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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

二十六夜 魯坊丸の夢は海運大国

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 〔天文十七年 (一五四八年)夏五月一日〕
俺、魯坊丸は数えで三歳。
先月で満二歳を迎えた。
誕生日を祝う風習がないが、その日だけは賄い長に砂糖を解禁させてアイスクリームを作らせて、皆で食べた。バニラエッセンスは、エタノール三割、グリセリンの代用品のトレハロース(大豆抽出)一割、カルメラ一分を使って自作した。
砂糖はまだ高いので水飴を使った、あっさりアイスクリームが作れないかを考案中だ。
考案中、主に賄い長が・・・・・・・・・・・・?
課題を出して押し付けるのが、俺のスタイルになってきた。
客間を占領して船大工を話し合いの場に、黒鍬衆の次期候補生の指導を任せた忠貞たださだ義兄上あにうえが訪ねてきた。

「魯坊丸、ちょっといいか?」
「はい」
「明日から『ぶうときゃんぷ』(ブートキャンプ)をはじめるが、この『いえさー』は本当にいるのか?」
「要ります。これがないと引き締まりません」
「それと本当に威張り散らして、高圧的に苛める必要があるのか?」
「わずか一ヵ月で一人前の兵士に育てるには、泣き言などを聞いている間はありません。脱落した者は次回に回し、徹底的に最初に誰が偉いのかをはっきりとわからせる必要があるのです」

忠貞義兄上に押し付けたのは鍬衆の教育だ。
次世代の黒鍬衆の育成とか行っているが、読み書き算盤ができ、様々な理解力がある者だけが昇格するかもしれないが、鍬衆から黒鍬衆になれる者はほとんど期待していない。
黒鍬衆が率いる兵を育てるプログラムだ。
こちらは勉強ができる必要はなく、命令に忠実な兵として育てる。
しかし、最初が肝心だ。
映画『フルメタル・ジャケット』の鬼軍曹を参考に、アメリカ合衆国の『新兵訓練施設』を模倣してみた。
ブートキャンプ(Boot Camp)とは、米陸軍のベーシックトレーニングと呼ばれ、直訳は起動する合宿だ。
最初に徹底敵に苛めぬいて反抗する気力を奪い去る。
後はひたすらに団体行動を叩き込む。
戦闘訓練が終わると、農作業や土木工事の一通りを教えてゆく。
鬼軍曹役を忠貞義兄上に押し付けた。
柄じゃないので誰かに変えて欲しそうだが、他に頼める者もいない。
集めた新兵は懇親会で楽しく飲み食いさせている。
天国を味会わせてから地獄へ叩き落とす。
十日後、本物の黒鍬衆と一緒に荷物を背負った持久走を合同で行い、新兵の体力のなさを実感させて、更なる地獄へと落とし込み、わずか一ヵ月で兵に仕立てる。

「義兄上なら大丈夫です」
「魯坊丸に頼まれたなら仕方ないか」
「お任せします」

廊下から部屋に戻ると、船大工らが腕を組んでいる。
熱田の宮大工と船大工が大野・常滑・野間の船大工を説得していた。
熱田の大工らは、酒造所造りの俺の無茶ぶりに付き合わされて、建物の土台から考えて柱と骨組みに掛かる様々な荷重に耐えられるように計算を積み上げる構造設計の概念を叩き込んだ親方らだ。
宮大工の門外不出の秘伝技術を一部公開していた。
俺は木造船の防腐技術などを公開し、酒造所の主な木材を止めるには、焼きリベット打ちで固定している。
焼きリベットというのは、コークスなどで真っ赤に焼いたリベットを大工に投げ飛ばし、焼けている間に反対側を叩いて固定する。
鉄が冷めると収縮してぎゅっと木材と木材を締め付けて完全固定ができる技法だ。
東京タワーの建設の記念映画で見たのを再現した。
この技術は木造船でも利用できる。
技術を秘蔵して勿体ぶっているより、俺から新しい技術を学んだ方が得と判断した。
大野・常滑・野間の船大工は南蛮船を造る技術は欲しいが、建造を公開して自分らが持つ独自技術を盗まれるのを危惧して非公開の造船を希望していた。
もちろん、俺は非効率なので認めない。

「別に其方の技術を寄こせと言っている訳ではない」
「こちらの技術を出さぬならば、熱田の命令に従うことになるのだろう。それでは皆が納得しない」
「最初だけだ。一通りの技術を学べば、大野は大野で、常滑は常滑でやってもらってもかわんが、規格は合わせてもらわねばならん」
「それが一番納得できん。俺らが信用できんか⁉」

