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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

閑話(三十七夜) 津島の堀田正貞、美濃の蝮との交渉

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〔天文十七年 (一五四八年)夏五月三十日~六月八日〕
この津島衆は、南朝の後醍醐天皇の曾孫であられる良王親王が津島に逃れてきた時、親王を守る四家七苗字の武士から始まった。
四家は大橋・岡本・恒川・山川で、七苗字は堀田・平野・服部・鈴木・真野・光賀・河村である。
さらに津島神社は、西の海より須佐之男命すさのおのみことが渡ってこられ、市江島(現愛西市東保町)に着船した場所である。
当時、疫病が流行っていたのを見られた須佐之男命は、草刈りの子供が遊び戯れているのをご覧になって、児の舞、津島笛の譜を作られて、厄神様を慰めるために祭りを行った。
こうして、無病息災を願って邪気を集めて川に流す、『天王祭』がはじまった。
天王祭は六月十五日からはじまり、その準備に大忙しだ。
私は津島湊から渡し舟で天王川を渡り、津島神社の奥で天王祠官の息子正秀に留守を任せる為に訪れた。

「父上、ようこそお越しくださいました」
「其方も息災で何よりだ」
「で、何の御用でしょうか?」
「信光様より斉藤家との取次代を命じられた。忙しくなるので『天王祭』の指揮をすべて其方に任せる」
「承知致しました。で、川口宗定がお気に入りの魯坊丸様は如何でしたか?」
「利発で行儀の良い稚児であったが、どうという事はない」
「噂とは違いましたか?」
「私が書いた折衷案も丸呑みだ。岡本-定季を頼るところが多かった」
「ほぉ、熱田の天才殿ですか」
「定季は噂通りに鋭い指摘が多かったが、宗定が言うような魯坊丸様に光るものは見当たらない。確かに三歳とは思えぬ利発さだが・・・・・・・・・・・・」

私の目には、傅役の岡本-定季の意見が目に付いた。
武士とは思えぬほど商道に通じており、割符を持つ商人は関税を廃止して蔵出し税に変えようという大胆な意見に驚いた。
向こうが認めれば、美濃を抜けるまで関所を素通りできるのは大きい。
役人の気分で荷改めされて足止めされずに済む。
藏に荷を卸す時に専門の役人が荷を改める。
藏は、井之口、牛屋(大垣)、不破、可児の兼山かねやまの4ヶ所に設け、そこで荷改めをしてから向かう方角に分けて荷を積み替える。
しかも不破を除くと、他の三ヶ所は舟で荷を運ぶので積み替えが発生する。
その積み替えを一ヶ所に集めるという発想が大胆だ。
関税も手形を使って一括で税を納められるようにしようと便利さを求めていた。
美濃商人も諸手を挙げて賛同するだろう。
武士にしておくのが惜しい。
斎藤利政の祖父が油屋を商っていた為か、利政は商人の動向に詳しい。
交渉はできると思う。
信光様が拘っている白石(石灰)だが、山を持っている領主と交渉できるようにするのも問題ない。
採掘量を増やす為に、我らが銭を貸し付けて規模を拡大すればいいのだ。
息子の正秀も白石に興味を持っていた。

「父上、米の収穫が上がる方法をお聞きになりましたか?」
「信光様より教わった」
「如何様にして収穫を増やすのですか?」
「この白石を細かく砕き、様々なものを一緒に一年程寝かすと堆肥というものに変わる。それを田に混ぜると、稲の成長が良くなるそうだ」
「この津島でも」
「うむ。来年の春から十反(三千坪)で試す事になった」
「米が増えれば、酒米に回せますな」
「よく考えておられる」

土を工夫して米の収穫を増やすなど考えもしなかった。
千秋季忠様の話では、魯坊丸様が色々と試されていると言っていたが、定季か、あるいは、他の知恵者がいると感じた。
私が出した交渉の案を六月十五日は一瞥されると定季殿に回した。
すると、定季殿から様々な変更点を指摘され、私はそこに修正を入れた。
魯坊丸様は終始頷くだけであった。
千秋季忠様は魯坊丸様という神輿に多くの人材を集めているようだ。
熱田が大きく変わってきている。
まず、目に付いたのが道にレンガという石を並べた道だ。
泥濘む事がないので荷を運び易い。
琉球交易をはじめた為か、舟が多く泊まっており、湊も石造りに変わっていた。
只、千秋季忠様が『我々、熱田衆は魯坊丸様と共に発展してゆくのです』と大声を上げている様は、阿呆面にしか見えなかった。

「ともかく、我らの要望はほとんど聞き入れてくれた」
「それはようございました」
「魯坊丸様は悪い武将ではない。話を聞く耳があり、理解できる聡明さがあった」
「信長様のようにですか?」
「信長様のような面白みはない。よく出来た利口な子供だ」

