57 / 63
閑話.国王の憂鬱。
しおりを挟む
国王モシュモントは憂鬱な日々を過ごしていた。
ダンジョンに落ちたヴォワザン伯爵の令嬢エリザベートが生きて戻ってきたからだ。
去年の冬、隣国との戦争が逆転に貢献し、救国の英雄としてカロリナ嬢の活躍で王国が沸き、エリザベート嬢の代わりにラーコーツィ侯爵令嬢カロリナを婚約者に据えることが囁かれるようになり、王の中でほぼ内定していた。
その最中にエリザベート嬢が脱出路を確保し、生還の帰路に着いたと連絡が入った。
宰相の進言ですべてが白紙に戻った。
国王の生母ロラーンドもそれを喜んでいたのに台無しになってしまった。
その連絡が1ヶ月遅ければ、知らなかったで済む話だったのに…………。
なんと間の悪い令嬢だと思った。
面向きの発表は病状も回復して、来年の春の社交界に間に合うかもしれない。
エリザベート嬢はダンジョンの閉じ込められたという話は失踪して半年ほど経った時点でヴォワザン伯爵から宰相にひっそりと伝えられていた。
魔の森のダンジョンだ。
生還は難しい。
魔道具を駆使して連絡を取り合い、生死の確認だけは取られていたらしい。
死亡は時間の問題であった。
しかし、宰相の見解で発表は待たれた。
常識外の令嬢であった。
ヴォワザン家が正式に死亡を通達するまで待った方がいいと宰相の進言が正しかった。
信じられないことに生還したのだ。
春の舞踏会には待ち合わなかったが、ミスリルを見た瞬間に国王は思い付いた。
もう1度、死地に向かわせよう。
エリザベート嬢自身が先導して、ミスリルを取ってくるように命じた。
で、5か月後に無事に帰還したのだ。
騎士団と共に100kgのミスリルを持ち帰った。
悪運の強い令嬢だ。
悪魔と契約しているのではないと思いたかった。
「もしかするとそうかもしれません」
「我が王家にとって害しかならんか?」
「しかしながら、エリザベート嬢を排除すれば、聖女を殺したと教会と南部の民衆が立ち上がります」
「厄介な令嬢だな!」
婚約者に指定したとき、こんな事になるなど思ってもいなかった。
ヴォワザン家など、ただの中流貴族に過ぎなかった。
王子との婚約を契機に発展をはじめ、2年前に王族を凌ぐ、上流貴族までのし上がったのだ。
「皆、カロリナ嬢の戦果に沸き立っておりますが、その根幹を支えているのが大砲を主力とする砲撃隊であります。その大砲を生産できるのはヴォワザン家であり、エリザベート嬢の影響を無視する訳にはいきません」
「クリフ(第2王子)に嫁がせ、南領の公爵夫人にするのでは拙いのか?」
「拙うございます。帝国が分裂したようにクリフ王子が新王朝を宣言し、属国王として独立する可能性がございます。オリバー王子がそれを認めなければ、内戦となるかもしれません」
「それはならん」
「ですれば、直轄領を譲渡して王族として取り込むしかございません。クリフ王子には宰相の地位を与え、オリバー王子を支えて頂くしかございません」
王はオリバー王子を皇太子にすることをはじめから決めていた。
エリザベート嬢を婚約者と決めたことで危機感を覚えた王子は、我儘を抑えて、勉学や剣術、馬術などに励むようになった。
それはある程度は成功していた。
まさか、ヴォワザン家が勢力を伸ばし、エリザベート嬢の処遇をどうするかで悩むなど考えていなかった。
「あの娘は何をしておる」
「騎士団長レオ・ファン・セーチェー前侯爵が東門を開き、魔の森で魔物狩りにつれ出しております」
「事故で死んでくれないものか?」
「無理でございましょう。非公式ですが、副騎士団長の模擬戦で勝つほどの強者です」
「副団長に勝ったのか?」
「第4騎士団の副団長には勝ったそうです。もちろん、騎士団長のノア様には負けたそうですが」
「あれは怪物だ。比べるではない」
「そうですな! 少なくとも副団長に匹敵する腕前を持っており、事故で死ぬことは滅多にございません」
「まさか、貴族学園に入学する前の小娘であろう」
「魔の森のダンジョンから生還した者でございます」
「そうであった」
