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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

四十四夜 信光の帰国と尾張伊賀衆の拡張

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 〔天文十七年 (一五四八年)七月二十日〕
七月十五日は祖先の霊を供養する『中元節』(鬼節)である。
祖先の霊が戻ってくる季節が七月であり、その真ん中になる15日が最も多くの霊が戻ってくると伝わっている。
所謂、お盆だ。
それぞれの家で先祖の霊を迎えるお供え物をする。
寺に行って供養する者もいる。
まだ、葬式で使われている線香が存在せず、線香の代わりに護摩ごま(胡麻)を焚く。
逆か、護摩を炊く代わりに線香を焚くように変わったのかもしれない。
蚊取り線香を改良して、香り付きの線香を売ってみるか。
先祖を送るのに、山などで送り火を焚く風習もあった。
代表的なものが京の五山ござんの送り火だ。
信光叔父上は五山の送り火を見物してから尾張に戻ってきた。
山に字を書くような行事ではない。
巨大な送り火は万灯会まんとうえと呼ばれ、山腹に点火されて盂蘭盆会うらぼんえを巨大な送り火で精霊送りを行う。
〔盂蘭盆会:祖先の冥福を祈る仏教行事のこと〕
それがいつの頃か、その送り火で文字を書くようになって、見世物みたいになっていったのだろう。
実のところ、よくわからん。
帰ってきた信光叔父上は、津島に寄ってから末森の親父に報告に行った。
そして、義父上、大喜五郎丸、数珠屋、尾張伊賀衆の代表数名を呼んで置くように命じられた。
信光叔父上は昼過ぎにやってきた。

「魯坊丸、久しいな。中々、斉藤家と楽しい交渉をやっているではないか」
「交渉は難しいです。早く平手殿に戻ってきてもらわねば困ります」
「それは無理だ。延暦寺、興福寺、石山御坊などとの交渉が終わったが、桶買いを希望する寺が増えておる」
「嵯峨の臨川寺でしたか?」
「山科卿が張り切っておられる。平手は大和、摂津、河内まで足を伸ばすことになりそうだ。来月まで終われば、良い方だろう」
「酒に売り先が増えるのは、こちらとしては助かります」

様々な寺から声が掛かり、予定販売量の倍が見込まれる。
つまり、織田家から朝廷への献金が二千貫文に増える。
山科言継はもうホップ・ステップ・ジャンプとウキウキで、あちらこちらの寺に声を掛けており、平手政秀はしばらく解放されそうにない。
この調子なら冬と春はフル活動させても問題なさそうだ。
桶の木材を美濃斉藤家に受注することを決め、これも交渉材料に一つに加えた。
信光叔父上は斉藤家が織田家の要求した白石を揃えてきた場合を心配していた。

「もし白石を揃えてきたら、交渉権だけに一千貫文も払う気だったのか?」
「用意などできません。美濃に住むすべての領民に課役を課しても数ヶ月はかかります。それほど大量の白石を要求したのです。もし、採掘できないことに気づかずに合意されたときはどうしようかと焦っておりました」
「なるほど。最初から出来ぬことを要求してきたと、山城殿が怒りそうだな」
「ですから、正貞にそれとなく採掘に架かる費用を教えて、向こうに伝わるようにしました。気づいてくれて助かりました」

正貞は道空との事前の打ち合わせで、採掘に掛かる費用の概算参考を渡した。
それが稲葉山城の勘定奉行の手に渡り、織田家が要求した白石の採掘費を捻出し、斉藤家に入る収入を計算していた。
その額の大きさに利政は微笑んだかもしれない。
だがしかし、そこに氏家うじいえ-直元なおもとが飛び込んできた。
直元は利政から西美濃を預かっている武将だ。
勘定武将の要求で白石を用意するように命じられたが、そんな量を用意できないことに気づいて稲葉山城に登城した。
同盟の仮調印間際だったが、勘定奉行が止めてくれて助かった。
調印した後なら「おのれ、騙したな」と同盟破棄になりかねない一歩手前だ。
だが、白石を採掘する為の費用が膨大であることに気づいてもらえた。
これで採掘したくとも、斉藤家に投資する銭がない。
将棋で例えるなら、『詰めろ』が掛かった状態だ。
こちらの思惑通りに進む。
白石を用意すれば即金で払うが、前金は一切渡さないぞ。
持つ者が主導権を握る。
やっと採掘権の交渉がはじめられる。
俺は顔がニヤつくのを我慢しながら、信光叔父上に説明した。

「斉藤家は銭が欲しいので白石を売りたい。しかし、売るべき白石が足りない。白石を掘るには大量の銭がかかるが、斉藤家にはその銭がありません」
「よく考えたな」
「偶然です。美濃には白石がありましたが、こちらが求める量がありませんでした。どうやって採掘量を増やそうかと悩んでいたのです。その悩みを斉藤家にのしを付けて送っただけです」
「銭のない斉藤家では解決できないか」
「銭が欲しい斉藤家は頭を下げるしかありません。できるだけ安値で採掘権を買い取るつもりです」
「がははは、蝮の顔が歪むか。面白い。面白いぞ」

信光叔父上を喜ばせる為にやっているのではない。
しかし、そんな話をする為に、他の者を集めた訳ではないのだろう。
前座の話が終わると、皆の方へ信光叔父上は視線を移した。
これ以上は厄介事を増やさないでほしい。

「織田大和守家の陰謀を暴いた功績は見事である。勝幡城主からすべて聞いた。見事である」
「魯坊丸様の御命令に従っただけでございます」
「織田弾正忠家を裏切った者を摘発できたことに感謝して、尾張伊賀衆に織田-信秀から感状を賜った」
「ありがとうござす」