野間の船大工は得意した技術を持たなかったので全面的に熱田に従うが、大野と常滑は秘伝の隠蔽と規格化に拘っていた。
規格化とは、作業の分業化のことであり、板は板、柱は柱で制作させる。
しかし、昔の船大工はすべて自分らでやっていた。
一隻一隻がすべて特注品なのだ。
別にF一のスーパーカーを製造する訳ではなく、最終的に南蛮船を量産したい。
熱田の大工らは酒造所をわずか一ヵ月で建造する為に規格化の意味を肌身で感じているが、木々の切り出しから船ができるまで、一組の船大工衆で造ってゆく昔のスタイルしか知らない船大工にとって、ここが最大の難関となっていた。
最悪、船大工も自分らで育ててゆかねばならないかもしれない。

「おにぃ、たま」

可愛い声で俺を呼んだのは、よちよち歩きができるようになった里である。
半年で「はは」「ちち」「あにぃ」と言えるようになった。
俺に会うと機嫌がよくなるそうなので、こうやって偶に連れてくる。
里の侍女が用件を述べた。

「大宮司様がお越しです」
「そうか。では、別の客間に……………」
「その必要はないそうです。船大工との談合中と聞かれると、一緒に参加したいと言われているお客を連れてきております」

その客とは、伊勢の神官で松本まつもと-元吉もとよしというらしい。
本家は伊勢国度会郡山田で廻船問屋『角屋』を営んでおり、式年遷宮しきねんせんぐうの復帰の為に基金を集めているらしい。
天文十年 (1541年)に親父の信秀が外宮の仮殿造営費として七百貫も献上しており、今の織田家なら協力してくれるのではないかと訪ねてきた。
しかし、熱田神宮の大宮司である千秋季忠邸を訪ねた時に、掛け軸の下に置かれたボトルシップ船に目が移った。
廻船問屋を営んでいるだけであって、美しい南蛮船に見惚れたようだ。
今後、外海に進出すれば、伊勢の商人とは長い付き合いになる。
会っておいて損はない。
許可して入ってくるなり、まだ若い青年が俺の前に跪いて叫んだ。

「俺を弟子にして下さいませ」

???
意味もわからず、季忠の顔を見る。
季忠が微笑ましいものを見るように笑い、その横の神官が頭を下げた。
弟子入り希望は、元吉の息子である松本-七郎次郎-元秀もとひでらしい。
季忠は船大工が熱田のやり方に否定的で交渉が難航していることまで、元吉に伝えていた。
そして、伊勢の船大工を融通できないかを訪ねていたらしい。

「魯坊丸様。お初にお目に掛かります」
「大宮司が無理を言ってすまぬ」
「いいえ、渡りに船でございます。船大工を其方の条件で融通すれば、来年から多額の献金が期待できるであろうと、大宮司様より聞いております。山田の船大工60人は用意してみせましょう。まら、大湊の船大工にも声を掛けます。南蛮船が作れると聞けば、問題なく乗ってくるでしょう」
「乗ってくるのか?」
「廻船を営んでいれば、大きな船で外海まで交易をするのが夢でございます。船大工に命じても簡単に建造できるものではありません」
「それで、この話に」
「はい」

日本近海を徘徊するのは、外海廻船そとうみかいせん(ジャンク型カラック船)であり、三千石が積める大型船らしい。
伊勢の船大工は百石船や三百石船を主流にしており、大型船が簡単に造れないと嘆いていた。
つまり、渡りに船だった。
伊勢商人はジャンク型を手に入れたいが、技術がない。
俺は帆船を造りたいが、人手がない。
外洋から大型化の波がきている伊勢の船大工は危機感を持っているので、こちらの条件をすべて飲んで学びに来てくれるという。
伊勢神宮を支える船大工と、知多の田舎船大工。
どちらの技術力が高いかは比べる必要もなく、伊勢の船大工が無条件で参加するとなると、大野・常滑の船大工が駄々を捏ねるなら「お帰り下さい」と言えるようになった。
話し合いも終り、やっと船造りにかかれる。
松本親子との話は楽しく、三千石船が泊まれる湊を日の本の各所に作り、そこを中心に各地域との交易をするとか。
夢はでっかく海運大国を一緒に目指しましょうと語り合った。
法螺話と冷ややかな目で付き合う方が多いこのご時世で、具体的にどの辺りに湊があると便利とか話し合える者は貴重だった。
あれぇ、来春に献金することになったけど、そんな話をしたのだろうか?
口も巧い神官であった。
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