カロリナ嬢が敵軍を撃退した英雄なら、エリザベート嬢は魔の森のダンジョンから生還した女傑であった。
しかし、カロリナ嬢は救国の英雄になってしまった。
もうカロリナ嬢を王妃に付けなければ、国内が治まらない。
エリザベート嬢の扱いを間違えれば、国が二つに割れる。
「二人はどうしておる」
「カロリナ嬢は新設した北軍の調練に参加しております。エリザベート嬢はさきほども言いましたが騎士団と合同の魔物狩りを行っております」
「皆の動向はどうだ!」
「戦女神と称えられるカロリナ嬢は北の民衆から圧倒的な支持があり、一方、聖女と称えられるエリザベート嬢は南部の民衆から絶大な支持を得ております。また、第1騎士団からカロリナ嬢を王妃に向える声がやはり高く、エリザベート嬢は第2騎士団から第8騎士団の青年将校から支持を集めております」
「エリザベート嬢は騎士団の支持があったのか?」
「ミスリル採掘に派遣した青年将校らが中心になっております」
「騎士団はカロリナ嬢を支持しておると思っておった」
「いいえ、砲撃戦は騎士団の活躍の場を奪います。兵の支持はカロリナ嬢が圧倒的ですが、騎士団となれば納得のいかない者も多いようです。特にレオ様がエリザベート嬢を気に入ったご様子です」
「そう言えば、セーチェー家とヴォワザン家は仲がよかったな!」
「民が割れ、騎士団も割れるか?」
「おそらく、貴族も割れます」
何故、同時代に二人も現れるのだ。
王は頭を抱えた。
とにかく、結論は先送りだ。
それしか思い当たらない王であった。
ダンジョンに落ちたヴォワザン伯爵の令嬢エリザベートが生きて戻ってきたからだ。
去年の冬、隣国との戦争が逆転に貢献し、救国の英雄としてカロリナ嬢の活躍で王国が沸き、エリザベート嬢の代わりにラーコーツィ侯爵令嬢カロリナを婚約者に据えることが囁かれるようになり、王の中でほぼ内定していた。
その最中にエリザベート嬢が脱出路を確保し、生還の帰路に着いたと連絡が入った。
宰相の進言ですべてが白紙に戻った。
国王の生母ロラーンドもそれを喜んでいたのに台無しになってしまった。
その連絡が1ヶ月遅ければ、知らなかったで済む話だったのに…………。
なんと間の悪い令嬢だと思った。
面向きの発表は病状も回復して、来年の春の社交界に間に合うかもしれない。
エリザベート嬢はダンジョンの閉じ込められたという話は失踪して半年ほど経った時点でヴォワザン伯爵から宰相にひっそりと伝えられていた。
魔の森のダンジョンだ。
生還は難しい。
魔道具を駆使して連絡を取り合い、生死の確認だけは取られていたらしい。
死亡は時間の問題であった。
しかし、宰相の見解で発表は待たれた。
常識外の令嬢であった。
ヴォワザン家が正式に死亡を通達するまで待った方がいいと宰相の進言が正しかった。
信じられないことに生還したのだ。
春の舞踏会には待ち合わなかったが、ミスリルを見た瞬間に国王は思い付いた。
もう1度、死地に向かわせよう。
エリザベート嬢自身が先導して、ミスリルを取ってくるように命じた。
で、5か月後に無事に帰還したのだ。
騎士団と共に100kgのミスリルを持ち帰った。
悪運の強い令嬢だ。
悪魔と契約しているのではないと思いたかった。
「もしかするとそうかもしれません」
「我が王家にとって害しかならんか?」
「しかしながら、エリザベート嬢を排除すれば、聖女を殺したと教会と南部の民衆が立ち上がります」
「厄介な令嬢だな!」
婚約者に指定したとき、こんな事になるなど思ってもいなかった。
ヴォワザン家など、ただの中流貴族に過ぎなかった。
王子との婚約を契機に発展をはじめ、2年前に王族を凌ぐ、上流貴族までのし上がったのだ。
「皆、カロリナ嬢の戦果に沸き立っておりますが、その根幹を支えているのが大砲を主力とする砲撃隊であります。その大砲を生産できるのはヴォワザン家であり、エリザベート嬢の影響を無視する訳にはいきません」
「クリフ(第2王子)に嫁がせ、南領の公爵夫人にするのでは拙いのか?」
