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閑話.どうして料理対決しないといけないの?

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あれは9歳直前の冬の出来事であった。
春の社交界シーズンに向けて、ダンスの猛特訓をさせられていた私を余所に、暇な侍女達が他愛もない話をしていた。

“この賄いはおいしくありません”
“不味いなら食わなけりゃいい”
“お嬢様の方が料理長の何倍もおいしい料理を作れるという話です”
“そんな訳あるか?”

その日、メルルがお昼の賄いにケチをつけたことが話題の中心になっていた。
父上は王宮に行って留守、母上は私とアンドラのダンス指導で忙しい。
暇を持て余した侍女達の他愛のない噂だった。

「それはもうお嬢様の作られる料理は至高の領域を超えています」
「信じられない」
「食べている私も信じられません。野営用の道具とその狩った魔物の肉のみで作る料理がおいしいのです。あんな不味い賄いしか作れない料理長よりお嬢様の方が料理の腕は上に決まっています」
「食べてみたい」
「料理長より美味しい料理があるなんて信じられない」
「嘘は言っていませんよ」
「知っている。食いしん坊のメルルが料理で嘘を付く訳がないじゃない」
「当然です」
「お嬢様の料理って、どんな料理なの?」

カレー風味の料理のことだ。
香辛料が揃ってきたのでカレーに挑戦しようとして様々な配合を試した。
子供のカレー好きは今に始まったことではない。
でも、メルルの余りの興奮に、他の侍女たちも一度食べてみたいと思うようになった。
それの話が父上の耳に入ったのだ。

「メルル、エリザベートの料理はそれほど美味しいのか?」
「はい、神の領域です」
「父上、そんなことはありません。メルルは大袈裟に言っているだけです」
「アンドラ、おまえも食べたのであろう」
「はい、神の領域というのは大袈裟ですが、ここに出ている料理に勝るとも劣らない料理でありました」
「料理長を呼べ!」

父上は私が調理場を借りることを料理長に頼んだ。
調理場は料理人にとって戦場だ。
そこを明け渡せというのは、料理が美味しいとか、美味しくないとかの問題ではない。

「判りました。どうしてもと言うなら『料理対決』でお願いします」
「うぬ。面白い。では、料理はアンドラに指定させよう。その2品と至高と思う料理を1品。審査は屋敷の者すべて行う」

父上は屋敷に働く者へのサービスのつもりだったのだろう。
料理長が負けるなんて思ってもいない。
噂の料理と料理長の本気の料理を食べさせる機会を作ったつもりだ。
勝負となれば、私も負ける気はない。

「よろしくって!? 料理の腕で勝っているなどと思いませんが、勝負となれば、負けるつもりはありませんわよ」
「お嬢様の勝気な所は気に入っておりますが、料理で手は抜きませんぞ!」
「私が勝てば、すべて頂きますわよ。よろしくって!」
「受けて立ちましょう」

メルルの戯言から大変なことになってしまった。

 ◇◇◇

カンカンカン!
第1勝負は『鳥揚げ』とされました。
この『鳥揚げ』とは、『からあげ』のことだ。

中世みたいに文化は遅れているが、現代より料理が劣っている訳じゃない。
電話はないがアーティファクトがある。
飛行機はないが、飛行魔法は存在する。
人種で使った者は聞いたことがないが…………。
冷蔵庫はないが氷魔法と魔法鞄がある。
ゆえに内陸地でも生魚を食べることもできる。

料理に魔法を使ってあり得ない調合も可能になる。
不思議なものが沢山あって面白い。
この料理対決で調理場に入って、堂々と聞けるようになったのはありがたい。
しかも、母上のダンスのレッスン時間が減った。

ラッキーだ!

さて、料理勝負は私に有利だ。
勝負する品目はアンドラが食べたものから選ばれる。
つまり、私の作れないものではない。

1品目!

料理長の秘蔵のタレにつけた鶏肉が絶品の味に仕上がる。
おいしい『からあげ』だ。
父上、母上、アンドラ、そして使用人達も目がとろんとなる。
100点、100点、100点、100点って感じかしら!

残念ながら私ではあの味は出せない。
ヨーグルトに付けて最高級の鶏肉をより柔らかくした。
油は鳥ラードで軽く揚げる。
ふつうは鳥を炒めたときに取れる副産物のラード油も、こちらでは魔法の抽出で採取するので最高級の動物油として存在する。
そこからそば粉を付けなおして二度揚げでぱりぱり感を創作する。
そこに塩胡椒を少々振っておく。

こちらの世界はそばの実が存在せず、グアの実という雑草の一種にされていた。
どう見てもそば粉!
グアの実で作ってみたけど、お蕎麦でした。
そば粉の方がぱりっと揚がる。
こちらの世界では二度揚げをしないそうだ!
そして、こちらも100点、100点、100点、100点って感じかしら!?