先月、伊賀田屋家の訓練の一環で津島一帯を調べさせた。
ある者は行商、ある者は河原者、ある者は大橋家の小者として調査を開始した。
津島周辺の地形を把握するのが、一番の目的であった。
しかし、元伊賀十二家評定衆の音羽おとは-仁平太にへいたの指導が付くと、田屋たや-宗時むねときを筆頭に田屋衆の動きは見事に嵌まった。
怪しい家に当たりを付けて、手練れのみを選抜して忍び込ませた。
織田家を裏切る気だった家はそれなりに警戒していたが、気配だけで侵入者を察知できる剣豪か、同じ忍びか、蟻も這い出る隙もない厳重な警戒をしないと、忍びの侵入を防ぐのは難しい。
仁平太に掛かると、どこに密書など隠しているかなど赤子の手を捻るよりたやすく知れた。
年の功というか、経験者は違う。
動いているのは宗時達だ。
短時間で証拠となる手紙や約定を入手し、勝幡城の信実叔父上に渡した。
信実叔父上は少数の兵で乗り込んで、裏切り者をあっさりと捕らえた。
手紙や約定が無くなったことを気づく暇もなかったから、向こうは完全に無防備だったからだ。
本人は言葉の綾とか言っているが、そんな密書を見逃せる訳もない。
織田弾正忠家と清須の織田大和守家に両属するのが処世術としても、信実叔父上が出陣した後に、勝幡城を襲って奪うとかはあり得ない。
こうして、芋づる式に名を連ねた者を処刑し、その他の一族には、「織田弾正忠家の命令に従いますので、どうか従わせて下さい」という請願書を出させた。
裏切ったと言っても、一族郎党の命を取るような無茶はしない。
反織田派の家に、請願書に従って織田派の大橋家や堀田家に繋がる者を送り込む。
同じ津島衆なので反発は少ない。
また、織田派の服部家からも人質を取り、信実叔父上の小姓とした。
これまで津島には織田家の代官を置いていなかったが、今後はすべての領地に代官を置かせることを承知させ、織田弾正忠家による津島支配を強化できた。
たった一ヵ月の成果だ。

「魯坊丸、伊賀者がこれほど優秀とは思っておらなんだ」
「それは俺も同じです。予想以上です」
「そこで末森、守山、那古野、犬山、勝幡の五ヶ所の城に伊賀者を配置して、尾張の国を監視させたい。できるか」
「田屋の話では、織田家に仕えたい伊賀者が多いそうです」

俺は数珠屋に声を掛けた。
数珠屋は問題ないと言ってくれたが、雇うではなく、召し抱えるのが条件らしい。
伊賀は近江の六角、南伊勢の北畠、大和の諸勢力に睨まれており、存続の佳境に差し掛かっているらしい。
伊賀服部家の一部などは三河や知多へ移住し、生き残りを賭けている。
実際、知多半島を拠点としている千賀衆は水野家の侵略を止める為に俺に臣従しており、水野家と織田弾正忠家が同盟を続ける限り、知多の須佐城を拠点する千賀家を攻撃できない。
熱田の酒造所の横に忍びの村ができており、他の家も尾張に拠点を欲したのだろう。
分家を織田家に根付かせて、万が一の逃げ場所を確保する。
そんな感じだろうか?
だが、信光叔父上は伊賀者を召し抱える気はないようだった。

「魯坊丸、面倒は頼んだ」
「お待ち下さい。信光叔父上が召し抱えれば宜しいではないでしょうか」
「兄者も雇うことに同意してくれたが、召し抱える気はない」
「有能なことは証明されました」
「よいか、召し抱えるとなると、一族郎党の面倒をみることになる。家臣団に不満を抱かせぬように配慮せねばならん。そこが面倒なのだ」
「そう言われても」
「駿河の今川も藤林の伊賀者を三百人ほど雇っているそうだな。そう聞いたが間違いないな」
「私も伊賀者からそう聞いております」
「だが、召し抱えた訳ではない。おそらく、頭領の藤林のみ召し抱えているのだろう。その程度なら、こちらも応じられる」

伊賀者に領地を与えないが、働きに応じて高額の銭を支払う。
新参者に大金を与えれば、今仕えている家臣らが不満を抱く。
雇うだけならば高額でも許されるが、召し抱えると亀裂を生むらしい。
その点、俺はうってつけだった。
俺の家臣は新参者ばかりで、伊賀者を召し抱えても不満をいう者はいない。
臣従しているのは、知多の千賀家のみ。
中根南城の家臣は、義父上の家臣であって俺の家臣ではない。

「数珠屋、城と尾張の監視に何人くらい必要だ」
「そうでございますね。最低でも百人は必要と思われます」
「百人だな。魯坊丸、それで良いな」

一気に百人も家臣を増やすのか。
面倒そうだな。
費用は親父らが払ってくれるようだが、彼らのケアーは俺がすることになる。
…………。
すぐに返事できなかった。

「魯坊丸様、私にお任せ下さい。まだ魯坊丸様のお助けになれませんが、忍びの世話ならば、私でもできます。私にやらせて下さい」
「千代、本気か」
「魯坊丸様の力になりたいのです」
「十分に助かっている」
「いいえ、私は未熟です。魯坊丸様を助ける力がございません。しかし、忍びの世話ならばできます」

目をキラキラと輝かせて千代女が嘆願した。
護衛だけで十分なのに、まだ背負い込む気か。
やらせて、やらせて。
犬のようなさくらが尻尾をブンブンと振って、お願いするときの表情に似ていた。
師妹だな。
俺は千代女の熱意に負けて、信光叔父上の要望を受けることにした。
仁平太は優秀そうだし、丸投げだ。
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