「拙うございます。帝国が分裂したようにクリフ王子が新王朝を宣言し、属国王として独立する可能性がございます。オリバー王子がそれを認めなければ、内戦となるかもしれません」
「それはならん」
「ですれば、直轄領を譲渡して王族として取り込むしかございません。クリフ王子には宰相の地位を与え、オリバー王子を支えて頂くしかございません」
王はオリバー王子を皇太子にすることをはじめから決めていた。
エリザベート嬢を婚約者と決めたことで危機感を覚えた王子は、我儘を抑えて、勉学や剣術、馬術などに励むようになった。
それはある程度は成功していた。
まさか、ヴォワザン家が勢力を伸ばし、エリザベート嬢の処遇をどうするかで悩むなど考えていなかった。
「あの娘は何をしておる」
「騎士団長レオ・ファン・セーチェー前侯爵が東門を開き、魔の森で魔物狩りにつれ出しております」
「事故で死んでくれないものか?」
「無理でございましょう。非公式ですが、副騎士団長の模擬戦で勝つほどの強者です」
「副団長に勝ったのか?」
「第4騎士団の副団長には勝ったそうです。もちろん、騎士団長のノア様には負けたそうですが」
「あれは怪物だ。比べるではない」
「そうですな! 少なくとも副団長に匹敵する腕前を持っており、事故で死ぬことは滅多にございません」
「まさか、貴族学園に入学する前の小娘であろう」
「魔の森のダンジョンから生還した者でございます」
「そうであった」
カロリナ嬢が敵軍を撃退した英雄なら、エリザベート嬢は魔の森のダンジョンから生還した女傑であった。
しかし、カロリナ嬢は救国の英雄になってしまった。
もうカロリナ嬢を王妃に付けなければ、国内が治まらない。
エリザベート嬢の扱いを間違えれば、国が二つに割れる。
「二人はどうしておる」
「カロリナ嬢は新設した北軍の調練に参加しております。エリザベート嬢はさきほども言いましたが騎士団と合同の魔物狩りを行っております」
「皆の動向はどうだ!」
「戦女神と称えられるカロリナ嬢は北の民衆から圧倒的な支持があり、一方、聖女と称えられるエリザベート嬢は南部の民衆から絶大な支持を得ております。また、第1騎士団からカロリナ嬢を王妃に向える声がやはり高く、エリザベート嬢は第2騎士団から第8騎士団の青年将校から支持を集めております」
「エリザベート嬢は騎士団の支持があったのか?」
「ミスリル採掘に派遣した青年将校らが中心になっております」
「騎士団はカロリナ嬢を支持しておると思っておった」
「いいえ、砲撃戦は騎士団の活躍の場を奪います。兵の支持はカロリナ嬢が圧倒的ですが、騎士団となれば納得のいかない者も多いようです。特にレオ様がエリザベート嬢を気に入ったご様子です」
「そう言えば、セーチェー家とヴォワザン家は仲がよかったな!」
「民が割れ、騎士団も割れるか?」
「おそらく、貴族も割れます」
何故、同時代に二人も現れるのだ。
王は頭を抱えた。
とにかく、結論は先送りだ。
それしか思い当たらない王であった。
0
お気に入りに追加
335
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。
白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。
筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。
ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。
王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした
ひなクラゲ
恋愛
突然ですが私は転生者…
ここは乙女ゲームの世界
そして私は悪役令嬢でした…
出来ればこんな時に思い出したくなかった
だってここは全てが終わった世界…
悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる