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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
閑話(四十四夜) 堺、会合衆の悲鳴と魚屋派遣
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〔天文十七年 (一五四八年)七月二十日〕
堺は自由交易湊として栄えている。
だが、自由湊となった歴史は浅く、天文年間に入った頃は細川京兆家の細川高国が堺南北荘を支配していた。
細川京兆家は更なる財源を求め、南荘代官の富永元家に遣明交易を推進させたことが堺を大きく発展させることに寄与した。
我らは幕府のお墨付きをもらって大内家を経由して遣明交易で莫大な富を得た。
高国が没落し、細川京兆家の当主は細川晴元の手に移ったが、細川京兆家の内乱は酷くなるばかりで落ち着くことはなく、家人であった三好家が台頭して力を付けた。
その三好家が堺奉行として加地久勝が派遣する頃には、堺は自由交易湊となっていた。
まず、我らは主要な神社(堺南荘開口神社(神宮寺念仏寺)、住吉神社など)の祭礼頭人を務め、神社から商業活動を保証してもらい、様々な勢力に銭を借款として供与することで発言力を得た。
堺を支配する会合衆は、湊で納屋を貸したことがはじまったことから、『納屋衆』とも、あるいは、有力者が十人であることから『十人衆』とも呼ばれる。
会合衆は室町の世で発展した自治組織である『惣』の1つであり、堺湊のみの特有な呼び方ではなく、周辺の湊や町でも有力者の集まりを会合衆と呼んでいる。
熱田神宮の熱田衆も会合衆の一つである。
堺の会合衆の長は、能登屋、臙脂屋と続き、次に納屋、しばらく皮屋の武野-紹鷗殿が務めたが、再び納屋に戻った。
私は紹鷗殿の娘を妻に迎えたことで、紹鷗殿は隠居して私にその地位を譲ってくれた。
納屋の今井-宗久、私が会合衆の長となった。
今の会合衆の十衆は、納屋、皮屋、三宅屋、和泉屋、能登屋、臙脂屋、天王寺屋、魚屋などである。
天王寺屋の主人だった兄弟子の新五郎殿は隠居し、息子の助五郎に家督を譲った。
その助五郎も父に茶道を習い、大徳寺住持の大林宗套には禅を学び、今は宗及を名乗っている。
張り切っていた為か、長島に寄ったついでに熱田に足を延ばし、織田家と『桶売り』という三大宗派と酒の取引をする大きな仕事を持ち帰った。
そんな奇抜な取引を考えたのは、織田-魯坊丸という尾張の虎の小倅という。
神童で名を売っている織田家の麒麟児だ。
取引の内容は、堺商人にとって有利であった。
月々で三百石船一艘以上の契約を結べば、堺まで荷を運んでくれるという。
しかも利益を三等分しようと良心的な考えであり、年端のいかぬ尻の青い商人が考えそうな話であった。
宗及は非常に魯坊丸を買っていた。
尻が青い者同士で気があったのであろうと思っていた。
私は宗及の熱意に賛同した。
この話は、堺の会合衆にとってうま味しかない話だったからだ。
だが、弟弟子の魚屋の田中-与四郎は違った。
与四郎も紹鷗殿から茶道を習い、今は宗易を名乗る。
宗易は「取れるときに取る」という商道の真髄を貫いた。
弱腰の魯坊丸に対して強気な姿勢で挑み、『桶売り』の話を保留させた。
自ら熱田に赴いて、仕入れ値を下げるつもりだった。
それが、今年の五月の話である。
六月はじめ、私は朝廷より召喚を受けて、京に上がると山科言継より比叡山延暦寺をはじめ、京の大徳寺、本圀寺、さらに大和興福寺、摂津石山御坊などに熱田の酒を運んでほしいと頼まれた。
言継の話は、先日の織田家から依頼された『桶売り』そのものであった。
契約で違うところは、熱田から寺までの運送の責任を堺衆が責任を持つという厳しい条件が加えられていた。
「山科卿様、これはどういうことでございますか?」
「帝に酒を献上した織田家から依頼されました。織田家が大量の酒を持ち込んでは、比叡山延暦寺をはじめ、多くの寺々を敵に回す。麿が売る程度で目くじらを立てる者はいないでしょうが、毎年となると問題でおじゃります」
