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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

閑話(二十四夜) 歓喜する津島衆と戸惑う大橋重長

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〔天文十七年 (一五四八年)夏四月二十八日〕
 津島衆とは。南北朝時代に後醍醐天皇の曾孫であられる良王親王が津島に逃れてきた時、南朝方の良王を守る津島の四家七苗字の武士が立ち上がった。
その「四家」大橋・岡本・恒川・山川と「七苗字」堀田・平野・服部・鈴木・真野・光賀・河村である。
天王祭の逸話に、津島の四家七苗字の武士が船遊びに見せて、北朝方の佐屋村の台尻だいしり-大隈守おおすみのかみという武士を討ち取ったとあり、戦勝の祭りと伝わる。
津島には五つの村があり、堤下とうげ米之座こめのざ今市場いまいちば筏場いかだば下構しもがまえから五艘のまきわら船が出される。
今はその準備で大忙しであった。
まきわら船には、屋台の上に半円・山型に三百六個の提灯と、中央高くの真柱に十二個の提灯を用意する予定なのだが、すべてが揃う船は余りない。
津島笛を奏でながら車河戸からゆっくりと姿を現す日が待ち遠しい。
今日も練習の津島笛の音が聞こえていた。
弟の川口かわぐち-宗定むねさだが話し掛けてきた。

「今年は津島衆が一段と盛り上がっておりますね」
「帝が好まれた酒が手に入ることになった。織田様に仕えて正解であったわ」
「少し前まではかたきを見るように睨んでいたのに、いい気なものです」
「時流を読んでいるのだ」

魯坊丸の祖父にあたる織田おだ-信定のぶさだが塩畑に城を築いて津島を攻めてきた。
津島衆の抵抗も空しく、信定に敗れて服従することになった。
しかし、信定は一風変わった御仁であり、商業を推奨し、津島の敵を排除し、交易先の領主との交渉もしてくれた。
織田家の支援で津島が潤いはじめると、津島衆は手の平を返して織田弾正忠家を支援するようになった。
織田弾正忠家の影響が広がるほど、津島の交易先が広がったからだ。
今では熱田衆を使って東海の駿河まで油を売って儲けていた。
最近、その流れが大きく変わってきた。
熱田が土佐の一条家を介して琉球交易をはじめたのだ。
絹と見間違うような質のよい麻の反物が売られるようになってきた。
そして、濁っていない酒が出てきた。
その酒は帝の手に渡り、その注文を受けたと聞くと熱田衆が大工や人手を総動員して酒造所を作り上げたからだ。
このままでは取り残されると津島衆は焦った。
織田弾正忠家と良好な関係を深め、私も信秀様の妹を妻に迎え、津島衆は織田弾正忠家で確固たる地位を築いてきたが、熱田の千秋季忠様が追い上げていた。
信秀様の子を手に入れると、魯坊丸様を支えて熱田衆が総出で持ち上げていた。
帝が気に入ったという試飲の清酒が届けられ、それを飲んだ皆が驚愕する。
津島の油と同格か、それ以上の収益を上げる。
琉球交易だけでも十分な収益があるのに、加えて清酒が売れると太刀打ちできなくなると。
織田弾正忠家で津島の価値が下がり、熱田の価値がそれを追い抜く。
私は織田一門衆を回り、対策を考えた。
そこで織田信光様が「津島でも酒を造るか?」と言った。

「信光様が魯坊丸様の気質をご存じで助かりましたな」
「まったくです。くらが頼めば引き受けてくれると思ったのですが、首を縦に振ってくれませんでした」
「信秀様に頼めば、嫌でも首を縦に振ってくれると言われた通りになりました」
「しかし、そこからが早い」

すぐに引き受けたという返事の手紙と届くと、視察を送るので住居を手配してくれと言われて、二十日に三十人がやってきて、五日間で奇妙な道具を使って、勝幡城、塩畑の周辺の地図を作り上げ作業を終えて帰っていった。