翌日、津島湊を出発し、川を遡って途中で一泊し、六月二日の昼に稲葉山城の麓の町に到着した。
そこで先触れを出して、城に「明日、伺う」と伝言した。
大殿である織田信秀が城下町を焼いてから一年が経ち、井ノ口の町は復興していた。
あくまで表通りのみだ。
裏に回ると、木を組んで茣蓙ござを吊して壁代わりにする小屋も多かった。
城に近付くと武家屋敷が増えて、町並みが整ってきた。
稲葉山の麓の御殿で斎藤利政の取次役と対面した。

「某、平手政秀の名代を務めます堀田正貞と申します。よろしくお願いいたします」
「父上、久方ぶりでございます」
道空どうくうか、山城様に仕えているとは聞いていないぞ」
「返事が遅れました。某、斉藤家で織田家の取次役を拝命しました堀田-道空と申します」

私は思わず、目を白黒させた。
道空は私が外で作った息子の一人であり、美濃を拠点に様々な主を転々としていた。
正秀とは別腹であるが、津島の筆頭の兄を持つ道空は津島と繋がりを持ちたい者にとって便利な武将であり、仕官先に困らない。
ただ、言いたい事を言う道空は、主人との反りが悪くなって転々としていた。
知らぬ間に利政様に仕えていたようだ。
私が織田家との取次役代となったと聞いて、道空を斉藤家の取次役にしたのかもしれない。
道空相手に腹の探り合いも馬鹿らしい。
すぐに本題に移った。

「関税の一部を廃止とは、織田様も大胆でございますな」
「関税と同額の税が山城様から支払われる。損はない。むしろ、取りっぱぐれが無くなる。感謝される。しかも各領主や寺などの税収を把握できる利点もあるぞ」
「なるほど、それは巧い話だ」

どの街道を通ろうと、通り道の領主や寺は関税(蔵出し税)が入る。
斎藤利政と争うと、領主や寺などが関税(蔵出し税)をもらえなくなる。
商人は、関所での手間と関所の数が減る利点が大きい。
三者三得だ。
もちろん、関税で大儲けしていた小領主や寺は反対するだろうが、そこは無視して迂回路を作ると脅す。
関税を余分に払いたくない商人は小領主や寺の関を避けては迂回する。
税が減ったからと言って、兵を挙げると斎藤家と織田家の双方から攻められる。
そう脅せば、嫌でも納得するだろうと定季殿が言っていた。
私もそう道空に告げた。
すでに、平手政秀殿が同盟の交渉を終えていたのも大きい。
一日で終わるかと思っていた。
道空との調整が終わると、しばらく待たされてから奥に通された。
奥に利政様がどっしりと座っており、私が挨拶をしていると、突然に要求を切り出したのだ。

「何を欲しているかはすでに聞いておる。すべて許可しよう。代わりに酒と(古代式チーズ)と米が育つという土を寄越せ」

完全に想定外だ。
酒は周辺に配られており、議題に上がると予想していたが、堆肥の件で解答は用意されていない。
況して、(古代式チーズ)など、大殿(織田信秀)が朝廷に献上したと噂で聞いた事しか知らない。
知らぬものは答えられぬ。

「酒は優先的に山城様にお渡し致します。造り方はご容赦願います」
「それでも教えろと命じたならばどうする?」
「この同盟は無かった事にしてもよいと承っております。但し、お渡しした酒を研究し、自らで造り上げるのは止めませぬとの事です」
「仕方ない。酒は融通してもらう事で済ませる。だが、他も同じように答えるなら同盟は無しだ」
「残念ながら、其方の件において答える権限を持ち合わせておりません」
「暫し待とう。聞いてくるがよい。道空、堀田殿に同行して聞いてこい」
「畏まりました」

その日に内に稲葉山城を出て翌日(4日)に津島に戻り、魯坊丸様に交渉の経緯を手紙で伝えると、六日に熱田神宮に来るように命じられた。
私は道空を連れて熱田神宮に行くと、本殿へ連れられた。
神々を祀る内々陣から階段があり、ここまで神殿と呼ぶ。
神殿に宮司以外が入る事はできない。
信者が入れるのは、その前の礼堂まである。
階段の下に蝋燭が灯され、その前に台座を置かれ、魯坊丸様が座っておられた。
その脇に千秋季忠様と岡本定季が控えている。
蝋燭の灯りがゆらゆらと揺らめき、魯坊丸様の後光のように光り輝いていた。

