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31.パンがなければ、クッキーを食べればいい。

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アンドラはキャンプ地に出勤する。
悪路(下町)の難民が毎日のようにキャンプ地に助けを求めてやってきていた。
まぁ、難民キャンプのような場所だから助けを求める気持ちは判る。

「父上様、母上様、行って参ります」
「アンドラ、お昼のお茶会には帰ってくるのよ」
「畏まりました」
「私も手伝いましょうか?」
「結構です。姉様が来たら収拾が付かなくなります」
「そんなに酷いの?」
「パンをくれと門まで貧民街の民が押し寄せて来ております。姉様が来ていると知れると、どれだけの人が集まってくるか想像もできません」
「パンがなければ、クッキーを食べればいいとでも言ってみましょうか?」
「止めて下さい。暴動がおきますよ」

アンドラが本気で焦っている。
軽いジョーダンなのに!
理想の悪女マリー・アントワネットはパンの原料となる高い一等小麦の価格が高騰しているなら、ブリオッシュ(安い小麦を使った菓子パン)を食べればいいじゃないと言ったらしい。
ホントかどうか知らないけど?

菓子工場のクッキーも二等小麦を使っているので、お菓子をクッキーに言いかえてみたのよ。
アンドラには伝わらなかったけどね!

そりゃ、そうだ。

悪路(下町)では飢えで死人が出始めている。
助けを求めて救済のキャンプ地に人が殺到しているが無制限に受け入れる訳も行かず、今月に入って門を閉めた。

「お嬢様、アンドラ様のお心をお察し下さい」
「メルル、冗談よ。判っているわ。私を連れて行けば、衝動的に門を開いて救済を始めてしまうと思っているのでしょう」
「お嬢様ならそうします。私には意地悪ですけれど!」
「わたくしって、信用ないのね!」
「悪役ぶっておられますが、根はお優しいと感じておられるのでしょう」
「ヴァルテル、貴方もそう言うの。心外だわ!」

悪女になりきれていないのかしら?
思い当たることは多いけどさ。
基本的にこの世界の人はシビアなのよ。
結局、アンドラはお茶会に間に合わなかった。

「お助け下さい」
「この子にミルクを!」
「少しだけで結構です」
「私はどうなっても構いません。この子だけでも門の中へ」
「門に入れば、その場で切り捨てる」
「どうか施しを!」
「今日、施してどうなる。明日はどうする。ここに来ることは明日に繋がらぬ。自らが考えよ。何を為せばよいのか!」
「どうか、お助けを!」
「聖女様のお恵みを!」

門をよじ登ってアンドラに慈悲を求めて男が走ってくる。
その男を追って、何人もがよじ登ろうと始めた。

「助けて下さい」

ズバン!
アンドラの剣が光ると、男は袈裟切りに割かれて絶命した。
そこで皆の動きが止まった。

「門を超えれば、容赦なく斬ると言ったハズだ。無秩序に動くな! 姉様は時が来れば動いて下さる。皆は為すべきことを為せ!」

アンドラは唇が切れるほど噛みしめていた。
助けを求める手を振り払っていた。
ガリガリに痩せた子供らが助けを求め、今にも死にそうな赤子を抱きしめた母を見て、願うように門に縋り付く姿の人々に背を向けた。
私を連れて行かなかったアンドラは正しい気がする。
私なら門を閉じたままで耐える自信はないだろう。

 ◇◇◇

夕食の後の談話室、連日のように会議をやっている。

「エリザベート、先に褒めておこう。南はよくやった。今日の報告でほぼ方針は決まった」
「それはようございました」
「お前の新農法のお蔭で問題なく税を集めることができる」
「おめでとうございます」
「さて、問題はその他の領地だ」
「何か変化がございました?」
「例年通りに徴収がはじまったと報告が上がってきた」
「無事に済めば、よろしいのですが」
「済むと思うか?」
「例年通りならば、済みません。ただ、徴税官も馬鹿ではないでしょう」
「そうだろうな。だが、このままでは間に合わんぞ」
「承知しております」

中央領や東領は伝令の馬で3日掛かる。
今日上がったということは1週間前くらい前から徴税が始まったのだろう?

6公4民!

約束した小麦の袋の数を納めなければならない。
収穫が5割を切っている所はすべて小麦を納めてもまだ足りない。
私が噂を流した通りだ。
娘を売って、足りない分の麦を仕入れてこないといけない。
そして、すべて差し出しても何も残らない。
あとは飢えて死ぬのを待つだけだ。
暴動が起きると考えた徴税官は領主に訴え、領主が国王に陳情に向かう。
そこまでは誰でも予想できる。

問題はその陳情がまだ起きていないという事実だ。
6月の貴族会議まで待つつもりなのか?
貴族の能天気さと農民の我慢強さに裏切られた状態が続いている。

「エリザベート、もう陳情は当てにできんぞ。暴動はいつ起こると思う」
「残念ながら判りません」
「それでは困るのだ」
「判っておりますが、どうしようもありません」

ヴォワザン家は小麦で大儲けを企む大悪党という噂を流して倉を襲わせようしているが、貧しい民を助ける善良な聖女様は必ず助けの手を差し伸べてくれるという噂が拮抗している。
領民らはその希望にすがって耐えている。

「はっきり言うぞ! もう待てない」
「そうですね! あと2日だけお待ち下さい。明々後日しあさっての早朝に大司教様にお目通りして、すべての小麦を寄付して参ります」
「それしかあるまい」
「我が家も大損ですが、商人を使って大儲けしようとする侯爵らも大損です。彼らが悔しがる顔を拝んで溜飲りゅういんを下げ下さい」
「ふふふ、悔しがるであろうな! 金は手に入らぬが名声を手にする。我が家の名声は天を突き破ろう!」
「すべて父上の功績です」
「ですが、国王はお怒りになられないのですか?」
「それを言うな、アンドラ!」

国王に献上できない。
民が困窮しているからお配り下さいなんて言えば、ラーコーツィ家辺りから「国政に口を阻むか」とお叱りを受けて、小麦の行方は知る由もない。

だからと言って、6月の貴族会議を待てば小麦は巻き上げられて、相場を不当に吊り上げた悪者にされる。

民に渡そうと思えば、教会経由じゃないと渡らない。

しかし、何もしてくれなかった王や領主を恨む声が上がり、国王を始め多くの貴族に恨まれることになる。
罪は問われないが王宮から恨みを買う。

丸く収めるには国王からやると言い出すしかないのだ。
侯爵辺りが陳情して便乗するのが一番だが巧く運ばない。
王族の馬鹿さ加減が嫌になる。
ならば、暴動などが起こり、預けた小麦が奪われるという父上が動いてもおかしくない状況を作ろうとしたが、聖女の噂がブレーキを掛ける。

結局、国王に恨まれるが教会を通じで小麦を放出する決断に迫られている。

今、ここにいる。

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