勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第一章】目指すは最低・最小にして最大の防衛

【第八節】経験値

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 小さな城の前。薔薇庭園の中心地でヴォルガード王が如雨露を片手ニ、薔薇達へ水を与えていタ。今は亡き妻が好きだった花ヘ、決まった時間に水を与えル。これが彼の日課らしいネ。如雨露の中身が空になれば庭園の隅へ設けた手押し式の給水機で汲ミ、再び途切れた場所から水を与え始メ……なんともマァ、愛おしそうな表情をしてるじゃないカ。

「タダシ、水の与え過ぎダ。薔薇は表面が乾いた時に与えるぐらいが丁度イイ。植え替えたばかりの場合は別だけどネ」

「む……そうなのかね?」

 指を鳴らシ、こちらを振り向いたヴォルガード王の手から如雨露を取り上げタ。すると底から数本の細い水が漏れだシ、煉瓦畳を濡らし始めル。ハハァ、妻が使っていた物を【魔術】で穴を塞いで使い続けてるんだネ。道具を大事にするのは結構。ダガ、それで死者が報われるかどうかは別なのだヨ。

「アレマ、穴開いてるヨ?」

「【補助スキル】の応用だ。魔力で底を包み、水が溢れ出ないようにしている。娘にはいい加減買い替えなさいと言われているが、私にとって大切な人の物なんだ。簡単に捨てることはできないよ」

「そんなんだかラ、君は娘に愛想をつかされるんじゃないかネ。死者を想うよリ、今生きている者を大切にしたまえヨ。死者は生き返らないガ、娘との今は今しかないのだからネ」

「……ごもっとも」

 箒で飛びながら近付キ、水が完全に抜けきった如雨露を彼へ手渡ス。【魔王】なんて物々しい言葉とは程遠イ、家庭に悩める父親の顔。【勇者】と【天使】二人を叩き切った鎧姿と大違いダ。高度を下ゲ、彼を中心に波紋状に広がる煉瓦畳へと降り立ツ。

「デ、何か御用カナ? それともまた悪夢で【勇者】来訪の兆候があったのかイ?」

「ああ。君が現れてから一週間が経とうとしているが、そろそろ二人目が来る気がしてね。今夜にでも同行願おうかと」

「ホウホウ、【予知夢】とは便利な【スキル】だネ。ウチが未来を一つ一つ覗き見テ、望む結果を手繰り寄せるよりも手軽で正確ダ。それとモ……ヴォルガード君が見た夢の方ガ、現実へ干渉しているのかモ? 運命というものハ、常に些細な行動で変わり続けているのだかラ、そんなことがあっても不思議じゃなイ」

「残念だが、私にそこまでの力は無いよ。たまたま見た未来が、たまたま現実になりやすい。夢の方から現実へ干渉しているのなら、ベファーナ君や【勇者】もまた、私の見ている夢の住人ということになるがね」

「あながちそれも間違いでもなイ。今見ているウチの姿や薔薇達、あの城や足元、青い空さえモ、全て夢の産物なのだとしたラ? 御伽噺の挿絵の様ニ。書物へ綴られた文章の様ニ。それが現実、或いは空想だとウチらに証明は出来ないのだヨ。生き物は皆、起きながらにして夢を見ていル。ソレは君とて例外じゃァなイ」

「………………」

 ヴォルガード王は興味深そうに聴いていタ。この男は酔狂だと言われる狂人の話でさエ、真面目に耳を傾けル。我を通しながらも小さな個を取り入レ、理解シ、互いにとって丁度良い提案をすル。一方的に損せず得もせズ。平和を愛する王に相応しい器ダ。高慢な神々相手ニ、妥協するよう交渉の駆け引きするには向いてないがネ。奴らは【折れる】ことを知らないのだかラ、神同士でも平気で殴り合ウ。

「心優しい君の事ダ。【勇者】や【天使】の処遇にも気を病んでいるのだろウ?」

「……所詮、私も自分の大切な物を守る為に相手へ手をかけ、殺めることしかできない男だ。死なせずに生かし、彼らの希望を歪ながら繋ぎ止める。君の未来を見たうえでの英断と、私の裁量による判断……どちらが正しいのか、時折分からなくなる」

「生きたいのであれバ、ウチのする選択は常に正しイッ!! 断言しよウッ!! ダガ、死を望むのなら【望んだ形の死】も提供できル。薔薇の中、家臣に見守られ眠るように死ぬことモ、【勇者】や神と一騎打ちして華々しく散る死もダ。生きるのに疲れたらベファーナちゃんにまで相談するとイイッ!! どこまでも付き合うとモッ!!」

「そこに君の意思はないのかね、相手が望むから引き止めず叶えると?」

「友としての言葉や意思は勿論あるサ。ウチも妥協したリ、【敢えて間違った】選択を取ることもあル。ソレを本人が望もうと望まないにしロ、強引にでも繋ぎ合わせて【生きたい】と叫ばせるんダ」

 歪に繋ぎ合わせた偽りの幸福ハ、本物の幸福に比べとても渇いたものダ。苦痛が伴うなら死んだ方がいいト、多くの者は拒絶し叫ブ。何せ本物の幸福は【有限】ダ。一方を取るト、誰かが不幸になル。だからウチは相手に願わセ、叶えるのだヨ。これが正しいことかッテ? そんなのウチにも君達にも分からないサ。

 【観測者】諸君。どんな媒体で観ているか知らないガ、この世界に正義や悪なんてナイ。どちらもエゴで在リ、見ようによってはどちらも正しイ。シカシ、義憤や個人的価値観に駆らレ、一方へ肩入れしてしまうこともあるだろウ。結構結構。マァ、ウチは神を善悪抜きに打ち負かしてやりたいと考えてるんデ、【ベファーナちゃん復讐伝記】として受け取るのは大いに歓迎するとモ。……君達は【あっち側】を応援するかイ?

