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閑話.国王の憂鬱。

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国王モシュモントは憂鬱な日々を過ごしていた。
ダンジョンに落ちたヴォワザン伯爵の令嬢エリザベートが生きて戻ってきたからだ。
去年の冬、隣国との戦争が逆転に貢献し、救国の英雄としてカロリナ嬢の活躍で王国が沸き、エリザベート嬢の代わりにラーコーツィ侯爵令嬢カロリナを婚約者に据えることが囁かれるようになり、王の中でほぼ内定していた。
その最中にエリザベート嬢が脱出路を確保し、生還の帰路に着いたと連絡が入った。
宰相の進言ですべてが白紙に戻った。
国王の生母ロラーンドもそれを喜んでいたのに台無しになってしまった。
その連絡が1ヶ月遅ければ、知らなかったで済む話だったのに…………。

なんと間の悪い令嬢だと思った。

面向きの発表は病状も回復して、来年の春の社交界に間に合うかもしれない。
エリザベート嬢はダンジョンの閉じ込められたという話は失踪して半年ほど経った時点でヴォワザン伯爵から宰相にひっそりと伝えられていた。
魔の森のダンジョンだ。
生還は難しい。
魔道具を駆使して連絡を取り合い、生死の確認だけは取られていたらしい。
死亡は時間の問題であった。
しかし、宰相の見解で発表は待たれた。
常識外の令嬢であった。
ヴォワザン家が正式に死亡を通達するまで待った方がいいと宰相の進言が正しかった。

信じられないことに生還したのだ。

春の舞踏会には待ち合わなかったが、ミスリルを見た瞬間に国王は思い付いた。
もう1度、死地に向かわせよう。
エリザベート嬢自身が先導して、ミスリルを取ってくるように命じた。
で、5か月後に無事に帰還したのだ。
騎士団と共に100kgのミスリルを持ち帰った。

悪運の強い令嬢だ。
悪魔と契約しているのではないと思いたかった。

「もしかするとそうかもしれません」
「我が王家にとって害しかならんか?」
「しかしながら、エリザベート嬢を排除すれば、聖女を殺したと教会と南部の民衆が立ち上がります」
「厄介な令嬢だな!」

婚約者に指定したとき、こんな事になるなど思ってもいなかった。
ヴォワザン家など、ただの中流貴族に過ぎなかった。
王子との婚約を契機に発展をはじめ、2年前に王族を凌ぐ、上流貴族までのし上がったのだ。

「皆、カロリナ嬢の戦果に沸き立っておりますが、その根幹を支えているのが大砲を主力とする砲撃隊であります。その大砲を生産できるのはヴォワザン家であり、エリザベート嬢の影響を無視する訳にはいきません」
「クリフ(第2王子)に嫁がせ、南領の公爵夫人にするのでは拙いのか?」
「拙うございます。帝国が分裂したようにクリフ王子が新王朝を宣言し、属国王として独立する可能性がございます。オリバー王子がそれを認めなければ、内戦となるかもしれません」
「それはならん」
「ですれば、直轄領を譲渡して王族として取り込むしかございません。クリフ王子には宰相の地位を与え、オリバー王子を支えて頂くしかございません」

王はオリバー王子を皇太子にすることをはじめから決めていた。
エリザベート嬢を婚約者と決めたことで危機感を覚えた王子は、我儘を抑えて、勉学や剣術、馬術などに励むようになった。

それはある程度は成功していた。

まさか、ヴォワザン家が勢力を伸ばし、エリザベート嬢の処遇をどうするかで悩むなど考えていなかった。

「あの娘は何をしておる」
「騎士団長レオ・ファン・セーチェー前侯爵が東門を開き、魔の森で魔物狩りにつれ出しております」
「事故で死んでくれないものか?」
「無理でございましょう。非公式ですが、副騎士団長の模擬戦で勝つほどの強者です」
「副団長に勝ったのか?」
「第4騎士団の副団長には勝ったそうです。もちろん、騎士団長のノア様には負けたそうですが」
「あれは怪物だ。比べるではない」
「そうですな! 少なくとも副団長に匹敵する腕前を持っており、事故で死ぬことは滅多にございません」
「まさか、貴族学園に入学する前の小娘であろう」
「魔の森のダンジョンから生還した者でございます」
「そうであった」

カロリナ嬢が敵軍を撃退した英雄なら、エリザベート嬢は魔の森のダンジョンから生還した女傑であった。

しかし、カロリナ嬢は救国の英雄になってしまった。

もうカロリナ嬢を王妃に付けなければ、国内が治まらない。
エリザベート嬢の扱いを間違えれば、国が二つに割れる。

「二人はどうしておる」
「カロリナ嬢は新設した北軍の調練に参加しております。エリザベート嬢はさきほども言いましたが騎士団と合同の魔物狩りを行っております」
「皆の動向はどうだ!」
「戦女神と称えられるカロリナ嬢は北の民衆から圧倒的な支持があり、一方、聖女と称えられるエリザベート嬢は南部の民衆から絶大な支持を得ております。また、第1騎士団からカロリナ嬢を王妃に向える声がやはり高く、エリザベート嬢は第2騎士団から第8騎士団の青年将校から支持を集めております」
「エリザベート嬢は騎士団の支持があったのか?」
「ミスリル採掘に派遣した青年将校らが中心になっております」
「騎士団はカロリナ嬢を支持しておると思っておった」
「いいえ、砲撃戦は騎士団の活躍の場を奪います。兵の支持はカロリナ嬢が圧倒的ですが、騎士団となれば納得のいかない者も多いようです。特にレオ様がエリザベート嬢を気に入ったご様子です」
「そう言えば、セーチェー家とヴォワザン家は仲がよかったな!」
「民が割れ、騎士団も割れるか?」
「おそらく、貴族も割れます」

何故、同時代に二人も現れるのだ。

王は頭を抱えた。
とにかく、結論は先送りだ。
それしか思い当たらない王であった。
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