勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第二章】魔王の子は魔王

【第四節】四人目

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 【元・天使】ムツの話を聞き、そのまま彼女の同僚であるイチリの作った朝食を三人でいただいく。内容は一角獣のステーキに人間の国で採れた野菜のサラダ、【コツメ】と呼ばれる辛みの有る食用野草と【火喰鳥】の卵を炒った物、薬草数種類の入った薬膳スープ。料理人が如何にも間抜けそうで不安だったが、存外まともな味で昨晩食べてていないこちらは、朝からステーキを食すのにも苦労しなかった。難なく食べ進めるこちらの様子を、隣へ座るベファーナはニヤニヤと頬杖を突きながら見ていた。

「美味しいかイ?」

「……悪くはない。城の食事はセレーナが厨房へ立っていて、味は確かでも量が足りない。……意外と、ボクの舌には庶民の味と食事が合うのかな。作ったのが【天使】ってのは意外だけど」

「わっちは食べるのが好き。他の【天使】や【タナトス】様はご飯食べなくて平気でも、こんなに美味しいのに食べないなんて損だ。……街にも美味しいものが沢山ある。この街が無くなるのが困るわっちは、こっちに付く」

「……そんな単純な理由で寝返る奴を、国の中心へ置いといていいのか?」

「こっちの世界の【天使】ハ、それぞれ好みの欲求や特有の個性を有していル。ムツは読書が好きデ、イチリチャンは必要もないのに食べるのが好きだったリ。どうにもこうにもその【欲求には抗い難い】らしいかラ、彼女達の生きていく理由へ条件付けするにはピッタリダロォ?」

「………………」

 他所の世界で選別した【勇者】と手駒の【天使】を使い、この国を遊び感覚で滅ぼそうと企てているのは、先程ベファーナとベッドの上で静かに読書をするムツの二人より明かされた。街の住人はおろか、隣国の人間の国の主要人物にもまだ知られていないようで、父とベファーナは独自に対策へ当たっている。近頃忙しなく夜中に城から外出し、翌朝にはそそくさと帰ってきたりしていた父の行動はそういう事だったらしい。
 神の加護を受けた【勇者】は、まともに戦っては勝つのに難しい【ステータス】を有し、更に最高クラスの【変容スキル】で経験値を積めばより強くなる。手に負えなくなる前に【リスキル】と称して、父やベファーナが【一番無防備な状況】で【勇者】を殺しているのも、単純に楽だからという理由のみではない。

「――デ、【勇者】は完全に巻き込まれた被害者側ダ。神が大っ嫌いなウチとしてハ、奴の要素を文字通り【全部取り払って】ウチの世界へ連れ込んでル。死体へ魂を入れた時点で人間じゃないガ、知り合いになる予定のお人好し【天使】へ押し付けとけばなんとかしてくれるデショ」

「他人任せな」

「ウチの世界は神へ一度屈した世界ダ。人でも魔物でもない存在ガ、コネ無しで真っ当に生きるのは厳しイ。ナァニ、彼は【天使】の中でも相当な変人サ。向こうの君を救ったようニ、手の届く範囲全てを守ろうとすル。性格はそうだネ、ヴォルガード君を更に丸くした感じカナ? カナカナ?」

「そんな奴に向こうのボクは面倒を……」

「ダガ、一人で何でもこなすヴォルガード君と違イ、彼自身の個はかなり希薄で心も揺れ動きやすイ。増悪や怒りなど【負の感情】も持ち合わせてないんダ。彼は何かを変えようとするにはまだ弱イ。君や同僚に支えてもらってるカラ、苦しみながらも生きていけてるのサ」