「そうでございますな」
「しかし、熱田の酒を寺に納め、その酒を寺の酒に加えて、独自の酒として売れば、熱田の酒を売っている訳ではおじゃりません。熱田の酒は引き立て役でおじゃります」
朝廷に召喚を受けた時点で、私は京に使いを出して調べさせていた。
六月一日の日室の節句で織田家が大量の酒を献上し、その残りの酒を山科言継が売っているという情報が集まった。
また、商売をさせてもらっている大徳寺に公家様から熱田の酒を転売して、儲ける気がないかという誘いがきていると聞いていた。
織田家が公家に頼んで独自に京の寺に酒を売ることを模索しているのが察せられ、大量の酒を売るのに織田家も苦肉していると考えていた。
しかし、山科言継が提出してきた依頼は、熱田が堺に出してきた『桶売り』そのものであった。
但し、仲介役が堺の会合衆から朝廷に代わっていた。
抜かったわ。
私は魚屋の動きを許した自分自身の甘さを呪った。
三大宗派と交渉できるのは、我らのみと思い込んだのが間違いであったことに気づいた。
朝廷を巻き込む手があったのだ。
そもそも帝が熱田の酒を気に入ったことではじまった。
朝廷が織田家に肩入れする土台があったのだ。
だが、私は帝が織田家の貢献に感謝しても、ここまで肩入れすると考えていなかった。
「おほほほ、宗久殿。不思議がることはおじゃりません。一升につき三文の献金を織田家が約束してくれました。運ぶ酒の総量を献金に計算しますと、最低でも千貫文を毎年納めるというのでおじゃります。このような機会を逃せると思いますか」
私は目眩がした。
会合衆の多くが宗易に唆されて、熱田の『桶売り』案を拒絶したことを止めなかったことを後悔する。
そう言えば、宗及が「こんなことをすれば、後悔いたしますぞ」と恨み節を吐いていた。
魯坊丸、否、魯坊丸様は平手政秀の愛弟子であったか。
弟子の失態を師匠が尻拭いするのはよくある話だ。
商機を逃した。
山科卿は運送を受けないのならば、兵庫湊に京と大和の商人に声を掛けて、湊を大規模な改修で大きな交易湊とし、この役目を兵庫商人に担ってもらうと脅された。
堺商人を蹴落として、京と大和の商人に譲らせる?
商人に商人をぶつけてくる当りが憎らしい。
私は独断で決められないと断わって堺に戻り、有力者の十人を集めて合意した後に京に戻り、比叡山延暦寺、大徳寺、本圀寺、大和の興福寺、摂津の石山御坊と約定を交わした。
一緒に回った平手政秀殿はやはり油断できぬ御仁であった。
その政秀殿は魯坊丸様を優れた神童と語っていた。
七月二十日、一度堺に戻った宗久は堺衆への報告を行った。
決して損な取引ではないが、荷を失った場合の補填と朝廷への献金が加わって、当初の話より儲けが減ったことに会合は荒れた。
魚屋の言葉に乗った大店が苦情の声を上げた。
「最低でも納品額を2,3割は下げてみせると豪語したのは誰ですか」
「儲かるどころか後退しているではないか」
「魚屋さん、話が違う」
「どう責任を取るつもりだ」
魚屋の宗易は大きな体をびくりとも動かさず、ただ目を閉じて、反論もせずに非難を受けていた。
天王寺屋の宗及にはこうなることがわかっていたようで腕を組んで何も言わない。
激しい罵倒が終わって話し合いがはじまった。
負担と配当を会合衆八割、請負人二割。
必要経費を除く、儲けの八割を会合衆が預かるのは、朝廷への寄付金を捻出する為だ。
又、船が難破した場合などの負担を軽減する処置でもある。
皆、文句を言っているが、納得してくれた。
「天王寺屋さん。今後はどうするのがよいと思われますか」
「ひとまず、熱田に赴いて詫びを入れるのが宜しいと思います。それから今後の予定を決めてくる必要がございます」
「それでは、天王寺屋さんに行ってもらうということで宜しいか」
織田家と親しい宗及が赴くことに決まりかけたが、そこで宗易が口を開き、「此度の失態は私にあります。どうか謝罪は私にさせて頂きたい」と皆を説得した。
宗易も直に魯坊丸様を見たいと思ったのだろう。
