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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

二十九夜 魯坊丸、侍女長に文句を言われる

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏五月六日〕
昨晩、大学時代にサークルでグライダーに乗った記憶の夢を見た。
その夢では俺が里を抱いてコクピットに乗り込んでおり、里が凄く喜んでいた。
静かに風を切って空を飛ぶグライダーは快感だ。
目が覚めてからそのことばかり考えた。
グライダーを牽引すると、自動車の代用に馬を連結するのは現実的ではない。
有用性を証明できないと予算が降りない。
ポケットマネーでコツコツやるか…………待て、無人実験機はカタパルト式で発射していた。
よし、まず紙飛行機と発射台を造らせよう。
人の身長くらいの模型グライダーとカタパルトの制作ならできそうだな。
待てよ。
カタパルトではなく、バリスタ(大型弩砲)にすれば武器転用が可能だから防衛予算と言って、酒造所の予算を使える。
いきなりカタパルトと言っても、皆もびっくりするからクロスボウ(弩)を造らせる。
クロスボウより投石の方が安価だから率先しなかったんだよな~。
要は鉄砲の劣化版であり、鉄砲より安価に造れるのがメリットだけど練習は必要…………待てよ。
一度に十発を発射できれば、人手の少ない砦防衛の役に立つな。
バリスタなら遠方まで飛ばせる。
大きな槍と小さな矢の集合体を用意すれば、拠点防衛に使えるな。
目が覚めてしまったので、女中に灯りを付けさせて紙と筆を用意させて、簡単な絵と要項を書き込んだ。
気が付くと朝になっており、さくらが起こしきた。

「ちょ、魯坊丸様。体調が悪いのですか?」
「どうしてそうなる。早起きをしただけだ」
「そうなのですか」

さくらと女中に着替えさせて貰うと、顔を洗ってから体操だ。
おいちにさんし。
十セットやって汗が噴いてきたところで止める。
そして、久しぶりの護衛の演習だ。
「では、魯坊丸様。いきます。さくら、楓、紅葉、今日から殺気と体術を加えるから注意するように!」
「はい、お任せあれ。魯坊丸様を完全にお守りします」
「嫌だな」
「頑張ります」

さくらのヤル気は当てにならず、楓の嫌そうな顔に不安を覚え、紅葉の頑張りは不問だ。
千代女が「だぁ!」と叫ぶと、全身に痺れる感覚が走った。
それだけで冷や汗だ。
はっきり言って、千代女の動きなど見えない。
さくら達の小太刀がカキンカキンと音がなり、火花が散っているのがわかった。
斜めから千代女が飛び込んできたが、さくらが「とりゃ!」と叫んで横から飛んでくるが、くるりと回って千代女の体から蹴りで、さくらがあらぬ方向に楓を巻き込んで飛んでゆき、間に体を入れてきた紅葉が足を取られて転がった。
刹那!
俺は死んだと思った。
千代女の小太刀が俺の首を通り過ぎた。
久しぶりでちびるほどビビった。
喉を通る瞬間に小太刀を畳んでいるので横を通り過ぎるだけだと知っていても、目の前に刃が飛んでくれば怖いものは怖い。

「だらしない。体術が加わっただけで簡単に崩されるとは情けないぞ」
「蹴りを受けるだけで精一杯です」
「せめて、反撃を加えろ」
「無理です。避けて反撃などできません」

あの素早い蹴りをさくらは両腕をクロスして受けきってきたという。
反応しただけでも大したものだ。
それより後ろで一緒に飛ばされた楓が叱られる。
楓の死角になるように蹴りを入れたらしいが、楓はさくらが飛んでくると考えておらず、次の防御の技を準備しており、反応が遅れた。
急いでフォローに入った紅葉は準備不足で転がされた。
これまで小太刀のみの攻撃に対して護衛が機能し始めていたが、体術が加わると崩壊した。
これからは体術も加味して護衛を考えろという。

「さぁ、次の一戦だ」

ひぇぇぇ、もう止めて、殺気の籠もった攻撃はマジで怖いから…………殺された気分になる。
俺の抗議を聞くような千代女ではなく、「襲ってくる者に手加減などありません」とか、言って緩めてくれません。
山が明るくなるまで続いた。
さくら、終わった後に袴を嗅ぐのは止めなさい。

「安心して下さい。さくらも汗びっしょりです。一緒に洗濯しておきます」

だから、声を出すな。
さくらに言っても無駄だけど…………食事が終わると、設計士(絵師)の源七の部屋にさくらを護衛にして行った。
源七の部屋には、庭師の伊兵衛いへいや熱田船大工が詰めており、設計図の手直しをしていた。

「魯坊丸様、よい所にお越し下さいました」
「それよりこれを頼みたい」
「これは何でございますか?」
「武器と遊び道具だ」

俺はクロスボウ、バリスタ、グライダーの説明をして、源七にその設計図を頼み、庭師に小型の玩具を試作として作って欲しいと言った。
できれば、実物大の試作バリスタとグライダーも作りたい。

