勇者リスキル

ラグーン黒波

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【第一章】目指すは最低・最小にして最大の防衛

【第三節】その魔女、提案す

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 客間には既にハンス・ティルレット・ローグメルクが揃い、控えめな黄色を基調とした壁を背に、ツギハギ三角帽子をかぶった小さな客人と会話をしていた。【セレーナ】の姿が無いが……自室に籠っているスピカの機嫌取りに躍起になっているのだろう。

「――デ、君達は小さなお嬢様にテンテコ舞イッ!! そりゃあもう毎日大変なのだヨッ!!」

「そっちじゃ俺が主夫っすか。んでも……同じ立場なら、俺も同じ事をすると思うっす。一人の漢との約束は裏切れやしやせん」

「情熱。氷を司る不肖、ティルレット。冷淡と呼ばれることはあれど、【呪術の炎】と【芸術】に狂うとはにわかに信じ難い」

「……ハンスとセレーナは生死不明にございますか。……いえ、残念とは感じますが、不思議とそう告げられても実感がありませぬ。ただ……他の世界でも皆と比べ、未熟であることに不甲斐なく感じます」

「まあまあ、ハンスっ!! しょげることないっすっ!! 絶対どっかで二人共ひょっこり生き延びてやすよっ!!」

「どうしても白黒つけたいんなラ、調べてきてあげてモ――オットッ!! 初めましてヴォルガード王ッ!! 【生きている姿】で直接会えるだなんテ、思ってもなかったネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」

 聞き入っていた皆は姿勢を正し、こちらへ頭を下げる。ああも皆が物珍しげに聞き入るとは、彼女の世界の話は余程興味深い内容なのだろう。……【生きている姿】という言葉が、少し気に掛かりはしたが。小さな客人へ頭を深々と下げ、少し大きめのテーブルを挟んだ対面のソファへ腰かけ、挨拶をする。

「お待たせして申し訳ない。【国家・アーヴェイン】を統べる一国の王、ヴォルガード・アーヴェインだ。我が国への来訪、心から歓迎するよ」

「ウチは【魔女・ベファーナ】ちゃんサッ!! 君が想像している通リ、【他所の世界】からこの世界の危機を伝えに来た使者とでも考えてくれ給えヨッ!! ヨロシク、ヴォルガード王ッ!!」

「客人っ!! 一国の王であるヴォルガード王様を【君】呼ばわりなど――」

「――構わないよ。容姿が若くとも、彼女の方が年上なら失礼なくまかり通る。それに、些細な事へ気をかけている場合ではないだろうしね。ベファーナさん。その危機とやらについて、詳しく話していただきたい」

 客人――【魔女・ベファーナ】へ訂正を促そうとするハンスを止め、頬杖をついてニヤニヤと紅茶を啜る彼女へ改めて向き合う。「流石、話が早いネ」と言うと紅茶をソーサラーへ置き、右手指を擦り合わせて指を鳴らす。するとティルレットが紅茶を置こうとする私の目の前へ、一枚の世界地図が現れた。真新しい地図の一ヶ所には、赤いインクで丸印がつけられている。

「これは?」

「チョ~ット、そこの通りの本屋から拝借してきた物サ。この世界の文字解読に少し時間はかかったケド、法則性があるのならウチに読めない文字は無いヨ。国から最も遠い祠。ソコを抑えられるかどうかデ、世界の寿命を左右すル。神々の選んだ【勇者】の【始まりの地】ハ、神々に縁のある場所を選ぶだろうからネ。あいつら自分大好きだモノ」

「……【勇者】か。神々の希望する物語に準えるならば、さしずめ私は【勇者】に倒されるべき【魔王】だな」

 世界の南端にある、人間達が神々を祀った祠。この近辺にはこちらの統治の手が未だ及んでおらず、人間と魔物が街や村単位での小競り合いを繰り返していると聞く。……争いに勝利して得られる物など、僅かな土地程度だろうに。
 そしてこの身や血、思想そのものが神々に嫌われているのはよく自覚しているとも。妄信的に叶わぬ願いを祈り続けるより、叶わぬ願いを叶えるために努力し、手を取り合い、互いに繁栄していくのが有意義だと人間側へ諭した。隣国との人間達と友好関係を築き、先代まで長らく続いていた軍国主義の人間達との戦争も和平締結。平和の輪が徐々に広まりつつあるも――――

「――神々とって、平和は面白味がない。都合の良い手駒にもならず、人間と共に生を謳歌しようとする我々に、【本来の役目】を果たせと準備しているという訳だね?」

「イエスッ!! もう数時間すれバ、神々が気紛れに選んだ【勇者】が祠へ現れルッ!! 何も知らない無知の【勇者】は【悪を倒すという義憤】・【自分が神に選ばれた慢心】・【新しい第二の人生への期待】に浮足立チ、躊躇いなく戦火を広げるのサッ!!」

「……【勇者】として選ばれた人間が、そう簡単に神々の口上へ乗せられるでしょうか? ハンスは疑問です」

「心の弱い者が強大な力を得た時、明確な相手や対象があるのであれば疑いなく振るう。それは且つて苛まれた劣等を掻き消し、己が存在を周囲に認めさせる一種の手段。更に甘美な言葉を並べられれば、罪悪感なく使命に駆られる。神々も気紛れとは言えど、都合の良い人材を選別するでしょう」

