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【第一章】目指すは最低・最小にして最大の防衛
【第四節】ただの一人目
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「おめでとうございますっ!! 【市川健斗】様っ!! あなたは偉大なる神々の厳選なる抽選の結果、見事我々の世界を救う【勇者】として抜擢されましたっ!!」
朝の登校中、信号も横断歩道も無い通り。一時停止を無視して飛び出して来たトラックに轢かれた俺は、次の瞬間何故か真っ白な何もない空間へ立っていて、目の前の独特な衣装を着た金髪おかっぱ少女に笑顔でそう告げられた。なんだこれ? 俺は、夢でも見てるのか?
「いいえ、夢ではございませんっ!! 今ここに居られるのは健斗様ご本人の魂っ!! あちらの世界の健斗様のお身体は乗り物に跳ね飛ばされ、悲惨なことになってしまいましたが……」
「……ここは、【あの世】……なのか? 君は一体……?」
「ああ、申し遅れましたっ!! 私、健斗様の冒険を支える為に偉大なる神々から遣わされた【天使・ナナリ】と申しますっ!! 今はまだ魂だけの存在ですから、【あの世】と考えてもらっても構いませんっ!!」
はきはきと元気よく話す金髪おかっぱ少女――【天使・ナナリ】は深々と頭を下げ、話を続ける。
「詳しく説明する前に、健斗様にはこちらの世界では【最強のスキル】の一つである【変容】と、【神々の加護】を受けた【神器】を先にお渡しいたしますっ!!」
「!?」
頭を上げた彼女は俺の手を両手で握ると、身体の中と眼球が燃えるように熱くなる。骨が、臓器が造られ、全身の筋肉と血管・心臓へ血が廻るのを感じた。先程までと違って息苦しく、膝から崩れ落て跪き、どくどくと激しく鼓動する心臓の音がうるさい。瞼をきつく閉じて食いしばる俺を、ナナリは肩と頭へ手を回し抱きしめているらしい。洗剤のような心地良い、甘い匂いを鼻に感じた。
「大丈夫ですかっ、健斗様っ!? 苦しいかもしれませんが、魂だけの存在へ【新しい身体】が形成されている最中にございますっ!! 今はその苦痛に耐えてくださいっ!!」
「ぎ……うう……――――」
――身体の熱が落ち着き、ナナリの両肩を掴んで抱きしめるのをやめさせつつ顔を上げる。心配気に俺を見つめる彼女の可憐な顔と……その背後に浮かび上がる、数多の光る数字が目に入った。
「ありがとう、もう大丈夫。でも……その……後ろに浮かんでいる数字は何だ? そんなの、さっきは見えてなかった」
「これは【ステータス】。省略して【ステ】とも呼ばれています。我々の世界では誰もが持ち、【観察眼スキル】がある者のみ閲覧することが可能な数値です。レベル、体力、魔力、筋力、防御力、知力、速力、職業、健康状態に種族……様々なものが、我々の世界では数値として表記されます。健斗様が今ご覧になられているのは私、ナナリの【ステータス】ですね」
「……まるでゲームみたいだ。本当に夢じゃないのか?」
「そう、まるで【ゲーム】のようですが現実ですっ!! 我々の神々は大変遊び心に富んだお方なので、こうした【理】になっているのですよっ!! 立てますか、健斗様?」
「ああ。……なんだろう。さっきまでのふわふわした感覚がなくなって、ようやく地に足が着いた感じだ」
「それが【受肉】にございますっ!! 今の健斗様は魂だけの存在ではなく、間違いなく生きておられますっ!!」
「ははは、そうか」
ナナリの温かく柔らかな手を取って立ち上がり、自身の背後へ目を向ける。そこにはやはり、彼女の背後に見える物と同じ数字の羅列。目をこすり、幻覚ではないかとまじまじと見るも消える様子はなく、ナナリの【ステータス】と見比べる。
「100、9999、9999、9999、9999、9999……ナナリは77、777、777、777、777、777……」
「はいっ!! それが【勇者】である健斗様へ神々がお与えになった、最強の【ステータス】にございますっ!! ありとあらゆる【スキル】、【魔法】、【装備】を覚えて身に着けることができ、それらを駆使して人間達へ非道な圧政を強いる巨悪、【魔王・ヴォルガード】を倒すのが健斗様の使命ですっ!!」
「さ……最初から、こんなに強くてもいいのか? 俺は元の世界じゃ頭も体力も中の下ぐらいだぞ?」
「最高クラスの【変容スキル】で、今の肉体へ正常に適応されていますので問題ありませんっ!! 世界最強の【ステータス】を欲しいままにしてくださいねっ!! それともう一つ、神々からの贈り物がございますっ!!」