 ――ゴホン。話が逸れたネ。ウチの話を聞き終えたヴォルガード王は小さく笑イ、城の部屋の一角へ視線を向けタ。

「ふっ……なかなか新しい考えだ。人によっては冒涜的で、受け入れ難くもある。私も君の主張全てを支持は出来ないが、それもまた一つの答え。奪うしかなかった私に対し、一つでも多くの命を繋ぎ止めた結果に変わりも無い。その働きは王として敬意を表そう。……あの子にも、柔軟な話を聴く耳を持って欲しいものだ」

「イーヒッヒッヒッ!! スピカは君より頑固で硬イッ!! こっちの世界ジャ、君が生きてるせいで更に我儘へ磨きがかかってルッ!! 彼女を救う【天使】も残念ながらいないしネッ!!」

「やはり……父である私に原因があるのだな」

「今は落ち込んでる場合じゃなイッ!! 【勇者】が来るんだろウ? 今回の神はどうやらかなりの放任主義らしいネ。直属の【天使】が失踪しているにも関わらズ、それさえも【一興】として楽しんでいル。今回と次くらいは同じ手法が通じるサッ!!」

「四度目からは向こうも手法を変えると?」

 指を鳴らシ、こちらへ視線を向けたヴォルガード王とウチの間ヘ、【勇者】から押収した【神器】を出ス。白黒の羽飾りが柄に付けらレ、鞘へ収まった二振りの直剣。本来は神による魔法か【スキル】かデ、一度抜けば周囲に死を撒き散らす危険な代物。マァ、【理】の違うウチの世界へ持って行った時に【ウチの物】へ【変成】しておいたかラ、使ったところで神にも気付かれなイ。

「進展が無いとつまらないからネ。場所を変エ、【勇者】そのものや護衛の【天使】を増やしたリ、この世界の剣や魔術にも耐える防具と【補助スキル】で固メ、即死しないよう対策してくル。君一人じゃ【ステ】が倍以上の相手を【リスキル】させ続けるのは限度があるシ、万が一同時湧きで囲まれたら返り討ちに遭ウ」

「……単純な数による戦力増強は最も困る。部下達にも協力してもらうほかないか」

「その通リッ!! 賢イッ!! そしてその【レベル】と【ステ】差を埋めるのが【コレ】サッ!!」

 ヴォルガード王は浮かんだ二本の直剣を手に取リ、【観察眼スキル】を使って【ステ】を読み取り始めル。

「【神器】をそのまま利用し、叩き潰す。難しくもなく良い考えだが、これは【魔法の武器】だ。我々がそのまま使うことは――いや、この武器の数値は……何かしたね?」

「【魔女お手製勇者殺し】だヨッ!! 【ステータス】・武器防具・スキル・魔法諸々……この世界の全ては数値で管理されていルッ!! 逆にその数値を狂わせてやれば【木の棒】で君の鎧を砕キ、即死させることも理論上可能なのサッ!!」

「!? 流石に強度が違い過ぎると思うのだが……」

「イエスッ!! だから【最高クラスの武器】を文字通り【最高】にしておいタッ!! 魔力を込めて振るイ、当たりさえすれば問答無用で体力が【0】になるのダッ!!」

「………………」

「滅茶苦茶だって顔してるネ? だがそもそも考えてくレ。【魔女】が神の定めたルールで盤上に乗ってる筈ないダロォ? 【ステータス】なんて【数字で支配された理】デ、ウチに勝とうなんて甘いのだヨ。残り二十三日間で神を倒せなくてモ、君達だけで神に立ち向かえるよう徹底的に手助けしよウ」

 指を鳴らして上空の箒を足元へ呼び寄せ跨リ、固唾を飲むヴォルガード王の視線の高さにまで高度を上げル。

「過ぎてしまった時間は変えられなイ。だが未来は今から変えられル。神々や【勇者】・【天使】からの卑怯は最高の誉め言葉。ヴォルガード君、君達がどこまで神々へ通用するのか見せておくレ」

 暫しの沈黙。そして彼はゆっくりと頷キ、持っていた二振りの剣の握りをこちらへ突き出ス。真紅の薔薇の如く紅い瞳ハ、自らの国と世界を守る為に未来を見据えていタ。

「……心得た。この世界で築いた経験が、君の世界で糧になってくれることも期待しているよ」

「アチャー、実はそっちが目的だったんだけド……バレてたかナ? マァマァ、お互いいいパートナーとして頑張ろうじゃないカッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
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