「しかし、初日に来て、津島神社の鎮守の森に村を作ってよいかは驚きました」
「確かに。家臣が堂々と聞きにきたのがビックリしました」
「鎮守の森の木を切るとかいうと、神官らが怒って話もできない状態でしたからな」
「あっさりと諦めてくれたことに感謝します。あそこで揉めると、後々の問題が大きいですからな」

視察団は津島に酒造所を作るのを諦め、塩畑の近くに酒造所をつくるつもりだ。
湧き水が出て警備ができる場所でないと駄目らしい。
視察団が帰ってから数日後、見積もりができたので届けるという連絡が入った。
何故か、信光様が届けてくれるらしい。

「信光様がご到着しました」
「すぐにゆく。皆を集めよ」
「すでに集まっております」

家者が総出でお出迎えして接客の間にお通しした。
信光様の側近の後ろに熱田商人の五郎丸殿が混ざっていた。
信光様が上座にドシッと腰掛けた。

「そう堅くなるな。重長は義理と言えど、弟だ。気楽に構えろ」
「そうは参りません」
「堅い奴だな。魯坊丸が送ってきた見積もりは概算だ。正式な見積もりは秋以降に渡すと言っておるそうだ。そうだな、五郎丸」
「はい。一先ず、縄張りをする為の人員が泊まる宿舎を建て、その後に整地の為の長屋を建てます。秋までに一通り終えて、今年の冬から津島でも酒造ができる体制を作るとのことです」
「おぉ、今年の冬からですか」

私は少し嬉しくなり、五郎丸殿が差し出した地図と見積書を頂いた。
簡単な地図の上に建築する建物の場所が書かれていて、その数にびっくりした。
勝幡城は東側に三宅川、西側に日光川が流れており、合流する近くに立っている城である。
その城を起点に逆三角形の総堀が描かれていた。
北に十町(一km)ほど進んだ古瀬村に近い森まですっぽりと入っている。
その森と勝幡城の間にぎっしりと酒造所の建物が並んでいた。
そして、見積もりを開くと五千貫文の文字を見つけた。

「その額は今年の必要経費の概算でございます。秋から本格的に工事をはじめたいので、大工百人、作業員二千人を雇って用意して頂きたい。これで一年を掛けて整地を行います。また、同時に水害を防ぐ為に護岸工事を行います。その費用は決して安くございませんが、酒造所の秘密を守るのに必要な経費でございます」
「今年の額というと、来年も必要なのか?」
「完成まで二年は掛かるとお思い下さい。今年は高い場所のみに酒倉を建てますが、それ以外は護岸壁の目途が立ってからとなるそうです」

まさか、これほど大工事を要求するとは思っていなかった。
これでは皆が納得すまい。

「重長。今更できぬとは言わさんぞ。安心しろ、魯坊丸は儲け話ももってきておる」
「さようでございます」
「儲け話とは?」
「五郎丸」
「伊勢、近江、西美濃の清酒の販売をすべて津島衆に委託致します」
「熱田衆がそれを承知するのか?」
「清酒はすべて熱田神宮と魯坊丸様の管理下にあります」
「魯坊丸様は熱田衆を掌握しておるのか⁉」
「いいえ、そんなことはございません。しかし、清酒は魯坊丸様が行った事業でございますから、魯坊丸様は誰にも否と言わせません」
「儂の予想以上のことを考える。面白い事を考える奴であろう」

信光様がしたり顔でそう言った。
魯坊丸様を嵌める手を教えてくれたときから、こうなるのを予想されていたのだ。
信光様はお人が悪い。
私は魯坊丸様を見誤っていたことを痛感した。
それにしても身内を平気で騙す信光様と、その斜め上をゆく魯坊丸様に恐怖を覚えた。
しかし、その話を宗定にすると面白がられた。
津島衆の方々にすると、追加の五千貫文など清酒を売れば取り戻せる。
清酒で大儲けできると喜んだ。
だが、私の脳裏に五郎丸殿が「誰にも否と言わせない」といった言葉が過った。
津島衆もいずれ魯坊丸様に取り込まれるな。
私はそう思った。
織田信秀から妹を妻にもらった私にとって、津島衆と織田家がより深く結びつくのは悪い話ではない。
そこに水を差すつもりにならなかったが、胸にしこりが残る気がした。
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