ナナリは自分と俺の前の空間へ両手をかざし、聴きなれない呪文を唱える。短い詠唱の後、眩い光と共に二振りの鞘へ収まった剣が現れた。黒い鞘の剣の柄には黒い羽根飾りが、白い鞘の剣の柄には白い羽根飾りがそれぞれ付けられ、ゆっくりと宙に浮いて揺れている。
「【神器・双剣】にございますっ!! 正式な名はまだございませんので、お好きなようにお呼びになってくださいっ!! 使い方は少々癖がありますが……それはここを出てから魔物を蹴散らしつつ、徐々に覚えていきましょうっ!! どうぞ、手に取って身に着けてくださいっ!! あ、御召し物も【勇者】の名にふさわしい物へと変えておきましょうかっ!!」
こちらの返答を待たずナナリはてきぱきと動き、呪文を唱え、俺の学ランを白黒の革服へ取り換え、靴もそれに合わせたブーツへと換えられた。身体を捻ったり屈伸をしたり、受け取た剣を腰へ通して着心地を確かめる。初めて着る衣装にも関わらず体格にぴったりと合い、間接回りも伸びて動きやすい。過剰なまでに振られた【筋力】のせいか、二振りの剣も枝の様に軽く邪魔とも思わない。
「いたせり尽くせりって、こういう事なんだろうな。随分と気前のいい神様じゃないか」
「それはもうっ!! 【勇者】には是が非でも我々の世界を【魔王】の手から救って欲しいという事ですっ!! これは実に特別なことなのですよっ!! 新しい御召し物もよくお似合いです、健斗様っ!!」
「なんだか、こんなに褒められたことなかったからむず痒いなぁ。……でも、そんなに凄い神様なら、俺みたいな奴を選ばなくても世界くらい救えるんじゃないのか? いや、生き返らせてもらって、野暮ったい事聞くようなもんだけどさ」
「……【魔王・ヴォルガード】の力は実に強大凶悪で、【神々の手】ではなく【人の手】でなければ完全に滅ぼすことはできません。数多の【天使】や屈強な戦士達が【魔王】へ挑みましたが、傷一つつけること叶わず……ですから、健斗様のお力が必要なのです。お願いです。どうか……あなたの手で、我々の世界を救ってください。ナナリも微力ながら、あなた様の力となります」
ナナリは不安気な表情を浮かべつつ、俺の両手を取って瞳を覗き込む。……断れ……ないな。彼女の手を握り返し、深く頷く。
「生き返らせてもらった恩もあるし、こんなに力を沢山貰ったんだ。今更断れないよ。現実か夢かまだ少し覚束ないけどさ……そいつを倒せば世界が平和になって、何もかも解決できるんだろ? 一緒に頑張ろう、ナナリ。俺達の手で、【魔王】を倒すんだ」
「は、はいっ!! これから末永くよろしくお願いします、健斗様っ!!」
「末永くって……いや、なんでもない」
「?」
無自覚かあざといのか……出会ったばかりで尽くしてくれる彼女の事も、よくわからない。でも、一生懸命さは伝わってくる。ナナリの【ステータス】は俺と比較すれば遥かに低いし……彼女の事を守らなければならないこともあるだろう。できるか? いいや、できる。神の武器に最強の力。今の俺にしか出来ないことを、彼女と彼女の世界の人達の為に使おう。
ナナリの手を離し、自分の胸を掴んで息を深く吸う。俺は今、生きているんだ。そしてこれから、彼女と共に世界を救う。見たことの無い景色、現実ではありえない展開……想像するだけで胸が高鳴った。元の世界での学校の事や家族の事、今日の放課後にカラオケに行く約束をした友達――いろんなものが頭をよぎったが、俺はもう少し、この夢を見続けようと思う。
「……準備は出来ましたか、健斗様?」
「ああ。行こう、ナナリ」
「はいっ!! では我々の世界への入り口を開通させていただきますっ!! どうぞ、この【天界門】を通り、【地上界】へとお降りくださいっ!! 私も健斗様に続きますっ!!」
ナナリは懐から半透明の小さな鍵を取り出し、背後の空間へと差し込み、ガチリと回す。何か重たい物がずり動く音と共に空間へ縦に裂け目ができ、人一人が通れそうな長方形の青い光に形が落ち着いた。ここから先が……俺にとって新しい世界か。光の前へ立ち、こちらを見て朗らかに微笑むナナリへ笑い返す。一歩前へ踏みだし、一息で光の中を抜け、地に足を――――
――風――首元へ鋭い熱――ぐるぐると、回る視界――巨大な黒い剣――角――俺の、首が無い身体――――
朝の登校中、信号も横断歩道も無い通り。一時停止を無視して飛び出して来たトラックに轢かれた俺は、次の瞬間何故か真っ白な何もない空間へ立っていて、目の前の独特な衣装を着た金髪おかっぱ少女に笑顔でそう告げられた。なんだこれ? 俺は、夢でも見てるのか?
