勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第一章】目指すは最低・最小にして最大の防衛

【第七節】遊び遊ばれ

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「――【タナトス】様、申し訳ございません。少々お話が……」

 駒を動かそうと指先で摘まんだ矢先、何者かに声をかけられ妨げられた。盤へ置かずに持ち上げたまま振り向いて、声の主を確認する。蔦の巻きついた木の杖を携え、腰に八本の黄金に輝く【書簡筒】をぶら下げた赤髪の【天使】――【ククリ】が跪き、こちらの返答を待っていた。

「【ククリ】、僕は今ご覧の通り手がいっぱいなんだ。そんなに急いで主へ知らせなきゃいけない内容なのかい?」

「……はい」

「おっと、退かないと来たか。いいだろう、話を聴こうじゃないか」

「寛大な対応、感謝いたします」

 彼女は謝辞を述べると、そのままの姿勢で話を続けた。

「一昨日、別世界で選別した【勇者】と共に【地上界】へと降りた【天使・ナナリ】ですが、未だ【書簡筒】による報告も無く、【神の祠】に最も近い人間の村や町でも目撃情報がないことから、【神器】を手にした【勇者】と共に反逆した可能性が高いかと思われます」

「へぇ。なら彼女の【書簡筒】や【神器】の魔力の痕跡を追えば分かるんじゃない? 僕が造った【天使】なら辿れるでしょ?」

「いえ、それが……」

「試みたが追えないと?」

「……申し訳ございません」

 なるほど。既に破壊した後か、魔力の流れを阻害する地域にでも逃げ込んだか。【書簡筒】なら破壊は容易だろうけど、【神器】は【地上界】の存在では破壊不可能な代物。折れや刃こぼれすることなく、血油で切れ味が落ちることなく、魔術を断ち切り災厄と死をもたらす【固定スキル】が内蔵されている。僕の許可無しに壊すなんて、敵役のヴォルガードであろうとできない。

「上手い事持ち逃げされちゃったかぁ」

「私の教育不足にございます。只今、【神の祠】内と近辺を【イチリ】に捜索と調査をさせておりますが、逃亡先の手掛かりも無く」

「うーん……なら、放っておいてもいいんじゃない」

「!? よ、よろしいのですかっ!?」

「何を驚いてんの。追えないんじゃ仕方ないし、連れてきた【勇者】とお供の【天使】の代えなんていくらでもいるんだから、そんな小さなことへ拘って遊びそのものを中断するなんて気分が悪い。君はたかが手駒を一つ取られただけで怒り狂う、器の小さい【天使】なの?」

「……いえ、我々【天使】は神々の判断に従うまで」

「うん、よろしい。短気は損気。他所の世界の高慢な神と違って、僕は人間や魔物と遊びたいんだ。他所の人間へ【第二の生】で機会を与え、戦火を広げ続けていずれ魔王役を倒してくれるのが望ましくても、順風満帆であっさり倒せてもつまらない。一筋縄でいかず、苦悩してた方が書物へ載せるにしても映える。やっとうまくいかなくなってきたんだ。悩む時間も楽しまないとね」

 摘まんでいた白の駒を元の位置から横へ三つ進め、王冠を被った黒い駒の前へ置く。これに飽きたら、また【勇者】役の選別をしないとなぁ。【イチリ】が【地上界】にいるんなら、そのまま【勇者】とお供の【天使】を監視させつつ催しの手回しをさせよう。【勇者】も存分に楽しめるだろうし、力を振るえる相手が多いほど偽善的に行動しやすくなる。僕は【正義】で、【勇者】と【天使】は常に【正義の代行者】。これに揺るぎは――――

「――タナトス様。僭越ながら……【ビショップ】は斜め方向にしか進めません」

「お? 君はこいつの遊び方を知ってるのかな?」

「はい。しかし、所詮は人の子の遊戯。タナトス様が楽しまれているのであれば、神々が従う道理は――」

「――互いに定められた規則へ従うのは、楽しむのに必要な要素だ。神でも魔物でも、規則は守らなきゃね。よかったら教えてくれないかな? 【ヘルメス】が持ってきてくれたんだけど、遊び方を教えてもらう前に向こうへ仕事が入って、名前すら聞けてないんだ」

「光栄で……いえ、他の神々に一任された仕事が滞って……」

「いいってそんなの。僕が許可したって言えば、僕の【所有物】である君達に何もできっこないんだから。ナナリの事は残念だけど、どこかで【元・勇者】と元気にやってるんだったら、それもそれで面白い。君達に最初から【感情】を持たせたのは、予想外の事をしでかして欲しい期待も込めての計らいさ」

「………………」

「折角顔も綺麗に造ったんだ。もっと笑って、楽しんで」

 最初に造った彼女は僕が手掛けたどの【天使】よりも真面目気質だ。【感情】の幅も狭いし、命令処理能力・自己判断速度もやや鈍い。だが、次第に【融通が利かない】彼女が面白くなって、それ以降の【天使】達にも一定以上の【感情】を必ず埋め込んでいる。
 動けずにいるククリを手招きし、隣へ座るよう促す。ようやく決心がついたのか小走りで近寄り、隣へ行儀よく座った。

「……では、僭越ながらご説明させていただきます」


 ヴォルガード・アーヴェイン。寛大で心優しき魔物の王。何一つ思い通りになってくれない君が大っ嫌いで大好きだ。だからこそ、君が築き上げた物を僕が創造した物で少しずつ壊していく。頑張って足掻いて、もっと面白おかしくしてくれ給え。

