上 下
111 / 125
第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

三十七夜 美濃の蝮、斎藤利政

しおりを挟む
〔天文十七年 (一五四八年)夏五月二十四日〕
京で平手政秀が公家を仲介人として熱田の酒を売ってくれる事になった。
それは美濃の斉藤家と同盟を進める責任者の平手政秀の不在となる。
代理として堀田正貞が選ばれ、俺が責任者となる?
意味がわからん。
正貞は少し老け顔で親父と同年代には見えない。
だが、津島で親父(信秀)の才を見抜いて織田弾正忠家に協力してくれた功労者らしい。
しかも堀田家は津島十五党の筆頭である。
信光叔父上は俺の命に従わなければ切腹も辞さないと書いているが、津島十五党筆頭の堀田家の家長に切腹を命じるのは無理があった。

「何か、疑問がございますか?」
「平手殿の約定に不備はない。しかし、信光叔父上の命令書には違和感がある。堀田家の盟主を切腹にできるものなのか」
「ほぉ、そこに気づかれましたかぁ。宗定が気に入ったのも納得ですな」
「理由は何だ?」
「某は魯坊丸様の父君に惚れて協力してきました。信長様は『うつけ』と噂されますが、中々の逸材と見受けます。某の屋敷を訪ねてきて『銭とは、一体何か?』と聞いてきた事もございます」
「信長兄ぃが其方の屋敷を訪ねたのか?」
「頭は下げませんが、学ぼうとする気迫は本物でございました。某は信長様に期待しております。威張るばかりの能なしを排除してくれるのでないかと」

信長兄ぃはうどんを食いに中根南城に来た事もある。
フットワークが軽く、年下の俺に『うつけ』と『神童』の違いを聞いてきた。
態度と横暴さは問題だが、わからない事を聞く姿勢は見事だ。

「宗定が魯坊丸様を褒めるので一度見てやろうと思っていた所、信光様から斉藤家の交渉で平手政秀様の名代として、魯坊丸様の小間使いが務まる者を出してほしいと頼まれました。平手殿の名代が務まる者は限られます。それでも何人かおりましたが、某が名乗りでました」
「津島の筆頭に俺の小者のような真似をさせて良いのか?」
「余り宜しくございません。それ故、信光様が命令書を出して下さいました。信光様の命令で仕方なく従っていると、周りには申しておきます」
「信光叔父上が悪役を買ったのか」
「そういう悪戯が好きなお方ですから、皆も仕方ないと諦めて納得してくれました」

信光叔父上の命令書は、津島十五党〔四家七苗字四姓〕を抑える為の小道具だった。
これ納得だ。
外交ははじめてなので、色々と教えて欲しいと教えを乞うた。

さて、斉藤家の予備知識だが、俺は余り詳しくない。
史実では、信長に美濃譲り状を書いたとか?
あれは胡散臭い作り話だ。
斎藤利政の娘である帰蝶が信長の妻になったのは有名だが、後に利政は道三を名乗る。
利政は『美濃の蝮』と恐れられ、守護を追い出した下剋上の覇者だ。
その程度しか知らないので、師匠である定季に聞いた。

「斉藤家の成り立ちですか」
「知る範囲でよい」
「少し長くなりますが、宜しいか?」
「手短に頼む」
「仕方ありません。最近の事のみ、掻い摘まみましょう」

美濃は応仁の乱で斎藤さいとう-妙椿みょうちんが尾張、伊勢、近江、飛騨まで勢力を広げ、室町幕府奉公衆として美濃守護の土岐成頼の従五位下を超えて従三位権大僧都を賜り、法名持是院じぜいんの名を賜った。
守護代は兄の子である斎藤さいとう-利藤としふじであったが、実権は妙椿から孫の斎藤さいとう-妙純みょうじゅんに移った。
実権を手に入れたい守護と実権を取り戻したい守護代と美濃を実行支配する実力者の三つに別れて争った。
しかし、妙純とその子が近江の六角ろっかく-高頼たかより討伐に参加して共に戦死すると、美濃は大混乱となった。
守護土岐とき-政房まさふさは又代長井ながい-長弘ながひろを味方にして、守護代を争う戦に介入して実権を取り戻した。
(又代とは、守護代の次の位で小守護代とも呼ばれる)

