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閑話.隠れ里。
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領都ヴォワザンは山脈から流れ出す河の蛇行から産まれた三日月湖の中心に城が建てられており、三日月湖が堀の役目をして魔物の侵入を防いでいた。
領民が住むのは城の西、ビタイ河の対岸である。
河の西側に町が作られ、住まいとしての屋敷が建てられていた。
この河の両岸を拠点にヴォワザン家の祖先らは東へと防衛線を広げていった。
また、ビタイ河が西側には南北に縦断する街道が引かれており、主家であったクレタ領へと続いてゆく。
このヴォワザン領は縦長な広大な領地を持つ領主であったが、山を越えた小部族がアール王国の併合されたのと対照的にヴォワザン家の領地として欲しがる貴族はいなかった。
こうして多くの砦や町がヴォワザン家の手元に残ることになった。
ヴォワザン家の領都は河の東の三日月湖の内側には土手壁が築かれた城と河の西側に広がる町で構成されている。領民のほとんどは河の西側に住んでいたが、町の発達と共に東側にも新しい工房区が生まれていた。
ここで馬車や武器、魔法銃、大砲が製造されている。
また、私が受け入れた無辜の民を集めて作った新区(ノヴァ区)が西土手壁の外側に広がっている。
王都と比べようもないが、領民の6割がここに集まっているので大変な賑わいだ。
しかし、これは一部でしかない。
領都の東には山がせり出しており、その麓に東砦が建てられている。
ここより先は危険地帯と言われているが、その東側の山の谷間に隠れ工房区が建てられている。
こちらが本物の研究区と工房区だ。
さらに魔鉄石が採掘されて鉱山町が生まれていた。
さらに山に沿って東に行くと家令ヴァルテルのふるさと、グラッテ一族の隠れ里がある。
里の周辺には魔物すら寄らない魔の沼があり、隠れ山道を通って行き来する。
グラッテ一族の隠れ里の周辺はかなり高レベルな魔物が徘徊する場所なので、森をショートカットしようなどと思うと命がいくつあっても足りない。
恒例の討伐を終えると領主は領内を巡回する。
私とアンドラも南方諸領や南領の魔物退治に参加していたがダンジョンに閉じ込められて以来ご無沙汰だ。
4月と9月に家令ヴァルテルは休みを貰い、隠れ里に戻ってゆく。
ヴァルテルはヴォワザン家の家令であると同時にグラッテ一族の長を務める。
村に戻っても忙しいのだろう。
◇◇◇
窓のない部屋で灯篭の火だけが辺りを照らしていた。
長老を中心に年老いた元老が左右に座り、その前で頭を下げるヴァルテルの姿があった。
ヴァルテルの後ろにはグラッテ一族を率いる者が並んでいた。
「エリザベートに災いの種を置いたというのだな」
「はい、コハーリ伯爵の子息は蛇でございます。王国の破滅を望みます。その者と契約を結んだエリザベートも同様の道を歩むでしょう」
「セツ(ヴァルテルの別名)よ。もう一度聞く。エリザベートは『灼熱のマルタ(戦神)』を望んでおらぬのだな」
「エリザベートはクレタ王国の守護女神アクゥア(水神、知恵の神)の使徒であり、復讐を望んでおりません」
長老の目が悲しみに沈んでいた。
クレタ王国が滅んで以来、クレタ一族の王族への復権を望んでいた。
そして、その願いが叶うというのに悲しみの色は薄まっていなかった。
そうだ!
長老が真に望むのは復権などではなく、復讐であった。
何故、復権などと言ったのか?