「いいえ、夢ではございませんっ!! 今ここに居られるのは健斗様ご本人の魂っ!! あちらの世界の健斗様のお身体は乗り物に跳ね飛ばされ、悲惨なことになってしまいましたが……」
「……ここは、【あの世】……なのか? 君は一体……?」
「ああ、申し遅れましたっ!! 私、健斗様の冒険を支える為に偉大なる神々から遣わされた【天使・ナナリ】と申しますっ!! 今はまだ魂だけの存在ですから、【あの世】と考えてもらっても構いませんっ!!」
はきはきと元気よく話す金髪おかっぱ少女――【天使・ナナリ】は深々と頭を下げ、話を続ける。
「詳しく説明する前に、健斗様にはこちらの世界では【最強のスキル】の一つである【変容】と、【神々の加護】を受けた【神器】を先にお渡しいたしますっ!!」
「!?」
頭を上げた彼女は俺の手を両手で握ると、身体の中と眼球が燃えるように熱くなる。骨が、臓器が造られ、全身の筋肉と血管・心臓へ血が廻るのを感じた。先程までと違って息苦しく、膝から崩れ落て跪き、どくどくと激しく鼓動する心臓の音がうるさい。瞼をきつく閉じて食いしばる俺を、ナナリは肩と頭へ手を回し抱きしめているらしい。洗剤のような心地良い、甘い匂いを鼻に感じた。
「大丈夫ですかっ、健斗様っ!? 苦しいかもしれませんが、魂だけの存在へ【新しい身体】が形成されている最中にございますっ!! 今はその苦痛に耐えてくださいっ!!」
「ぎ……うう……――――」
――身体の熱が落ち着き、ナナリの両肩を掴んで抱きしめるのをやめさせつつ顔を上げる。心配気に俺を見つめる彼女の可憐な顔と……その背後に浮かび上がる、数多の光る数字が目に入った。
「ありがとう、もう大丈夫。でも……その……後ろに浮かんでいる数字は何だ? そんなの、さっきは見えてなかった」
「これは【ステータス】。省略して【ステ】とも呼ばれています。我々の世界では誰もが持ち、【観察眼スキル】がある者のみ閲覧することが可能な数値です。レベル、体力、魔力、筋力、防御力、知力、速力、職業、健康状態に種族……様々なものが、我々の世界では数値として表記されます。健斗様が今ご覧になられているのは私、ナナリの【ステータス】ですね」
「……まるでゲームみたいだ。本当に夢じゃないのか?」
「そう、まるで【ゲーム】のようですが現実ですっ!! 我々の神々は大変遊び心に富んだお方なので、こうした【理】になっているのですよっ!! 立てますか、健斗様?」
「ああ。……なんだろう。さっきまでのふわふわした感覚がなくなって、ようやく地に足が着いた感じだ」
「それが【受肉】にございますっ!! 今の健斗様は魂だけの存在ではなく、間違いなく生きておられますっ!!」
「ははは、そうか」
ナナリの温かく柔らかな手を取って立ち上がり、自身の背後へ目を向ける。そこにはやはり、彼女の背後に見える物と同じ数字の羅列。目をこすり、幻覚ではないかとまじまじと見るも消える様子はなく、ナナリの【ステータス】と見比べる。
「100、9999、9999、9999、9999、9999……ナナリは77、777、777、777、777、777……」
「はいっ!! それが【勇者】である健斗様へ神々がお与えになった、最強の【ステータス】にございますっ!! ありとあらゆる【スキル】、【魔法】、【装備】を覚えて身に着けることができ、それらを駆使して人間達へ非道な圧政を強いる巨悪、【魔王・ヴォルガード】を倒すのが健斗様の使命ですっ!!」
「さ……最初から、こんなに強くてもいいのか? 俺は元の世界じゃ頭も体力も中の下ぐらいだぞ?」
「最高クラスの【変容スキル】で、今の肉体へ正常に適応されていますので問題ありませんっ!! 世界最強の【ステータス】を欲しいままにしてくださいねっ!! それともう一つ、神々からの贈り物がございますっ!!」
ナナリは自分と俺の前の空間へ両手をかざし、聴きなれない呪文を唱える。短い詠唱の後、眩い光と共に二振りの鞘へ収まった剣が現れた。黒い鞘の剣の柄には黒い羽根飾りが、白い鞘の剣の柄には白い羽根飾りがそれぞれ付けられ、ゆっくりと宙に浮いて揺れている。
