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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

二十七夜 天王寺屋津田宗及がやってきた

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏五月二日から三日〕
松本元吉との海運構想の話は盛り上がった。
翌日は場所を熱田神宮の千秋家に移し、羽城の加藤かとう-順盛よりもりを呼んで交易の話を詰めていった。
伊勢商人は東海を中心に活動しており、房総半島まで取引を持っていた。
追加分の荷は松本親子の『角屋』に任せるのが安全そうだ。
また、西国とも手広く商売をしており、知多の常滑焼とこなめやきの壺・甕・鉢を購入して瀬戸内海の方まで売っていた。
主な湊の情報をもらった。
畿内と西国の要は堺だ。
畿内への拠点を置くと、畿内・西国への取引が簡単になる。
次に、博多だ。
明交易の拠点であり、九州の玄関だ。
九州へ続く瀬戸内海には、門司、富田、上関、深溝、揚井(柳井)、尾道、鞆、田島、院島(因島)、牛窓の湊があった。
俺は安芸国の毛利が所有する湊を訪ねると、小早川が持三津湊と言われた。
厳島は大内の湊らしい。
毛利家とは仲良くしたいので三津湊も候補に入れておいた。
日本海側の主な湊は、越前の敦賀、三国、加賀も本吉、能登の輪島、越後の今町、出羽の土崎、津軽の十三となる。
関門海峡の門司湊から敦賀まで航路で石見の瀬田ヶ島と温泉津、出雲の杵築きずき、伯耆の大塚、因幡の水無瀬、丹後の間人たいざ、若狭の小浜となる。
出雲大社ではなく、杵築大社が?
間違わないようにしよう。
九州の拠点はやはり博多、大友の府内、島津の坊津、南蛮交易の拠点となっている平戸だ。
帆船が完成すれば、すべて港に寄港する必要がなくなるので選別する。
ネックは土佐中村の下田湊だ。
土佐の一条家は勘合貿易と言い張っているが、実は私交易なのだ。
その癖、下田湊の整備をしていない。
だから、拠点湊なのに湊の拡大もされず、周辺に船大工もいないのだ。
むしろ、その一条家の家臣筋にあたる島津家の坊津の方がしっかりしている。
島津家の船が下田湊まで荷を運んでいた。

「魯坊丸様。モノは考えようではございませんか?」
「考えようとは」
「関心が薄いならば、借りて湊を好きに拡張できるのではないでしょうか? 一条様は公家でございますから」
「なるほど」

公家様は経済のことをよくわからない。
島津家が好き勝手して、琉球交易を独占できているのもそのためだ。
俺の家臣を一条家の家臣として送り込み、こちらの銭で下田湊の一部を出島のように分割してもらうか。
松本親子と話していると、色々なアイデアが浮かんだ。
伊勢への献金のことは言わなくなった。
製造した酒を知れば、それを他国に売るにしては熱田の船の数が足りない。
当然、伊勢商人の力を借りる。
伊勢と仲良くするのに、多少の献金は必要だろうと察したのだろう。

三日、父の元吉は献金の話を親父にする為に末森に向かった。
息子の元秀は、自前の船大工頭を呼びに戻る。
船に掛かった桟橋の上で、元秀は目線を合わす為に膝をおった。

「師匠。すぐに船大工頭を連れて戻ってきます」
「よろしく頼む」
「一族にも話を通し、大湊の連中にも繋ぎが取れる準備もしてきます。戻ってきたら、色々と教えてください」
「教えることはないが、一緒に海運を盛り立てよう」
「もちろんです」

俺が元秀と話していると、帆に丸に『天』と書かれた船が入ってきた。
見た事がない船だ。
その間も船に荷が積まれ、荷詰めが終わった分の書類を差し出してきたので受け取った。
土産の清酒も載っている。
出航まで見送って千秋邸に戻ると、季忠がニコニコして出迎えてくれた。

「魯坊丸様はやはり天運をお持ちです。古い故事に“欲するときに、欲するものがやってくる”という『天の導き』という言葉がございます。伊勢商人の松本殿に続き、堺の『天王寺屋』がお待ちでございます」
「堺の天王寺屋…………津田つだ-宗及そうぎゅうか!」
「はい。その宗及に違いありません。長島に荷を届け、長島で清酒をご馳走になったとかで、足を延ばされました」

津田宗及は名を助五郎といい、堺南荘の豪商の『天王寺屋』の津田つだ-宗達そうたつの息子であり、宗達は茶人武野たけの-紹鷗じょうおうの弟子となり、息子にも茶道を教えられ、宗及の名をもらったそうだ。
大徳寺住持の大林だいりん-宗套そうとうには禅を学んでいるそうだが、石寺御坊とも親しくしており、形だけかもしれないが、浄土真宗の門徒らしい。
石山御坊はよい取引相手だそうだ。
一向衆は全国各地に広がっており、これを相手に商売をすれば儲かるのもわかる。
そして、長島の願証寺がんしょうじに荷を届けた。
願証寺の荷の中身は話してくれないらしい。
季忠が先に世間話をしながら、宗及の身辺を聞き出してくれていた。
昨日も堺衆の話が上がり、元吉が親しくしている『納屋』の今井いまい-宗久そうきゅうと、伊勢に戻ってから連絡を取ってみるという話もしていた。
天王寺屋も衲屋に負けない豪商らしい。
堺衆の話をしていると、堺衆の者がやってくる。
天の導きとしか思えないと、季忠が言った。
天の導きは大袈裟だが、大喜五郎丸が周辺に試飲の清酒を配ったので目敏い商人がやってくるのは珍しくない。
それに堺の豪商である『天王寺屋』が掛かったのが出来すぎである。

「お初にお目にかかります。津田-助五郎と申します」
「織田-魯坊丸である」
「早速で申し訳ございませんが、清酒を手前どもで売らせて頂けませんか」
「即答はできん。だが、考えていることがある」
「どれほど待つことになりますか?」
「千秋様。熱田の幹部のみ集めた会議を開きたいが、何日後ならできますか?」
「三日後ですな」
「三日後。会議には一緒に参加して下さい」

当初の予定では、天王寺屋のような大店なら即答で取引を決めていただろう。
需要と供給のバランスで言えば、供給が追い付かない状況でジワジワと広めてゆくつもりだった。
欲しくとも手に入らないという在庫不足が最大のコマーシャルなのだ。
しかし、親父の要求で最初から供給過多の状態となった。
しかも津島にも酒造所を建てる。
ドンドンと周辺に売り込まないと供給過多で値崩れを起こす。
それが一番困る。
ならば、どうするのか?
簡単な方法は、大型の販売先を取り込むのだ。
昔、江戸時代から明治まで、灘の酒が関西から関東まで飲まれた。
そんな大量の酒を灘で造れる訳もない。
そこで桶買いという方法で地方から桶ごと酒を買って、灘で整えて全国に売った。
その真逆を行く。
この戦国の世で大口の販売先と言えば、京の比叡山、大和の興福寺、摂津の石山御坊である。
この三大拠点に桶売りをすれば、購買者が増える。
需要過多になる。
幸い、尾張の酒は帝もお気に入りというプレミアム『清酒』として売り出せる。
問題は誰にその役を頼む。
そりゃ、第一候補は津田助五郎しかいないでしょう。
その前に、熱田衆の合意が先である。
談合が大事なのだ。
こういった手続きを飛ばすと、独裁と揶揄されるからな。
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