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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

三十九夜 斎藤利政(道三)との情報戦はおままごと

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏五月二十六日から六月八日〕
五月二十五日に信光叔父上が京に出発し、美濃斉藤家の交渉という仕事を増やしたので、俺は大忙しだ。小細工の下地を作った。
二十五日と二十六日は熱田に出向いて、加藤順盛、千秋季忠、五郎丸をはじめ、熱田の大店を集めて噂の口裏合わせをお願いすると、美濃に酒を運ぶ者らにもさり気なく、嘘を混ぜた情報操作をお願いしておく。
イソップ童話にある『狼と少年』で、少年が「狼がきた」と嘘をいい続けると、誰もそれを信じなくなる。
そして、本当に狼がきた時に対処できなくなる。
嘘が五パーセント以下ならば、人間はその情報を真実と考え、逆に六十五パーセントを超えると、どちらも信じられなくなる。
二十に一つの嘘を仕掛ける。
土佐の浦戸の奥で白石が取れるのは真実だ。
土佐で白石が売っているのも本当だ。
購入はこれから行かせる。
大きな船をいずれ建造するのも真実だ。
見通しが立っていない事は伏せる。
まだ、土佐の採掘場は山奥なので開発はされていないが、大量に買い付けに行かせる。
買えるかどうかは怪しいが、土佐に行かせるという事実が重要だ。
そんな真実の情報に、「土佐で白石を大量に採掘しようとしている者がいる」という嘘を混ぜた。
これから人を派遣して採掘場を探させるので、お手盛りもいい所だ。
だが、真実の海に沈めれば、真実に聞こえる。
さらに、大喜屋の手代に酒場で「魯坊丸様は命じるだけでできると勘違いされている。準備をする俺等の苦労を知りもしない」という俺の愚痴を広めさせ、行商に扮した知多千賀の者に其れとなく、美濃に噂を流すように命じた。
噂を聞いた斎藤利政が熱田に誰かを派遣して確認すれば、手代の噂に行き着く。
熱田の商人らを騙して斎藤利政も騙すというと、師匠の定季は俺の芸の細かさに呆れた。
千代女らは前侍女長から引き継ぎを受けていたが、五月は熱田神宮、熱田の酒造所、津島の所蔵所、伊賀からきた新参者の受け入れと忙しかった。
俺が忙しいという事は護衛も忙しい。
引き継ぎの時間が取れずに不完全な儘となった。
当面は政務方と母上の侍女に助けてもらう事で何とか回す。

「魯坊丸様、津島から手紙が届いております」
「誰だ?」
「堀田正貞様でございます」
「随分と早く戻ってきたな?」

俺は手紙を受け取って読んだ。
先月末に出発した堀田正貞が六月四日に美濃から津島に戻ってきて、俺に手紙を送ってきた。
斎藤利政が酒と肥料と蘇の作り方を教えろと言ってきた。
利政が肥料の事を知っていた?
それはちょっと驚きだったが想定内だ。
返答できる者に会わせろと美濃斉藤家臣で取次役の堀田道空が来ているらしい。
誰に会わせると良いかと尋ねてきたので、熱田神宮に来るように命じた。
俺は神秘性を持たせる本殿を背中に道空を脅した。

「ははは、可笑しな事を言う。婚儀の祝いで、手土産として儲け話を持っていったのだ。何故、織田が折れねばならん。勘違いしてもらっては困る。土佐や関東でも白石は取れるぞ。美濃に拘る必要などない。それで同盟が結べぬというならば致し方ない。いずれは斉藤家を潰すだけだ」

完全なハッタリである。
しかし、世界で最も美しい帆船の排水量は四千二百トン (二万八千石)と、俺は加藤順盛に説明した事があり、順盛はそんな巨大な帆船を造ると、誰彼無しに夢を語っている。
南蛮船は小さい帆船でも排水量は二百トンから五百トン (一千三百石から三千三百石)もあり、南蛮船を三千石と言い切ったが、完全な嘘ではない。
日の本の帆掛け船が百五十石から三百石である事を考えると、巨大な船を造ろうとしているのが知れるだろう。
大砲『国崩し』がいつから広がったのかは知らないが、鉄砲が流通しているので、その巨大な船とセットで造っていると考え付くだろう。
道空を脅すだけ脅すと、一切譲歩せぬと言って追い返す。
一方、正貞には三千石の船が完成するのはいつかと知れず、三百石船で輸送すると高く付くので、美濃で買えるようにして欲しいと願った。