「こりゃ、パシックの技法か?」
「何、それ?」
「菓子の技法だ」
「ただの二度揚げですよ」
「二度揚げただけで、この食感はでない」
「二度揚げの粉にグアの実を使うとそうなります」
「雑草のグアの実だと信じられん!」

料理長もびっくりした。

さて、結果は父上が料理長、母上も料理長、アンドラは私、そして、屋敷の者たちの総意はわずか一票差で私に軍配が上がった。
屋敷の使用人票は余裕で勝てると思っていたのに意外とヤバかった!
料理長の顔が険しくなった。
引き分けだけでプライドが傷ついたようだ。

第2勝負は『ブショプ』とされました。
豚肉の甘酢炒め『酢豚』である。
豚肉を叩いてからたまねぎに漬けて柔らかくする。
片栗粉を付けて、カラっと揚げる。
こちらも2度揚げだ。
野菜を炒め、あんを入れて完成だ。

料理長は豚肉を揚げない。
豚肉を特殊のタレに付けてから野菜を炒めたものだ。
豚炒めと酢豚の勝負になった。
結果は父上が料理長、母上も料理長、アンドラは私、そして、使用人たち総意は私に上がった。

私が実食すれば、料理長の方に軍配を上げるよ。
素材の味を最高まで引き上げている料理長の料理は神の領域に近いと思う。
アンドラと使用人にそんな微妙な味の違いが判る訳がない。
私は庶民受けのする料理を作ったに過ぎない。
から揚げの勝因は塩コショウ、酢豚は豚を揚げたことだ。

例えるなら、100年モノのビンテージワインなんてかび臭い。
味を知っている人でないと評価できない。
庶民にとって、今年の軽いワインか、3年モノの熟成ワインの方がおいしく感じる。
アンドラがおいしく感じるのは庶民料理だ。
アンドラが料理を選ぶと決まった時点で勝利は半分確定していた。

最後の至高勝負はサーモンの丸焼きとカレースープだった。
米がないのでカレーライスにできない!
内陸で魚料理は超贅沢品であり、料理長の得意料理の1つだ。
見た目が美しく、そこから取り出し小皿に移して料理として出される。
味勝負なら私の負けだ。

一方、カレースープは見た目が悪い。
黄色っぽいスープだ。
だが、一口食べた瞬間、顔色が変わる。
貴重な香辛料を大量に使った料理は存在しなかった。

「香辛料をふんだんに使った高級料理です。一皿で金貨12枚分の香辛料を使っております」

値段を聞いて使用人が固まった。
この値段は王都で買った場合の香辛料の値段だ。
元手は10分の1以下だったりするけど、敢えて言わない。
父上の顔色が青くなり、使用人はスプーンを落とす者が続出した。
値段で勝った。

「野営の兵のこの料理を出したというのか?」
「まさか、そんなことをする訳がありません。この配合を考える為に少しだけ使っただけです。父上が至高の料理を希望されたので、際限なく使わせて頂きました」
「この一皿が金貨12枚か?」
「はい」

結果に聞かなくていいと料理長はいった。

 ◇◇◇

料理は料理長が上だよ。
けれど、広告や印象操作には私の方に分があった。
勝った限り、容赦はしない。

「素人に負けて、料理長を続けられるなど思っていないわよね」
「当然のことでございます」
「余所で働こうなんて思っていないわよね」
「素人に負けた料理人を雇うなど、そんな物好きがいますか?」
「わたくしの契約奴隷となって、一生わたしくに仕えなさい」
「判りました」
「お嬢様、お待ち下さい。料理長ほどの方を潰すのはあまりにも」
「お黙りなさい。貴族に勝負を挑んだのです。当然の処置です」

こうして、私は元宮廷料理人を奴隷にした。
悪役令嬢らしい。
その噂はあっという間に王都中に広がったらしい。
元料理長は私が考えた庶民料理を舞踏会や晩餐会で出せるものに昇華した後に屋敷を去ってゆく。

「料理長」
「馬鹿野郎、料理長はおまえだ」
「しかし!」
「俺は最高に幸せだ。見知らぬ食材を買い漁り、好きなだけ新しい料理を作れるんだ」
「しかし、奴隷では名誉が!」
「そんなものいらねいよ。これがやりたくて貴族に頭を下げて、金を貰っていたんだ。頭を下げなくていい上に、好きなだけ料理が作れる。いいこと尽くめだ」
「ですが!」
「オリテラはいいぞ! 変わった食材が沢山ある。しかも買い放題だ!」
「そんな辺鄙な処へ!」
「商人を使って、あらゆる食材を集めてもいいらしい」
「誰も評価してくれません」
「そんなものはどうでもいい。俺は幸せだ!」

皆は元料理長に同情したが、本人はえらく喜んでいる。

おかしい?

とりあえず、肩書きは料理学校の校長にしておいた。
好きなだけ助手を雇っていいとも言った。
すっぱくてジャムにしか使えない『苺』の改良とか!
米やトマトの発掘、うどんの制作など、私の食欲を満たして貰う為に食材を求め、食材の改良という地味な仕事をして貰う。
本人が凄く喜んだのよ。

『奴隷、万歳!』

地位も名誉を奪われたのに、逆に喜ばれた?
おかしい?
悪役令嬢っぽいことしたのに?

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