「某には、大き過ぎますな」
「誰かいないか?」
「空を飛ぶような物を作りたいというなら、田子村の源五郎でしょうか」
「源五郎か。覚えている。俺が教えた技法を一に実践した宮大工だな」
「少々、変わり者ですが新しいもの好きです」

よし、バリスタとグライダーの制作は源五郎に頼むことにし、まずはクロスボウと玩具のグライダーとバリスタ型のカタパルトセットを庭師に頼んだ。
それから帆船の製図の質問を聞いてから、俺は部屋に戻った。
俺の隣の侍女部屋では、新しい女中八人が連れて来られ、色々な引き継ぎが行われていた。
侍女長が千代女に教えていた。

「魯坊丸様は交流関係が多いご主人です。必ず相手の取次役に連絡を取り、必要な注意点をお聞きして下さい。これまでの人脈の方々はここに示してあります。読んでおくように」
「畏まりました」
「行事も位が変わると着る服の色など準備するものが違います。必ず、事前に確認して下さい」
「わかりました」
「次に、魯坊丸様は一が月先まで予定が詰まっていますが、予定通りに終わることはありません。余裕を持って予定を組むのを忘れないで下さい。先触れを出して相手の予定を聞くのも忘れないように気を付けて下さい」
「はい」
「魯坊丸様は大人びておりますが子供です。体力もありません。休憩と昼寝を忘れてはいけません。また、食事は食べ易いものに気を付けて下さい。油ものが好きですが、欲しいがるだけ与えれば、すぐに体調を崩されます。こちらで用心しなければなりません」
「はい」

侍女長が教師で千代女が生徒に見え、俺は廊下で足を止めて侍女長の注意を聞いていた。
定季は侍女長が優秀だと言っていたが、何をしているのか知らなかったから何が優秀かに気づかなかった。
少し驚いていると、侍女長と目が合った。

「魯坊丸様。廊下で立ち聞きははしたないと思います」
「すまん。聞き入ってしまった。見えぬ所で苦労していたのだな」
「まったくです。熱田の大宮司様の接待を古参の侍女に聞いても何も存じ上げません。近くの城主までは知っていましたが、それ以上の上位の方は経験がないというでした」
「そうなのか?」
「そうです。仕方ないので、相手の取次役に頼んでわかる方を紹介してもらい、色々と教わりました」

中根家は三河では古い家だが、別に格式が高い訳ではない。
中根南城の家臣は尚更であった。
家臣の中にも位が高い者と付き合った者はいない。
つまり、礼儀や作法を知らない。
知らないで済まされない世界であり、主人に恥をかかせられない。
教えを乞う必要があった訳であり、教えを乞う人を紹介してもらった者への礼、教えてもらった者への礼も欠かせない。
それらのことを侍女長がやっていた。
ちょっと驚きだった。

「魯坊丸様。驚いたとはどういう意味でございますか?」
「仕事を他の侍女や女中に任せ、母上がくるときだけ仕事をしている振りをする要領のよい奴かと思っていた」
「心外でございます。侍女長は指示を出すのが仕事であり、奥方が来られるときは出来ているかを確認する為にやっておりました。それに、それはいつの話ですか?」
「生まれて間もない頃かな」
「生まれたばかりの一歳児は何もできません。2、3年は侍女長などお飾りなのです。普通の方の場合ですが…………魯坊丸様はまったく違いました」

あははは、俺もそれには笑うしかない。
他の侍女らは俺の買い物で苦労することになった。
最初は石鹸の儲けだけだったが、河原者らの集落を建て出した頃から収入と支出の額が桁違いとなり、その会計処理は事務をしている家臣より忙しくなった。
一人でさばけないので、他の侍女や女中にも手伝わせ、俺に仕える者は読み書き算盤が必須となった。
最終的に中根南城の事務を扱う家臣にも手伝わせている。
俺が仕込んだので侍女や女中の優秀さに、皆が驚くことになった。
皆が忙しくしていても手伝わないのが、侍女長だった。
後から来た定季にそのことを話すと、侍女長が手伝うのは無理らしい。

「魯坊丸様。儀礼などに一番詳しいのは、魯坊丸様の侍女長である連です。殿をはじめ、城代や家臣付きの侍女らから相談を受け、指導に忙しいのです。会計まで手伝えというのは、少し酷ですな」
「城中の侍女に頼りにされていたのか?」
「侍女だけではなく、家臣の妻らからも頼りにされておりますぞ」
「そうなのか」
「あの者しか、礼儀を知る者がおりません。魯坊丸様の予定の調整もあの者がやっております。それ以上を頼むのは無理でしょう」

あちらこちらに呼び出されながら、定季の指示で俺のスケジュール管理と健康管理も侍女長がやっていた。
俺の健康管理が元々の職務らしく、母上に細々と報告に行っていた。
定季曰く、情報収集と周りと協調する能力が長けているらしい。
見えていないとわからないものだ。
俺は意外と人を見る目がないらしいと思った。
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