「随分と理解者の様に持ち上げるね。向こうは面識すらないんだろう? それとも、【魔女】の趣味は他人の生活の覗き見かい?」

「天才のウチは未来が視えル。どうすれば神を亡ぼせるカ、長く果てしない選択肢の過程で彼という存在を知ったのだヨ」

「お前みたいなイカレた奴が、わっちらの神を亡ぼせるわけない」

「イーヒッヒッヒッ!! 面白い冗談ダッ!!」

 ベファーナはがつがつと、肉へ貪るように齧りつくイチリを嘲り笑う。世界を創造した神を倒す結果までの道筋が、とうに視えているからの言葉か。単なる狂言か。

「【天使】達を何でもない存在にして、街で生活させてるのも単なる意趣返しか。……悪趣味な」

「ノンノンノンノンッ!! 間違っちゃいないガ、彼女達が【天使】のままだと神や他の【天使】達にウチの存在を知られることになルッ!! 盤上の外から介入してる存在を知ったラ、向こうは盤上そのものを破壊してアッサリ棄てるのサッ!!」

「気にくわないだけでそこまでやる?」

「ヤル」

「タナトス様は遊びの邪魔をしたり、規則を破られるのを嫌う。わっちらが人間や魔物に混じって生きてるのには怒ったりしないけど、このイカレ【魔女】の存在知ったら絶対壊しに来る」

「……うまくいかないのは好きだけど、勝てないのは駄目だ。そうおっしゃられる方です。あの方はまだヴォルガード王陣営は規則へ則り、【勇者】と【天使】は自由に生きているか死んだと解釈しておられます。自身の考えを一切疑わないのもまた神故、乱された時にどのような行動をとるかは存じております」

 静かに読書をしていたムツも会話へ加わり、神側の状況を語った。人間の描いた偉大な理想像とは正反対。力ばかりを持った、我儘で癇癪持ちの子供。他人の考えを聞く耳すら持たない、愚かで嫌な奴。……ボク自身と重なり、頭を左右へ振って掻き消す。ボクは……ボクは違う。きっと……多分。

「君は何もしたくないと望みながラ、変わることを望ム。【魔女】は矛盾が好きだからネ。君が変わりたいと望むのなラ、叶えてあげようじゃないカ。スピカ・アーヴェイン?」

 薬膳スープの入ったカップを飲みながら、ベファーナは中の赤い肉が刺さったままのフォークをこちらへと向けた。食事の作法も、【魔女】のあなたには関係ないか。……ただ、やられっぱなしなのは腹が立って、そのままフォークへ刺さっていた肉を口に含んで噛み千切る。残念がるか、悔しがるか。そんな反応を期待したのに、【魔女】は予想通りと言わんばかりにニタニタと笑うだけだった。
 ……本当に思い通りに動いてくれない、気にくわない【魔女】だ。

***

 四人目。長い黒髪少女の【勇者】の首を一刀で刎ね飛ばし、【天界門】から出てくるであろう【天使】へ剣を構える。首は私の背後へ落ち、蘇生をするにもそこから逃げるにしても、立ち塞がる私を退けなければならない。門の向こうはどこにも通じぬ特殊な空間だと、ベファーナから聞いている。そこへ留まり続けても、いずれ時間が経てば閉じる【天界門】が籠城も許さない。さあ、出て来い。

「――強い魔力、重量感のある風切り音。強固な鎧で全身を隠してはいるが、【ステータス】は誤魔化せん」

 今まで剣を交えた【天使】とは違う、どろりとした魔力。取り乱すわけでもなく落ち着いた様子で、その【異形の天使】は小さくなり始めた【天界門】から出て来た。白い鎧で首から下を武装し、黒い目隠しををした白髪の女。【天使】らしからぬ風貌もそうだが、一際異常なのは背中から生えた【二本の腕】。鎧と同じ白い籠手を着けていたが装飾や飾りではなく、彼女の身体の一部のようだ。

