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28.生活向上に欠かせません。

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南領の視察を終えて馬車は東領に入った。
馬車を止めたのは小麦の集積所になっているホメリである。
むかし、ダンジョン攻略に使った集積所だ。
以前は大型の簡易テントだったが、領主から土地を借りで本格的な中継所として倉をいくつも建てた。
今では倉庫が立って立派な中継町になっており、代官所を借りて一泊する。
馬車が入ると、支配人の代官が走ってきた。

「これは、これはエリザベート様、ご苦労様でございます」
「変わりありませんか?」
「はい、すべてが順調でございます」
「そうですか!」
「ご領主様がエリザベート様の御到着次第、これを渡せと招待状を預かっております」

マリアが12歳になった春先の大洪水が起こり、夏の日照りで大不作になる。
パンを求めて暴動が起こり、町には飢えた人が溢れた。
マリアの住むラグミレタの町も例外でない。
収穫の少ないラグミレタから国王の命に小麦を送らねばならず、王都より酷い惨状が広がっていたかもしれない。
その惨状に憂いたマリアはイレーザに頼んで食糧を手にいれて炊き出しを行った。
その噂を聞き付けて多くの人がやってくる。
その中に痩せ細り食事も取れない子供が多くいた。
子供達は死を迎えるだけであった。
マリアは何とか助けたいと祈り、そこで魔力が発現したのだ。
この奇跡が『黒髪の聖女』に誕生であった。
これをきっかけにマリアは司教バートリー卿の養女となった。

しかし、私が知るマリアは、すでに司教バートリー卿の養女になっている。
私が光の巫女なんて言ったからね!
今は炊き出しや修学院の手伝いをしている。

去年、南方交易所から300万金貨(3000億円)を借りて小麦を買い占めた。
王国中の町の倉を借りて小麦袋を山積みにしている。
またまた、父上が青い顔した。
隠し財産が山ほどあるのだから、ドンと構えておけばいいのにね!

私の予言通りに大雨が降り、4月から日照りになった。
各地の報告で農作物の収穫は半分に届くかどうか怪しくなっている。
この東領も同じだ。

相場の値が吊り上り、交易所と関係の深い商人らは倉に貯めていた小麦を売って大儲けをしている。
我がヴォワザン家は小麦を1粒もまだ売っていない。

「旦那様の青い顔が解消されそうですね」
「トーマ、貴方にしては早計よ。王家との交渉があるから、まだ青い顔をされていると思うわ」
「伯爵様はまだ解放されないということですか」
「父上にはがんばって貰わないといけないのよ。トーマもそう思うでしょう」
「はい、旦那様に掛かっております」

すでに不作を見越して、買い占める商人が後を絶たない。
交易所と関係の深い商人らは相場が5倍を超えている前に売ってしまったと言っている。
我が家が売り始めれば値が崩れる。
そう思っていたのだろう。

翌日、私らは東領の領主であるエスト侯爵と対面した。

「エリザベート、よく来てくれた」
「お招きにより参上致しました」
「うむ、まずは掛けてくれ! おや、今日は弟ではないのだな?」
「お初にお目に掛かります。ヴォワザン伯爵の家臣、トーマ・ファン・アルバと申します。父は王都騎士で男爵でございます」
「エリザベート、直臣か!」
「はい、その通りでございます」
「話というのは他でもない。ホメリ中継所のことだ」
「はい?」

小麦の買い取りの話じゃない?
話は領都の商人らがホメリ中継所に支店を出したいと言うものだった。
南方と王都の商人らが頭越しに交渉が進むのが嫌らしく、ホメリ中継所に常駐する商人を置きたいらしい。

そっちの話か!
悪い話じゃないが、時期が悪い。
こちらも倉を増築したいので交換条件で追加の土地を譲って貰いたいが、さらに借金を増やしたら父上も怒り出すだろう。

金がない訳じゃない。

復興に投資を続けてきた。
香辛料を求めて、多くの人が行き交うようになった。
街道に宿を作ると、周りに店が立ち町になる。
畑を作ると町を守る冒険ギルドができる。
最初に金貨10枚で買った土地が金貨1万枚になって売れてゆく。
バブルだ!
南方はバブル成長に入っていた。

新興の商人が生まれ、商会がいつくも生まれた。
冒険者が増え、店主が生まれ、農民が住み付き、漁民も増えた。
ベンチャー事業の元締めはヴォワザン家だ。

我が家の隠し財産は倍々に膨らんで凄いことになっている。

でも、隠し財産で使えない。
我が家は南方交易所から300万金貨を借りて破産寸前ということになっている。
買いたくても買えない。

「トーマ、侯爵の要望を叶え、さらに新しい倉を手に入れる良い策はないですか?」
「新たに土地を別けて頂くのが簡単ですが?」
「父上が倒れてしまうわ」
「来年以降では拙いですか?」
「そんなに待てない」
「なるほど」

トーマは頷くと首を捻って少し考えた。
何か思い付いたときの仕草だ。
トーマの頭の中では電卓が叩かれて試算が出来上がってゆく。

「侯爵様、ホメリ中継所の周辺に新たな町を造る気はございませんか。もちろん、町を造る費用は領内の商人ら出させます。侯爵は土地を貸すだけでございます」
「それくらいなら可能だ」
「では、貸し出した土地を東領の商人に分け与え、その屋敷に南方と王都の支店を作る許可を与えれば、東領の商人は大家おおやとなり、南方と王都の商人を店子たなことして迎えることができます。王都、東、南に大きな絆が作れると思います」
「おぉ、それは名案だ」
「侯爵は町を造る必要はありません。すべて東領の商人に任せればよいと思います。そこから上がってきた税収で外壁を作れば、副領都の機能を持つことになります。侯爵様の名声はさらに高くなることでしょう」
「エリザベート、異存はないか?」
「ございません。できますれば、我らの倉を増設する許可が頂きたいと思います」
「許す」
「交通も増えますので、道は広くなるようにお命じ下さい」
「任せておけ。よい話を聞かせて貰った」

後は、子息や奥方を入れたお茶会に変わった。
他愛もない話が続き、つまらない時間を過ごす。
酒に酔ったのか、トーマが12歳という未成人だった為か、侯爵がトーマを引き抜こうとする。

マナー違反だ。

「今すぐにという話ではない。学園を卒業した後だ。領地と城をやろう。我が娘を嫁がしても良い。どうだ、我が家に来ぬか!」
「侯爵様、お戯れはおよし下さい」
「俺はそのトーマが気に入った。中々の知恵者だ。リュディガーでは領地経営が心もとない。トーマのような腹心がいれば安心だ。エリザベートには悪いが儂にトーマをくれんか!」
「申し訳ございません。トーマは唯一無二の家臣でございます。領地と交換と申されてもお断りいたします」
「そえほどの才があると認めておるのか!」
「はい、わたくしの右腕でございます」

まだまだ作って貰いたい物が沢山あるのよ。
ドライヤーや化粧水とかの研究もして欲しいし、蛇口で注げるシャワーとお風呂も欲しい。
生活向上に欠かせないのよ。

侯爵は奥方にたしなめされて諦めてくれた。

トーマの目がうるうるしているけど、何かあったのかしら?

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