「正貞、此度の交渉、ご苦労であった」
「斎藤利政様より、想定外の質問をされ、お伺いする為に戻る事になりました。申し訳ございません」
「かまわん。こうなるであろうと予想していた」
「予想されていたのですか?」
「斎藤利政殿は優秀な国主と窺っておる。国を富ませる策を見逃す訳もない」
「それならば、事前に対策を相談されなかったのでしょうか?」
「もちろん、そこに控える者を呼び出す為だ」

魯坊丸様は輿の扇子を取ると、道空を射した。
神殿の前にいる為か、口調が以前の子供らしさが消えており、魯坊丸様が神々しく見える。
私は魯坊丸様を見誤っていたのか?
指名された道空が顔を上げて放った。

「米が育つ技法を売って頂きたい」
「何故、斉藤家に売らねばならん」
「材料が白石である事は承知しております。白石が無ければ、できぬのでしょう」
「流石、利政様だ。そこまでお見通しか」
「余所にその技法を売りません。斉藤家にお売り頂きたい」
「あははは、嫌だと申したらどうする」

堆肥の造り方を譲らなければ、白石は売らぬと言い放った。
山城様は白石に関して触れていないのに、白石が堆肥の材料となる事まで見通しているようだ。
山城様の言葉の裏も読めていなかった。

「白石が手に入らなくなりますぞ」
「好きにすればよい」
「本当に売りませんぞ」
「ははは、可笑しな事を言う。婚儀の祝いで、手土産として儲け話を持っていったのだ。何故、織田が折れねばならん。勘違いしてもらっては困る。土佐や関東でも白石は取れるぞ。美濃に拘る必要などない。それで同盟が結べぬというならば致し方ない。いずれは斉藤家を潰すだけだ」
「斉藤家を潰すですと⁉」
「南蛮には、三千石の船がある。織田家はそれを造らせておる。大船があれば、どこにでも白石を買いに行ける。勘違いするな」
「織田は今川と斉藤の両方を敵に回すつもりですか?」
「知らぬのか? 南蛮には国崩しという大きな鉄砲があり、海の上から町を火の海にできる武器だ。駿河の今川屋敷は海沿いにある。海の上から攻撃を受けて、町を焼かれた今川義元がどう詫びてくるか。残念な事に大船で美濃を攻められぬ。故に美濃と同盟するように進言したが、今川義元を脅して同盟する様に進言し直すのがお望みか」
「お、お待ち下さい」
「利政様にお申し下さい。此度の祝儀祝いでは気に入りませんかと」
「承知しました」

道空の顔が青ざめていた。
南蛮の鉄砲が出回っており、それを大殿も買っていた。
おそらく、山城様も買っている。
だが、魯坊丸様はその先を語った。
大筒『国崩し』だ。
あの鉄砲を巨大化させたものだ。
私でも想像が付く。
だが、大きくなると持ち運びができないので船に載せる。
海から攻めるならば有効だ。
船を造らせていると聞いていたが、その先に大筒があったのか。
魯坊丸様も見誤っていた。
船が完成すれば、今川など敵ではない。
織田家は船が完成するまでの時間を稼ぐだけで今川家に勝てるのか。
魯坊丸様、お見それしました。
道空を先に退出せると、魯坊丸様が私に話し掛けてきた。

「正貞、済まぬな。秘中の秘ゆえ、軽々しく話す事ができなかった」
「そのような事を道空に話して宜しかったのですか?」
「宜しくない。故に、道空、および、利政殿にも口止めを頼む」
「応じますまい」
「だから、口止め料として、堆肥を売ってやる。技法は売れぬが、美濃の領内で堆肥を作って、それを売る。それ以上は譲歩できぬ」
「美濃の国内で?」
「技法が盗まれると心配したか。しかし、問題ない。早かれ遅かれ、技法は知れる。技法が知れるまで、2,3年の猶予が生まれる。その期間は同盟でいられる。それだけの時間が得られれば十分だ」
「技法を盗ませる事で時間を稼ぐつもりなのですか?」
「それがどうした」
「どうしたとは・・・・・・・・・・・・敵が力を付けるのです。恐ろしくないのですか?」
「それ以上に織田家が力を持てばよい」

魯坊丸様は無邪気そうな笑顔でそう言われ、その笑顔に背筋が凍るような冷たさが走った。
後ろの二人がただ頷いている。
魯坊丸様は斎藤利政様をまったく恐れていない。
どうにでもなると思われている。
欲しいのは白石と時間のみ。
信長様が期待の麒麟児ならば、魯坊丸様は得体の知れない化物だ。
私の尺度では測れない。
馬鹿にしていた千秋季忠様が魯坊丸様を熱田明神と崇めるのも頷けた。
何度も危機的な状況をくぐり抜けた。
そういう時は勘がすべてだ。
その勘が告げている。
これは逆らってはいけない奴だ。
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