私はすぐに京に戻らねばならないので、同行できないのが残念でしかなかった。
会議が終わってから、宗及を茶に誘った。
「宗及、私は少し其方を恨んでおる」
「何のことでしょうか?」
「魯坊丸様が恐ろしい方と知っていたのではないか?」
「私は何度もそう申しておりました。織田家を侮ってはならん。商機を逃すことになると」
「もっと具体的なことを言えば、皆も納得したのではないか」
「兵庫湊の件ですか」
「そうだ」
「兵庫湊のことは知りません。また、平手政秀殿の弟子という話も知りません。しかし、この目で熱田商人らを説得する魯坊丸様を見ました。『桶売り』案を考えたのも魯坊丸様、説得したのも魯坊丸様です。熱田商人らを導いているのは、間違いなく魯坊丸様です」
「何故、以前は言わなかった」
「どこまで話せるかがわかりませんでした。下手なことを言えば、私が魯坊丸様から信用を失います。余り目立つことはお好きではありませんでした」
「今は話してよいのか?」
「平手殿が宗久殿に魯坊丸様が世話になったと挨拶されたなら、この程度ならば問題ないでしょう」
「他にもあるのだな」
「他言無用にして頂けますか」
私は頷いた。
宗及は織田家で南蛮船を建造しているという事実であった。
噂では聞いていたが事実らしい。
三百石船の十倍の三千石船を建造中であり、その完成した模造品は美しい船だそうだ。
そして、宗及はトンでもないことを言った。
「三千石船は喫水が深い湊でなければ停泊できません。兵庫湊は底が深いと聞きます。対して堺湊は、兵庫に比べて遠浅です。海を埋め立て、大きな桟橋を造らねば、遠からず兵庫に拠点の湊を移すことになります。湊の改修に皆様が納得しないようならば、兵庫湊に拠点の一つを用意するつもりであります」
兵庫湊の話は、堺の会合衆を脅すだけの文句ではなかった。
魯坊丸様は日の本に八ヶ所の巨大な湊を建造し、その八ヶ所を拠点に大小の船で物資を輸送する構想を持たれているらしい。
発想が桁違いに大きい。
宗及が魯坊丸様を気に入った訳がわかった。
政秀殿は山科言継様を自宅に招いて、その豪華さで度肝を抜いたという。
その愛弟子の魯坊丸様は巨大な船で日の本中の民を驚かすか。
師匠に負けぬ弟子のようだ。
魯坊丸様との取引は気を引き締めよう。
さて、京に戻って政秀殿と畿内の寺巡りだ。
精々、堺に今井宗久ありと名を売っておくか。
堺は自由交易湊として栄えている。
だが、自由湊となった歴史は浅く、天文年間に入った頃は細川京兆家の細川高国が堺南北荘を支配していた。
細川京兆家は更なる財源を求め、南荘代官の富永元家に遣明交易を推進させたことが堺を大きく発展させることに寄与した。
我らは幕府のお墨付きをもらって大内家を経由して遣明交易で莫大な富を得た。
高国が没落し、細川京兆家の当主は細川晴元の手に移ったが、細川京兆家の内乱は酷くなるばかりで落ち着くことはなく、家人であった三好家が台頭して力を付けた。
その三好家が堺奉行として加地久勝が派遣する頃には、堺は自由交易湊となっていた。
まず、我らは主要な神社(堺南荘開口神社(神宮寺念仏寺)、住吉神社など)の祭礼頭人を務め、神社から商業活動を保証してもらい、様々な勢力に銭を借款として供与することで発言力を得た。
堺を支配する会合衆は、湊で納屋を貸したことがはじまったことから、『納屋衆』とも、あるいは、有力者が十人であることから『十人衆』とも呼ばれる。
会合衆は室町の世で発展した自治組織である『惣』の1つであり、堺湊のみの特有な呼び方ではなく、周辺の湊や町でも有力者の集まりを会合衆と呼んでいる。
熱田神宮の熱田衆も会合衆の一つである。
堺の会合衆の長は、能登屋、臙脂屋と続き、次に納屋、しばらく皮屋の武野-紹鷗殿が務めたが、再び納屋に戻った。
私は紹鷗殿の娘を妻に迎えたことで、紹鷗殿は隠居して私にその地位を譲ってくれた。
納屋の今井-宗久、私が会合衆の長となった。
今の会合衆の十衆は、納屋、皮屋、三宅屋、和泉屋、能登屋、臙脂屋、天王寺屋、魚屋などである。
天王寺屋の主人だった兄弟子の新五郎殿は隠居し、息子の助五郎に家督を譲った。