「その……ベファーナちゃんの言う【転生理論】って奴っすか? 別の世界の【人間の魂】だけ引っこ抜いて、望んだ肉体と【ステ】、【スキル】を人間へ提供するの。んなこと、今までこの世界の人間達がどんだけ祈っても叶えもしなかった神々に出来るんすかねぇ……?」

 【魔女】の推測論に対し、ハンスとローグメルクはやや懐疑的な様子を見せる。世界の根幹や広大な大地、命や【理】を創造したのは神々と言われているが、あくまでそれも伝説上の話。実際にその力を目の当たりにした者はいない。そう意見したくなるのも分かる。
 ベファーナはそんな彼らを会話を聞いてソファから飛び降りると、彼らの前へ立って右手人差し指の先に、小さな火球を作り出した。突然の行動に何事かと皆が身構えるが、彼女はその指先を……待て、まさか――――《バァン》と火薬が破裂する音と肉が焦げる臭いと共に、ベファーナは自らの頭部を火球で吹き飛ばした。残った身体が絨毯の敷かれた床へと倒れ、血溜まりを広げながら痙攣している。

「はぁっ!? 何してるんすかこの人っ!?」

「とにかくっ!! ハンスは【蘇生ポーション】を持ってきますっ!! 確か医務室に――」

「――待て、構えろ」

 ティルレットが氷のレイピアを構え、残った身体へ警戒する。血溜りの中で痙攣していた首の無い身体が床へ両手を突いて上半身を起こし、ぐずぐずと湿った音を出しながら両足で立ち上がった。肉と骨が編み物の様に出来上がっていき、千切れた皮膚も断面から広がっていく。ものの十数秒で髪の毛まで生え揃い、彼女は瞼を開いてニヤニヤと笑って声を発した。

「……プゥッ!! ジャジャ~ンッ!! ドウ? 驚いたかイ? これが神が恐れた【魔女・ベファーナ】の【再生魔術】サッ!! イーヒッヒッヒッ!!」

「………………」

 私も含め皆が絶句する中、ベファーナは高笑いをして吹き飛ばされたツギハギ帽子を拾い上げる。

「ウチはネ、【スキル】とか【ステータス】とか【蘇生ポーション】とカ、そんなもの一切無い世界から来たんダ。他人の魂を抜いて別の肉体への移し替えヤ、意識だけを飛ばして分身に仕事をさせたりもできるトモ。だがネ、ウチらが努力してようやくできるようになったことヲ、神々は最初から全てできているのサ。それだけ強大なのだヨ、神々って奴らハ」

「……左様でございますか」

 ティルレットが氷のレイピアを蒸発させて警戒を解き、ベファーナは帽子を被り直す。そして彼女は再び右手指を擦り合わせて鳴らした。僅かな白煙と共にソファや壁へ飛び散った血や、絨毯に広がった血溜りも消え、何事も無かったか平時の状態へと戻る。奇跡や魔法と見間違う所業。これが他所の世界の【魔術】か。

「……それ程の力を持ってしても、神々には勝てない。やろうと思えば我々など、いつでも捻り潰される」

「絶望したかイ、ヴォルガード王?」

 ベファーナの言葉に首を横へ振る。

「まさか。どんなに強大な相手であろうと、我々の考え方を貫き通すまで。身勝手なのはお互い様で百も承知。民草や隣国、そして世界を守れるのなら、私は忌み嫌われる【魔王】にもなろう。優秀な家臣と我々に理解の深い人間の仲間もいる。……私達は決して一人じゃない」

「ンフフ、イイネッ!! 噂にたがわない超前向き姿勢ッ!! ウチの世界の君モ、間違いなくそういう男だったろうサッ!!」

「そちらの世界の私は既に故人なのだね?」

「マァネ、【慈愛に満ちた王】だと聞いているヨ。神々のせいで歴史から抹消されちゃいるケド、ウチの様に真実を知る者や当事者も何人かいル」

「そして自分の世界の悲劇を繰り返さないよう未然に防ぐため、あなたが来訪したと」

 彼女は得意げに鼻を鳴らし、自信満々に胸を張った。ベファーナの【ステータス】は最高クラスの【観察眼スキル】を以てしても読み解けない。掠れた謎の造形文字が全てを覆い隠し、【数値】として認識できないのだ。それは彼女がこの世界の者では無い異端の表れ。理解できない存在と対面した時、恐怖や嫌悪を抱く者もいる。どの世界の神々も、彼女や私のように【意のままにならない存在】は受け入れ難いという事か。

「……個人の善悪に【ステータス】関係なし。そちらの世界で成せなかったことを共に成そう。協力、感謝する」

「イーヒッヒッヒッ!! 交渉成立だネッ!!」

 差し出された右手を握り返し、握手を交わす。……手の内に収まってしまう小さな手だ。だが、我々が守ろうとしている存在は遥かに大きい。今度こそ、生きて全てを守り抜いてみせよう。

「じゃあ早速、地図にある【南の祠】へと向かおうカ。【ステータス】だとか【スキル】だとカ、ウチには何のことやらサッパリサッパリ。道中君達から説明してもらッテ、確実で堅実。最低・最小にして最大の防衛を行ウ。策自体はもう考えてあるケド、マァマァ、やること自体はそう難しくなイ。落ち着いて初陣に臨もうじゃないカッ!!」

「ふむ……察しは付いてるが、その策とは?」

 ベファーナはニヤリと笑い、左手親指で自分の首元を斬る手振りをした。

「【リスキル】って知ってル?」
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