それは王国との軍事差は圧倒的であり、絶望的あったからだ。
せめて復権だけでもと臨んだ。
否、それは過去のことだ。
クレタ王国の守護女神アクゥアの加護を持った私がそれを覆してしまった。
グラッテ一族はアール王国を滅ぼす力を手に入れてしまった。
しかし、それは大きな危険を孕んでいた。
貧困と混乱しかない未来に幹部の一人が声を上げた。
「長老、お考え直しを! エリザベート様に付き従えば、クレタ王の復活はなります。王家復活以上の望みがありましょうか?」
「王や王女を斬首された恨みを忘れることなどできん」
「アール王国を滅ぼした後にどうなさいます。次はプー王国が敵になりますぞ! その先のプロイス王国も敵になりましょう。終わりが見えません」
「黙れ!」
「南領の半分はアール王国の民です。彼らが大人しく従うとは思えません。数の劣勢は明らかです」
「ねずみが徘徊しておる。時間がない」
「無理をすれば、ヴォワザン家と共にクレタ家もあぶなくなります」
長老は4代前のヴァルテルであり、クレタ王に仕えていた。
王の命で皇太子を守った。
その功あってクレタ王家の血は守られた。
役目を果たし終えた。
しかし、長老や元老にはあの光景が目に焼き付いていた。
侵略王がクレア王と王女と偽王子の首を落としたのだ。
悲しみと憎しみが残った。
「エノス、いつ意見を聞いた」
「長老」
「儂はいつ意見を聞いたかと言ったのだ」
「いいえ、聞かれておりません」
「セツ、エノスは乱心した」
「畏まりました」
ヴァルテルはエノスに対して手を翳した。
「待て、ヴァルテル、早まるな!」
「ヤレ!」
「はい」
ヴァルテルは呟いた。
『バルス』
そう言った瞬間、エノスの胸の刻印が熱くなり、体温が急激に上昇する。
刻印が消えると同時に息をしなくなっていた。
「次なるエノスを決めよ」
ヴァルテルが指名すると、元老が古い奴隷刻印を消し、その上にヴァルテルが新しい刻印を付けた。
グラッテ一族の幹部はすべて『血の契約』で縛られていた。
「アール王家を打倒し、クレタ王家の復興する」
「長老、よろしいでしょうか?」
「ヤレドか、何か?」
「エリザベートのどこが拙かったのでしょうか?」
「大砲なる新兵器をアール王家に渡した。遠からず、アール王家は隣国を攻め滅ぼすであろう」
「私はプー王国の担当であり、そうならぬように大砲と鉄砲の設計図を渡しております。いずれ力の均衡は保てますでしょう。さらに、プロイス王国に対して圧倒的に有利になり、プロイス王国を一蹴した後、巨大な武力でアール王家も打倒してくれるでしょう」
「よくやったと言いたいが、それを阻むのがエリザベートだ」
「なるほど、アール王家にさらなる新兵器を渡す可能性があるのですな」
「然り!」
「そうならぬようにせねばならぬ」
「その通りだ」
「クレタ王家に災いが掛からむように、エリザベートを始末する」
「聖女を始末した王国への復讐心を民に植え付け、アール王家を打倒するのだ」
「ヴァルテル、判ったな」
「畏まりました」
長老と元老の声にヴァルテルは答えた。
だが、まだ誰も知らない。
翌年、魔王が降臨し、魔物が活性化して南方全域にスタンピード(集団暴走)が発生することを。
新兵器がスタンピード(集団暴走)に対する備えだということを。
私がいたら、こう言っただろう。
勝ってどうするの?
恨みを晴らしても空しいだけだ。
アール王家一族を斬首すれば、国内は乱れる。
多くの人が命を落とし、良くも悪しくも国力が落ちる。
交易ができなくなり、富が集まらなくなる。
貧しくなるのよ?
復興したクレタ王家は貧しい国家だ。
内紛を常に抱え、兵力も少ない。
西国の諸国が狙いにくる。
戦争は無くならない。
馬鹿じゃない!
でも、恨みに凝り固まったご老人には、そんな声は届かなかった。
領民が住むのは城の西、ビタイ河の対岸である。
河の西側に町が作られ、住まいとしての屋敷が建てられていた。
この河の両岸を拠点にヴォワザン家の祖先らは東へと防衛線を広げていった。
また、ビタイ河が西側には南北に縦断する街道が引かれており、主家であったクレタ領へと続いてゆく。
このヴォワザン領は縦長な広大な領地を持つ領主であったが、山を越えた小部族がアール王国の併合されたのと対照的にヴォワザン家の領地として欲しがる貴族はいなかった。
こうして多くの砦や町がヴォワザン家の手元に残ることになった。
ヴォワザン家の領都は河の東の三日月湖の内側には土手壁が築かれた城と河の西側に広がる町で構成されている。領民のほとんどは河の西側に住んでいたが、町の発達と共に東側にも新しい工房区が生まれていた。
ここで馬車や武器、魔法銃、大砲が製造されている。
また、私が受け入れた無辜の民を集めて作った新区(ノヴァ区)が西土手壁の外側に広がっている。
王都と比べようもないが、領民の6割がここに集まっているので大変な賑わいだ。
しかし、これは一部でしかない。
領都の東には山がせり出しており、その麓に東砦が建てられている。
ここより先は危険地帯と言われているが、その東側の山の谷間に隠れ工房区が建てられている。
こちらが本物の研究区と工房区だ。
さらに魔鉄石が採掘されて鉱山町が生まれていた。
さらに山に沿って東に行くと家令ヴァルテルのふるさと、グラッテ一族の隠れ里がある。
里の周辺には魔物すら寄らない魔の沼があり、隠れ山道を通って行き来する。
グラッテ一族の隠れ里の周辺はかなり高レベルな魔物が徘徊する場所なので、森をショートカットしようなどと思うと命がいくつあっても足りない。
恒例の討伐を終えると領主は領内を巡回する。
私とアンドラも南方諸領や南領の魔物退治に参加していたがダンジョンに閉じ込められて以来ご無沙汰だ。
4月と9月に家令ヴァルテルは休みを貰い、隠れ里に戻ってゆく。
ヴァルテルはヴォワザン家の家令であると同時にグラッテ一族の長を務める。
村に戻っても忙しいのだろう。
◇◇◇
窓のない部屋で灯篭の火だけが辺りを照らしていた。
長老を中心に年老いた元老が左右に座り、その前で頭を下げるヴァルテルの姿があった。
ヴァルテルの後ろにはグラッテ一族を率いる者が並んでいた。
「エリザベートに災いの種を置いたというのだな」
「はい、コハーリ伯爵の子息は蛇でございます。王国の破滅を望みます。その者と契約を結んだエリザベートも同様の道を歩むでしょう」
「セツ(ヴァルテルの別名)よ。もう一度聞く。エリザベートは『灼熱のマルタ(戦神)』を望んでおらぬのだな」
「エリザベートはクレタ王国の守護女神アクゥア(水神、知恵の神)の使徒であり、復讐を望んでおりません」
長老の目が悲しみに沈んでいた。
クレタ王国が滅んで以来、クレタ一族の王族への復権を望んでいた。
そして、その願いが叶うというのに悲しみの色は薄まっていなかった。
そうだ!