その助五郎も父に茶道を習い、大徳寺住持の大林宗套には禅を学び、今は宗及を名乗っている。
張り切っていた為か、長島に寄ったついでに熱田に足を延ばし、織田家と『桶売り』という三大宗派と酒の取引をする大きな仕事を持ち帰った。
そんな奇抜な取引を考えたのは、織田-魯坊丸という尾張の虎の小倅という。
神童で名を売っている織田家の麒麟児だ。
取引の内容は、堺商人にとって有利であった。
月々で三百石船一艘以上の契約を結べば、堺まで荷を運んでくれるという。
しかも利益を三等分しようと良心的な考えであり、年端のいかぬ尻の青い商人が考えそうな話であった。
宗及は非常に魯坊丸を買っていた。
尻が青い者同士で気があったのであろうと思っていた。
私は宗及の熱意に賛同した。
この話は、堺の会合衆にとってうま味しかない話だったからだ。
だが、弟弟子の魚屋の田中-与四郎は違った。
与四郎も紹鷗殿から茶道を習い、今は宗易を名乗る。
宗易は「取れるときに取る」という商道の真髄を貫いた。
弱腰の魯坊丸に対して強気な姿勢で挑み、『桶売り』の話を保留させた。
自ら熱田に赴いて、仕入れ値を下げるつもりだった。
それが、今年の五月の話である。
六月はじめ、私は朝廷より召喚を受けて、京に上がると山科言継より比叡山延暦寺をはじめ、京の大徳寺、本圀寺、さらに大和興福寺、摂津石山御坊などに熱田の酒を運んでほしいと頼まれた。
言継の話は、先日の織田家から依頼された『桶売り』そのものであった。
契約で違うところは、熱田から寺までの運送の責任を堺衆が責任を持つという厳しい条件が加えられていた。
「山科卿様、これはどういうことでございますか?」
「帝に酒を献上した織田家から依頼されました。織田家が大量の酒を持ち込んでは、比叡山延暦寺をはじめ、多くの寺々を敵に回す。麿が売る程度で目くじらを立てる者はいないでしょうが、毎年となると問題でおじゃります」
「そうでございますな」
「しかし、熱田の酒を寺に納め、その酒を寺の酒に加えて、独自の酒として売れば、熱田の酒を売っている訳ではおじゃりません。熱田の酒は引き立て役でおじゃります」
朝廷に召喚を受けた時点で、私は京に使いを出して調べさせていた。
六月一日の日室の節句で織田家が大量の酒を献上し、その残りの酒を山科言継が売っているという情報が集まった。
また、商売をさせてもらっている大徳寺に公家様から熱田の酒を転売して、儲ける気がないかという誘いがきていると聞いていた。
織田家が公家に頼んで独自に京の寺に酒を売ることを模索しているのが察せられ、大量の酒を売るのに織田家も苦肉していると考えていた。
しかし、山科言継が提出してきた依頼は、熱田が堺に出してきた『桶売り』そのものであった。
但し、仲介役が堺の会合衆から朝廷に代わっていた。
抜かったわ。
私は魚屋の動きを許した自分自身の甘さを呪った。
三大宗派と交渉できるのは、我らのみと思い込んだのが間違いであったことに気づいた。
朝廷を巻き込む手があったのだ。
そもそも帝が熱田の酒を気に入ったことではじまった。
朝廷が織田家に肩入れする土台があったのだ。
だが、私は帝が織田家の貢献に感謝しても、ここまで肩入れすると考えていなかった。
「おほほほ、宗久殿。不思議がることはおじゃりません。一升につき三文の献金を織田家が約束してくれました。運ぶ酒の総量を献金に計算しますと、最低でも千貫文を毎年納めるというのでおじゃります。このような機会を逃せると思いますか」
私は目眩がした。
会合衆の多くが宗易に唆されて、熱田の『桶売り』案を拒絶したことを止めなかったことを後悔する。
そう言えば、宗及が「こんなことをすれば、後悔いたしますぞ」と恨み節を吐いていた。
魯坊丸、否、魯坊丸様は平手政秀の愛弟子であったか。
弟子の失態を師匠が尻拭いするのはよくある話だ。
商機を逃した。
山科卿は運送を受けないのならば、兵庫湊に京と大和の商人に声を掛けて、湊を大規模な改修で大きな交易湊とし、この役目を兵庫商人に担ってもらうと脅された。
堺商人を蹴落として、京と大和の商人に譲らせる?
