アベレーション・ライフ

あきしつ

文字の大きさ
上 下
15 / 35
四月:終わりの始まり

第15話:体育大会前夜

しおりを挟む
「なーんか今年は心が軽いなー」
体育大会を前日に控えた快達は今日この日、特に何もせず終えようとしている。
「特に意気込むことが無いからでしょうか。他クラスの蹂躙など、普段とやることは変わりません」
男子勢は全員で歯磨きをして、もうすぐで就寝しようと思っていた。電樹と冬真はコップを置いて先にリビングルームへ向かう。
「よう、有都。お前らももう寝んのか?」
「明日は朝早いので夜更かしは良くないと思いますよ?」
二人に話しかけられた有都は明らかな動揺を見せる。その様子をいち早く悟った糸永は冬真の腕を引っ張る。
「ほら、あんたも人のこと言ってないでさっさと寝なさい!」
「え、あ、ちょっ…」
冬真も動揺しつつその恋情揺らめくその空間から脱出する。
「あの…いいかしら電樹」
「ん?お前が名前呼びって珍しいな」
頬を赤らめ、髪の毛をいじりながら有都が言う。最早気づいてもおかしくないレベルの恥じらいだ。だが電樹は他人の恋愛はいじり倒すくせして、自分に関しては全くもって鈍感である。
「あれほど体温が上昇しているのに…なぜ感知できないのか。それこそ理解できません」
「それ、多分あんたにしか分かんない」
電樹の親友である冬真と、有都と仲が良い糸永は基本的には一緒にいることが多い。とはいえ両者から恋的な感情は一切存在しないと快は思っていた。
「今年の…体育大会でさ…どっちかが三位以内に入れたら…その…一緒にで、デートとか…その一緒にお出かけとか行かない?」
「うおおおお!いいぞおおおおおお!」
「バレますよ?」
まさか有都がデートという言葉を口に出すとは。それに発狂した糸永を冬真が宥める。
「んー……暇だし良いけど…ちょっと違うんじゃね?」
「え?」
電樹は有都に人差し指を立ててみせる。
「一位だよ!俺の目標はそんだけだ!それだったら堂々と行けるだろ?」
その澄みきった笑顔に有都は悶絶する。自分が自分でなくなるように。
「鷲掴みにされたわね」
「されてますね」
スキップに近い足取りで有都は部屋へ戻っていく。電樹はその様子を頭を掻きながら見ていた。


例年と違い心が軽い、それだけでは眠気には勝てない。快は部屋のベッドに横になる。
(だめだ…考えること多すぎて眠れん)
目を瞑っても眠れない。快はこの状況が嫌いだった。体育大会のこと、家のこと、地球のこと…山程ある考え事の中でも最も輝きを放って存在感をアピールしているが鳥束翼だった。あの男は何者なのだろうか。
ふとスマホの着信音が鳴り響く。
(解華?めずらしいな…)
「何?」
『ごめーんちょっとわたしの部屋来てくれない』
またろくでもないことに付き合わされるのか…快はため息を吐きながら、部屋を出た。

「いらっしゃーい」
紅茶を片手に解華が言う。黒のルームウェアを身に纏った解華はまさしく艶やかという言葉を擬人化したものといっても過言ではない。
「んで何の用だよ」
「せんせーのこと何だけどさ」
太ももからふくらはぎにかけてクリームを塗りながら解華はその目付きを変える。
「先生?なんで?そしてそんなに太ももを露にするな。目のやり場に困る」
快は目を丸くして聞き返す。
「変態ストーカー野郎のことで警察に行って来たんだけどさ。死んだらしいよあのスナイパー」
スナイパー、というのは界都と柔也を狙い撃ち、鳥束に拘束されたという彼だ。
「え…?」
快は目を丸くする。捜査中、その殺し屋は僕に任せてと鳥束は言った。鳥束が教室から出ていき、戻ってくるその間、何が起こったのか。考えても思いつかない。
「ってかお前も大変だな。ストーカー野郎は死んだのか?」
「いいえ、まだ。口は利かないみたいだけど」
「ふ~ん」
快にとって解華は敵に回したくない人間の一人だ。間接的ではあるものの、平気で人を殺す女だ。
(あれ?そういや何であんなやり方をすんのか聞いたことなかったな…ま、いっか)
「人は脆い、感情が最高潮になった時、もたらしてくれた人物に甘くなる。感情を持つ人間であればどんな異能力者でも同じだわ。そして最高の気分を味わった後、絶望を、手の平返しを喰らえば人の精神はいとも簡単に折れる」
「………ああ、そうだな…」
部屋は静まり帰る。本当なら解華の部屋など長居して得はないが、快はなぜか立とうと思わなかった。
「…あら、そういう雰囲気ね。脱いで」
「脱ぐか!!やっぱ最悪だ!お前は!」
頬を膨らませ、不満そうな顔をする解華を快は呆れ顔で見て、勢いよく立ち上がる。
「ったく…あんま気負いすぎんなよ」
「当たり前じゃない。あんなストーカーが逝ったところで毛ほどの感情も湧かないわ」
快はあくまで強気を見せる解華を背に、部屋を出て行った。静寂に包まれている女子棟の廊下をふらふら歩きながら呟く。
「鳥束…翼…か。一体何者なんだ?」
快はその場にいない男に向かって言う。鳥束の言うことは真実なにか虚実なのか。今、考えても分からない。今はこれから来るであろう未曾有の脅威のためにも、備えなければ。快は鳥束翼を信じようと決めた。例え、あの男が何者であっても。そして──


「お願いできるかしら。生徒会長」
三十代程の眼鏡の女は暗闇の中、机に座る自分の前に立つ少年に穏やかな口調で問いかけた。
「はい、心得ております。理事長先生」
理事長と呼ばれた女は机から腰を上げ、窓際に立つ。学園都市の華美な夜景を見つめ、話を続ける。
「これ以上、この学校で彼らの存在を大きくするわけにはいかない。その為にも明日の体育大会。分かるわよね?」
「はい、今年こそ、奴らを叩き潰す所存です」
理事長は机に飾られている一輪の花を手に持つ。どこにでも生えている、クローバーだ。理事長は生徒会長の胸にそれを押し付ける。
「クローバーの花言葉、幸運と約束……そしてもう一つ」
生徒会長は不思議そうにクローバーを見つめる。
「復讐よ」
理事長はそう言うと再び、窓際へ寄る。
「さて…一勝負しましょうか…鳥束翼…」


───体育大会開催まであと九時間───
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...