「一時的ですが、大殿が手助けをしている土岐とき-頼芸よりのり様の父君である守護政房様が美濃を支配に成功しました」
「美濃が落ち着いたのだ」
「はい。しかし、斎藤妙純の孫である斎藤さいとう-利良としながは叔母が朝倉家に嫁いでおり、朝倉家の後ろ盾で力を急激に取り戻しつつありました」
「政房様はそれを許さなかったのか?」
「その通りです。利良は政房殿の嫡男である頼武よりたけ殿を取り込んでいましたので、政房様は頼武殿を廃嫡し、頼芸様を後継者としました。そして、政房様は頼武殿と争いとなり、頼武殿と利良は敗れて朝倉家を頼ったのです」
「あぁ、そういう事か。頼芸殿と争っていた土岐とき-頼純よりずみは頼武の子だな」
「その通りです」

守護土岐政房の後継者として、頼芸は頼武と戦った。
その頼芸に仕えたのが、斎藤利政の父である松波まつなみ-庄五郎しょうごろうであった。
庄五郎は武勲を重ね、又代(守護代の次の位)の長井-長弘に仕え、長井の姓を賜った。
美濃国内では、守護代と又代の争いが続いた。
利政は戦の才覚が優れていた。
頼芸が最も頼りとする武将であった利政は病死した長弘の後を継ぎ、又代になると、守護代の斉藤家を取り潰し、頼芸より斉藤家の名を賜って、守護代と上り詰めた。
ここまで戦国武将の花形であった。

「しかし、守護代となると、守護の頼芸様の命に従うだけでは立ち行かなくなります。美濃の騒乱を納める為に、守護と対立する事が増えたのです」
「まさかと思うが、頼芸殿が利政に喧嘩を売ったのか?」
「当然でしょう。成り上がり者をよく思わぬ者が讒言ざんげん佞言ねいげん妄言もうげんを流すのは当然です。それに惑わされて対立して、美濃を追い出されたのです」
「親父はそれを利用して、美濃に進出したのか」
「大義名分は織田家にありますから当然ですな」
「そして、二度も負けたのか」
「一度目は痛み分け、大敗は先だっての一度のみです」

巧くすれば、美濃を掠め取れると思っていた親父の思惑が外れた。
斎藤利政は戦上手だったのだ。
今川義元と戦いながら斎藤利政と争うのは不利と悟って同盟を申し込んだ。

「美濃の情勢はどうなっている」
「先の戦の後、朝倉勢が不利を悟って兵を引くと、土岐頼純様は不利を悟って、越前に逃亡しました」
「守護代の斎藤利政が守護の土岐頼純様に危害を加えられると思えぬ」
「いいえ、別の事情がございます。まず、前々回の戦で和睦した結果、頼純様の守護となりました。守護代の斎藤利政様は愛娘の帰蝶様を人質として娶らせたのです」
「帰蝶、人質として出されていたのか?」
「頼純様は今回の戦の前に帰蝶様を稲葉山城に送り帰しております。頼純様から宣戦布告を受けた斎藤利政様は頼純様の大桑城を攻める口実がございました」
「朝倉の援軍なしで勝てぬと思ったのか」
「織田家に大勝し、牛屋城を奪い返し、勢いがある斎藤利政様を相手に味方が集まりませんので、仕方ない事でしょう」
「なるほど。で、頼芸殿はどうなった?」
「斎藤利政様は攻める口実がございませんので静観しております。しかし、織田家と同盟を結んだ後は、頼芸様の家臣にも登城を命じ、従わぬ者を討伐する事になっております。それに対して、織田家は一切関わらぬと決まりました」
「織田家は薄情者との誹りを受けぬのか?」
「稲葉山城への登城を拒む家臣は織田家への亡命が認められます。その者に手出しをせぬ約束です」

亡命を受ける事で批判を躱すつもりらしい。
亡命者に多くの土地は与えられないが支援を続ければ、再度美濃へ侵攻する場合の道案内となる。
そんなプレッシャーを掛けながら、国境線なども決められたらしい。
俺がする事が残っていないのではないか?

「何をおっしゃいますか。白石の交渉や関税の交渉がまだ残っております」
「白石は信光叔父上の要望だ」
「買われているのは、魯坊丸様です」
「斎藤利政様、その地を治める領主、土豪や寺院との交渉はこれからです」
「細かい事はわからん。土台となるものを書いてもらえるか」
「わかりました。すぐに作成しましょう」
「交渉はいつからだ?」
「六月に挨拶に赴きます」
「では、三日で書いてくれ。二日後の二十九日には検証を終える」
「畏まりました」

酒の問題を平手政秀がやってくれる事になると、俺に美濃斉藤家との外交が回ってきた。
外交は苦手だ。
堀田正貞と岡本定季を頼りに進めるしかないな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...