商人に商人をぶつけてくる当りが憎らしい。
私は独断で決められないと断わって堺に戻り、有力者の十人を集めて合意した後に京に戻り、比叡山延暦寺、大徳寺、本圀寺、大和の興福寺、摂津の石山御坊と約定を交わした。
一緒に回った平手政秀殿はやはり油断できぬ御仁であった。
その政秀殿は魯坊丸様を優れた神童と語っていた。
七月二十日、一度堺に戻った宗久は堺衆への報告を行った。
決して損な取引ではないが、荷を失った場合の補填と朝廷への献金が加わって、当初の話より儲けが減ったことに会合は荒れた。
魚屋の言葉に乗った大店が苦情の声を上げた。
「最低でも納品額を2,3割は下げてみせると豪語したのは誰ですか」
「儲かるどころか後退しているではないか」
「魚屋さん、話が違う」
「どう責任を取るつもりだ」
魚屋の宗易は大きな体をびくりとも動かさず、ただ目を閉じて、反論もせずに非難を受けていた。
天王寺屋の宗及にはこうなることがわかっていたようで腕を組んで何も言わない。
激しい罵倒が終わって話し合いがはじまった。
負担と配当を会合衆八割、請負人二割。
必要経費を除く、儲けの八割を会合衆が預かるのは、朝廷への寄付金を捻出する為だ。
又、船が難破した場合などの負担を軽減する処置でもある。
皆、文句を言っているが、納得してくれた。
「天王寺屋さん。今後はどうするのがよいと思われますか」
「ひとまず、熱田に赴いて詫びを入れるのが宜しいと思います。それから今後の予定を決めてくる必要がございます」
「それでは、天王寺屋さんに行ってもらうということで宜しいか」
織田家と親しい宗及が赴くことに決まりかけたが、そこで宗易が口を開き、「此度の失態は私にあります。どうか謝罪は私にさせて頂きたい」と皆を説得した。
宗易も直に魯坊丸様を見たいと思ったのだろう。
私はすぐに京に戻らねばならないので、同行できないのが残念でしかなかった。
会議が終わってから、宗及を茶に誘った。
「宗及、私は少し其方を恨んでおる」
「何のことでしょうか?」
「魯坊丸様が恐ろしい方と知っていたのではないか?」
「私は何度もそう申しておりました。織田家を侮ってはならん。商機を逃すことになると」
「もっと具体的なことを言えば、皆も納得したのではないか」
「兵庫湊の件ですか」
「そうだ」
「兵庫湊のことは知りません。また、平手政秀殿の弟子という話も知りません。しかし、この目で熱田商人らを説得する魯坊丸様を見ました。『桶売り』案を考えたのも魯坊丸様、説得したのも魯坊丸様です。熱田商人らを導いているのは、間違いなく魯坊丸様です」
「何故、以前は言わなかった」
「どこまで話せるかがわかりませんでした。下手なことを言えば、私が魯坊丸様から信用を失います。余り目立つことはお好きではありませんでした」
「今は話してよいのか?」
「平手殿が宗久殿に魯坊丸様が世話になったと挨拶されたなら、この程度ならば問題ないでしょう」
「他にもあるのだな」
「他言無用にして頂けますか」
私は頷いた。
宗及は織田家で南蛮船を建造しているという事実であった。
噂では聞いていたが事実らしい。
三百石船の十倍の三千石船を建造中であり、その完成した模造品は美しい船だそうだ。
そして、宗及はトンでもないことを言った。
「三千石船は喫水が深い湊でなければ停泊できません。兵庫湊は底が深いと聞きます。対して堺湊は、兵庫に比べて遠浅です。海を埋め立て、大きな桟橋を造らねば、遠からず兵庫に拠点の湊を移すことになります。湊の改修に皆様が納得しないようならば、兵庫湊に拠点の一つを用意するつもりであります」
兵庫湊の話は、堺の会合衆を脅すだけの文句ではなかった。
魯坊丸様は日の本に八ヶ所の巨大な湊を建造し、その八ヶ所を拠点に大小の船で物資を輸送する構想を持たれているらしい。
発想が桁違いに大きい。
宗及が魯坊丸様を気に入った訳がわかった。
政秀殿は山科言継様を自宅に招いて、その豪華さで度肝を抜いたという。
その愛弟子の魯坊丸様は巨大な船で日の本中の民を驚かすか。
師匠に負けぬ弟子のようだ。
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