「直接出向き、【勇者】を仕留められたのは少々の誤算だが……その方が【手間が省ける】。貴公さえ滅せれば、神が【地上界】へ執着する理由もなくなるのだからな」

「……ふむ。君からは……他の【天使】と違う物を感じる」

「当然。立て続けに【勇者】と手駒を殺され、主も少々手法を変えてきた。己のように、【勇者】など使わずとも一騎で国を滅するに充分な戦力を随伴させることでな」

 彼女は腕を組んだままだが、背の両腕は魔法で曲刀を出して握る。護衛の強化、か。成長し続ける【勇者】へ膨大な力を抱えさせるより、その手綱を引く【天使】を更に強い者と挿げ替えた方が手軽で危険も少ない。四度目で何かしらの動きを見せると言っていた、ベファーナの予想通りになってしまった。
 そして対峙する彼女の【ステータス】は……【レベル444】、平均数値【45000】――通常であれば、私一人では手に負えない存在だ。ベファーナも居ないこの状況、どう切り抜けたものか。左手へ【魔力の剣】を呼び出して握り、二刀流の構えで出方を窺う。こちらには問答無用の【奥の手】があるが、懐へ入り込まねば当たるまい。斬り合いの最中に腰の直剣へ持ち替え、魔力を込めて一太刀浴びせる。それしか勝算はないか。

「怖気づいて逃げるかと思ったが、策があるのか無謀者か。……面白い」

 そう呟くと、【異形の天使】は腰へ着けていた【書簡筒】を床へ投げ捨て右足で踏み砕き、倒れた【勇者】の死体が握りしめる【杖の神器】を奪い、放り投げると――

「――ぬぅんっ!!」

 背の両腕が振るった二振りの剣が杖を断ち――少し遅れ、塵と化した【神器】の残骸が周辺へ吹き飛び、舞う。神々や他の連絡手段を自ら断ち、【神器】を破壊など……どういうつもりだ?

「己の名は【天使・シス】。創造主が自由であれと望むのなら、己もそれに従おう。この場で闘い、【祠】を吹き飛ばしては神々の目にも止まる。……貴公一人では己を滅せぬ。己を貴公の国へ連れて行き、最大戦力を以て滅するがいい。期限は四日間。それまでに己を滅せられねば、己は貴公の国を滅そう」

「……信用できないな。真意だという証明も出来ないうえ、それも神の策かどうかも――――」

「――ふふ、そう警戒するでない。己は貴公ら【魔の者】が生きるに値するかどうか、直接見定めてやろうと言っているのだ。神の望みは【勇者】が【魔王】を倒し、【地上界】を【人間主導】で繁栄させること。己は【勇者】を蘇生する術も道具も持ち合わせていないのでな。彼女の身柄をそちらへ受け渡すことで、証明とさせていただこう」

 四砲腕を持つ【異形の天使】――【シス】は背の両腕が握る曲刀を消し、首の無い断面から血が滴る【勇者】の身体を血だまりから抱き起すと、こちらへ鎧に付いた鈴を鳴らしながら歩み寄る。……【奥の手】が届く距離。両手が塞がり、背の腕も武器を所持していない無防備な状態。剣を引かないこちらを気に留める様子もなく、間合いの中まで入り、【勇者】の身体を差し出した。

「弔うなり食うなり好きにすると良い。元より貴公を滅した後、彼女とも剣を交える考えでいた。彼女の死は、揺るぎない定であったのだ」

 左手の【魔力の剣】を消し、腰へ差した【奥の手】を……――

「――……すまない。このような形の別れとなって。せめてその魂、再び神々に利用されることなく、安らかな眠りへつくことを願おう」

 彼女は【勇者】の垂れ下がった両腕を背の両腕で引き寄せると胸の上で組ませ、静かに謝辞を述べる。この【天使】は間違いなく己の強さと血に酔い、狂っている。……だが……暴れ狂う狂人でなく、亡くなった者へ慈悲をかける姿を見せた【天使】は、彼女が初めてだった。

「………………」

 ……右手の剣を背の鞘へ納め、シスから【勇者】だった少女の亡骸を受け取った。
 すまない、ベファーナ。私一人では、この【天使】を仕留めるには厳しい。

「優しくまだ青い王よ、その選択は正しい。しかしながら、気に病まれては貴公の剣が乱れる。……案内するがいい。近辺に国への近道があるのだろう?」
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