***

 あれから一週間。神々の動向を探っているけど大きな動きは無ク、煉瓦工房の一角を間借りて実験しつツ、こちらの世界の文化を学んでいル。死体を繋ぎ合わせて動かしたリ、初めて見る素材を溶かし合わせて薬品を作ったりとカ……マァ、のんびり過ごしてるヨ。時々建物の一部を吹っ飛ばしちゃうけどネ。

「ム? ……【イチリ】チャンッ!! これを見給えヨッ!! 君から切り離された腕の神経が魔力に反応シ、指が動いていルッ!! 大丈夫ダッ、くっ付くよ左腕ッ!!」

「振り回すなイカレ野郎っ!! ぶっ殺してやるぅっ!!」

 医療用ベッドへ魔力を奪う拘束具で繋がれた水色赤目の【元・天使】――【イチリ】はいつものようにギャンギャン騒グ。彼女は一昨日、ヴォルガードが【祠】で待機中、【天界門】から出てきた哨戒兼仕込み役の【天使】。【変容スキル】で周囲の景色や物へ溶け込ミ、【勇者】とナナリが失踪した原因を調査してたらしいヨ。
 【ステ】はヴォルガードの五分の一程度。無力化して尋問する手筈ガ、【補助スキル】使ったうえでの一撃に耐え切れずイロイロと吹っ飛んデ、困ったヴォルガードに依頼されたウチがこうして繋ぎ合わせて直してるのサ。臓器と一部の骨は死体から拝借するしかなかったガ、外側は全部本人の奴を使えタ。筋肉は【回復ポーション】と【蘇生ポーション】適量を断面へ注入することデ、急速に元の肉体と結合すル。実に手軽で便利じゃないカ。

「イチリチャ~ン。ナナリチャンと【勇者】は何一つ元の身体の部位使えなかったんだヨォ? ほぼそのままの状態に戻れる君は実に恵まれていル。魂を抜いて別の身体へ移すなんテ、ウチもなるべくそんな酷いことをしたくなイ。マァ、中身は殆ど人間だかラ【魔法】は使えないシ、【ステ】も並以下。簡単に死ねないよう脊髄に細工もしていル。妙な気を起こすのはオススメできないネ」

「あああああああぁっ!! いっそ殺してくれぇっ!! わっちは【天使】やめてまで生きるなんて嫌だぁっ!! 聞こえてるんだろぉ魔物共っ!! 殺すなら今のうちだぁっ!! わっちがこんな目に遭ってることを知った神々が怒り、この小汚い国へ鉄槌を下すぞぉっ!! いいのかぁっ!?」

「ハーイ、くっ付けるヨーッ!! 舌噛まないでネーッ!!」

「やだやだっ!? あーっ!! やめ――い゛っだあああああああぁいぃっ!?」

 結合時の痛みは切断されるよりも強ク、ウチの世界の時間にして一分以上は続ク。ソリャ痛いでしょうナァ。【蘇生ポーション】の副作用で気絶も出来ないし麻酔も効かなイ。この世界の欠点はそこだネ。左腕を押し付けながラ、涙ぐんだ目と噴き出た汗を布で拭いてやル。

「あああぁ……わっちは……わっちはなんでこんな目にぃ。……ひっ、必要な情報なんて、もうないじゃん……こんなに痛くて苦しいくらいなら殺してよぉ……」

「ダメ。ウチは絶対殺さなイ。昨日も言ったけド、【痛み】は生きる上で最も大事な感覚サ。ヴォルガード君は確かに優しき王だガ、彼の優しさだけじゃ全てを救えなイ。ウチは敵でも味方でモ、使える奴はどんな状態でも使うヨ」

「ぜった……ぜったい、ゆゆゆるさないがらぁ……ああぁ……」

「イーヒッヒッヒッ!! 結構結構ッ!! ウチを殺す為に頑張って生きておくれヨッ!! 先ずは自力で立ッテ、手洗い場まで行けるようになることだネッ!! それまで面倒見たり見てやらなかったりしてやルッ!!」

「おー……やってるっすねぇ。悲鳴と高笑いが門前まで聞こえてるっすよ」

 扉や仕切りも無い部屋の入り口かラ、顔を歪めたローグメルクが入ってきタ。ヴォルガードからのお呼出だネ。ちょうどくっ付いただろうシ、彼にイチリを見張らせてウチはそのまま向かうとしよウ。

「ヤァ、ローグメルクッ!! ヴォルガード君が呼んでるのだネ? 代わりにイチリチャンを見張ってくれなイ?」

「その……こっちが報告する前に察するの、なんとかならないんすか? せめて会話ってもんをしてくだせぇ」

「ゼンショシヨウッ!!」

「はぁ。ついでにハンスがイチリチャンの晩飯何がいいかって悩んでたっすよ。病人食でいいんすかね?」

「ホウホウ? イチリチャン、何が食べたイ?」

 やや虚ろな目のイチリの頬をぺちぺちと叩いテ、質問に答えさせル。

「ひっ……ひっ……肉……中が赤くて、柔らかい奴……」

「消化悪いからスープでイイネ」

「いや、それしかないの分かってて質問してるっすよね?」

「あああぁ……わっち絶対、アレを食うまで死にたくないぃ……」
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