「正貞なら知っておるだろう。船は一度に運べる量が増えると格安になる」
「承知しております」
「新型船は尾張と土佐の間をどこにも寄港する必要がない。完成すれば、大儲けは間違いない」
「寄港の湊税も入りませんな」
「そうだ。だが、今の三百石船は普通の船だ。積める荷は少なく、夜に寄港する必要がある。湊賃もいる上に運搬日数も多くなり、運搬費が高く付く。出来れば、美濃で採掘したい」
「なるほど」
「採掘をこちらに任せてくれるならば、年五十貫文の謝礼を斉藤家に払おう。それでまとめてくれ」
「承知致しました。微力ながら努力致します」

正貞を返すと、斉藤家の者を探るように千代女に命じておいた。
熱田なら知多千賀衆と神宮の脇連衆がおり、彼らの手の者が熱田内で木の根のように広まって、堀田道空の動向は手に取るように知る事ができる。
その日は中根南城に戻らず、千秋家に泊めてもらった。
夜になると、知多千賀衆の頭と脇連衆の陽炎老人がやってきた。

「陽炎老人がくるとは思っていなかった」
「魯坊丸様。申し訳ございません。乙の民に斉藤家の草が紛れ込んでおりました」
「乙か」
「正月前に流民に紛れていたようです」
「陽炎老人の目をすり抜けるとは、優秀な奴だったのだな」
「面目次第もございません」
「仕方ない。酒造りでドタバタした時期だ。零れる者もいたであろう」
「この度の失態をどのようにお詫びすればよいか」
「次で励め。特に罰するつもりはない」
「ありがとうございます」

予定が少し変更だ。
この状況をどう利用するかだな?
千代女が少し首を傾げていた。

「千代、どうかしかた?」
「魯坊丸様。乙の民とは何でございますか?」
「甲は俺の家臣に召し抱えても構わない程度に信用ができる者であり、俺が秘匿する最先端の技術を目にしている者だ。熱田なら『漆喰造り』と呼ばれているローマンコンクリートの配合を手伝っている。乙は、それに準ずる民であり、港湾の整備でローマンコンクリートの流し込みなどを手伝っている。配合などは知らないが、使い方を教わっている。丙はまだ信用に足らない民であり、レンガ造りや基礎工事などを既存の技法しか使っていない所に配置している。丁は雇ったばかりのこれから査定する者だ」
「では、斉藤家にローマンコンクリートの存在を知られた事になりませんか?」
「そうなる」
「アレがあると、砦などを簡単に造れるようになります」
「配合を知られていなければ、それほど恐れる事ではない。寧ろ、斉藤家が石垣造りの城に改修し、銭がより必要な体質に変われば、交渉がし易くなる」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」

石垣造りにローマンコンクリートが必要な訳ではない。
あれば便利という程度だ。
利政が存在を知っても、銭がなければ簡単に真似はできない。
戦ばかりで国力が落ちている美濃では厳しい。
千代女との話が終わると、知多千賀衆の頭が口を開いた。

「魯坊丸様。斉藤家の取次役に同行した者はどうなされますか?」
「その者まで手を出すと、同盟そのものに影響する。そのまま放置だ。しかし、屋敷や酒造所などに忍び込むようなならば始末せよ。手は足りるか?」
「飛騨者がいますが大丈夫です」
「飛騨者がいたのですか?」

千代女が思わす、声を上げた。
情報操作の為に策を弄していると、千代女が「どうして、そこまで用心するのですか」と聞いてきた。
俺は斉藤家が忍びを雇っていると言った。
どうやら予想通りだったみたいだ。

「魯坊丸様は、斎藤利政殿が忍びを使っていると予想されたのですか?」
「はい。斉藤家が忍びを雇ったと聞いた事がなかったので疑っていました」
「確かに飛騨者がいる事はよく知られていますが、どんな奴らかは知りませんな」
「正体が判らぬ連中です」

飛騨者は正体がわからないらしい。
だが、利政が忍びを使っているというのは確信があった。
何故ならば、親父(織田信秀)が二度も攻略に失敗したからだ。
熱田衆が親父に傘下の入ると、定季は岡本衆を率いて参戦した。
親父の周りには、滝川と岩室の者がいた。
宴会で滝川と岩室の者に近付くと、両者とも甲賀の出であった。
親父が戦上手なのは、甲賀衆を使って敵の動きを事前に察知しているからだ。
そんな親父に気づかせずに尾張守護代の織田信友を寝返らせるという裏を利政は取った。
普通に使者を送っていれば、甲賀衆も気づく。
親父に気づかせずに連絡を取る事ができたのは、利政も忍びを重宝していたに違いない。
そう予想し、その忍びが正体不明の飛騨忍だっただけだ。
定季曰く、情報を大切にする武将は少ない。
だから、情報を巧く使えば裏が取れる。
親父も利政も例外だ。
精通した情報戦の世界基準から言えば、俺の小細工は子供騙しのおままごとだろう。
しかし、この時代に情報戦に情報戦を仕掛ける者はいない。
利政が引っかかると思っていた。
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