「【神器・双剣】にございますっ!! 正式な名はまだございませんので、お好きなようにお呼びになってくださいっ!! 使い方は少々癖がありますが……それはここを出てから魔物を蹴散らしつつ、徐々に覚えていきましょうっ!! どうぞ、手に取って身に着けてくださいっ!! あ、御召し物も【勇者】の名にふさわしい物へと変えておきましょうかっ!!」
こちらの返答を待たずナナリはてきぱきと動き、呪文を唱え、俺の学ランを白黒の革服へ取り換え、靴もそれに合わせたブーツへと換えられた。身体を捻ったり屈伸をしたり、受け取た剣を腰へ通して着心地を確かめる。初めて着る衣装にも関わらず体格にぴったりと合い、間接回りも伸びて動きやすい。過剰なまでに振られた【筋力】のせいか、二振りの剣も枝の様に軽く邪魔とも思わない。
「いたせり尽くせりって、こういう事なんだろうな。随分と気前のいい神様じゃないか」
「それはもうっ!! 【勇者】には是が非でも我々の世界を【魔王】の手から救って欲しいという事ですっ!! これは実に特別なことなのですよっ!! 新しい御召し物もよくお似合いです、健斗様っ!!」
「なんだか、こんなに褒められたことなかったからむず痒いなぁ。……でも、そんなに凄い神様なら、俺みたいな奴を選ばなくても世界くらい救えるんじゃないのか? いや、生き返らせてもらって、野暮ったい事聞くようなもんだけどさ」
「……【魔王・ヴォルガード】の力は実に強大凶悪で、【神々の手】ではなく【人の手】でなければ完全に滅ぼすことはできません。数多の【天使】や屈強な戦士達が【魔王】へ挑みましたが、傷一つつけること叶わず……ですから、健斗様のお力が必要なのです。お願いです。どうか……あなたの手で、我々の世界を救ってください。ナナリも微力ながら、あなた様の力となります」
ナナリは不安気な表情を浮かべつつ、俺の両手を取って瞳を覗き込む。……断れ……ないな。彼女の手を握り返し、深く頷く。
「生き返らせてもらった恩もあるし、こんなに力を沢山貰ったんだ。今更断れないよ。現実か夢かまだ少し覚束ないけどさ……そいつを倒せば世界が平和になって、何もかも解決できるんだろ? 一緒に頑張ろう、ナナリ。俺達の手で、【魔王】を倒すんだ」
「は、はいっ!! これから末永くよろしくお願いします、健斗様っ!!」
「末永くって……いや、なんでもない」
「?」
無自覚かあざといのか……出会ったばかりで尽くしてくれる彼女の事も、よくわからない。でも、一生懸命さは伝わってくる。ナナリの【ステータス】は俺と比較すれば遥かに低いし……彼女の事を守らなければならないこともあるだろう。できるか? いいや、できる。神の武器に最強の力。今の俺にしか出来ないことを、彼女と彼女の世界の人達の為に使おう。
ナナリの手を離し、自分の胸を掴んで息を深く吸う。俺は今、生きているんだ。そしてこれから、彼女と共に世界を救う。見たことの無い景色、現実ではありえない展開……想像するだけで胸が高鳴った。元の世界での学校の事や家族の事、今日の放課後にカラオケに行く約束をした友達――いろんなものが頭をよぎったが、俺はもう少し、この夢を見続けようと思う。
「……準備は出来ましたか、健斗様?」
「ああ。行こう、ナナリ」
「はいっ!! では我々の世界への入り口を開通させていただきますっ!! どうぞ、この【天界門】を通り、【地上界】へとお降りくださいっ!! 私も健斗様に続きますっ!!」
ナナリは懐から半透明の小さな鍵を取り出し、背後の空間へと差し込み、ガチリと回す。何か重たい物がずり動く音と共に空間へ縦に裂け目ができ、人一人が通れそうな長方形の青い光に形が落ち着いた。ここから先が……俺にとって新しい世界か。光の前へ立ち、こちらを見て朗らかに微笑むナナリへ笑い返す。一歩前へ踏みだし、一息で光の中を抜け、地に足を――――
――風――首元へ鋭い熱――ぐるぐると、回る視界――巨大な黒い剣――角――俺の、首が無い身体――――
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