長老が真に望むのは復権などではなく、復讐であった。
何故、復権などと言ったのか?
それは王国との軍事差は圧倒的であり、絶望的あったからだ。
せめて復権だけでもと臨んだ。
否、それは過去のことだ。
クレタ王国の守護女神アクゥアの加護を持った私がそれを覆してしまった。
グラッテ一族はアール王国を滅ぼす力を手に入れてしまった。
しかし、それは大きな危険を孕んでいた。
貧困と混乱しかない未来に幹部の一人が声を上げた。
「長老、お考え直しを! エリザベート様に付き従えば、クレタ王の復活はなります。王家復活以上の望みがありましょうか?」
「王や王女を斬首された恨みを忘れることなどできん」
「アール王国を滅ぼした後にどうなさいます。次はプー王国が敵になりますぞ! その先のプロイス王国も敵になりましょう。終わりが見えません」
「黙れ!」
「南領の半分はアール王国の民です。彼らが大人しく従うとは思えません。数の劣勢は明らかです」
「ねずみが徘徊しておる。時間がない」
「無理をすれば、ヴォワザン家と共にクレタ家もあぶなくなります」
長老は4代前のヴァルテルであり、クレタ王に仕えていた。
王の命で皇太子を守った。
その功あってクレタ王家の血は守られた。
役目を果たし終えた。
しかし、長老や元老にはあの光景が目に焼き付いていた。
侵略王がクレア王と王女と偽王子の首を落としたのだ。
悲しみと憎しみが残った。
「エノス、いつ意見を聞いた」
「長老」
「儂はいつ意見を聞いたかと言ったのだ」
「いいえ、聞かれておりません」
「セツ、エノスは乱心した」
「畏まりました」
ヴァルテルはエノスに対して手を翳した。
「待て、ヴァルテル、早まるな!」
「ヤレ!」
「はい」
ヴァルテルは呟いた。
『バルス』
そう言った瞬間、エノスの胸の刻印が熱くなり、体温が急激に上昇する。
刻印が消えると同時に息をしなくなっていた。
「次なるエノスを決めよ」
ヴァルテルが指名すると、元老が古い奴隷刻印を消し、その上にヴァルテルが新しい刻印を付けた。
グラッテ一族の幹部はすべて『血の契約』で縛られていた。
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「長老、よろしいでしょうか?」
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「エリザベートのどこが拙かったのでしょうか?」
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「私はプー王国の担当であり、そうならぬように大砲と鉄砲の設計図を渡しております。いずれ力の均衡は保てますでしょう。さらに、プロイス王国に対して圧倒的に有利になり、プロイス王国を一蹴した後、巨大な武力でアール王家も打倒してくれるでしょう」
「よくやったと言いたいが、それを阻むのがエリザベートだ」
「なるほど、アール王家にさらなる新兵器を渡す可能性があるのですな」
「然り!」
「そうならぬようにせねばならぬ」
「その通りだ」
「クレタ王家に災いが掛からむように、エリザベートを始末する」
「聖女を始末した王国への復讐心を民に植え付け、アール王家を打倒するのだ」
「ヴァルテル、判ったな」
「畏まりました」
長老と元老の声にヴァルテルは答えた。
だが、まだ誰も知らない。
翌年、魔王が降臨し、魔物が活性化して南方全域にスタンピード(集団暴走)が発生することを。
新兵器がスタンピード(集団暴走)に対する備えだということを。
私がいたら、こう言っただろう。
勝ってどうするの?
恨みを晴らしても空しいだけだ。
アール王家一族を斬首すれば、国内は乱れる。
多くの人が命を落とし、良くも悪しくも国力が落ちる。
交易ができなくなり、富が集まらなくなる。
貧しくなるのよ?
復興したクレタ王家は貧しい国家だ。
内紛を常に抱え、兵力も少ない。
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