承下さい。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...